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2-17 猟犬

プランBという言葉に白は冬の日を思い出した。

年が明けて間もない。 

末の端が起こしたちょっとしたトラブル。

あおりのあおりのあおりを受けた、

可哀想な女が、その晩彼らがいた場所と別の場所の、

「産婦人科」の

分娩台に縛り付けられていた。

「産婦人科」

といっても医者がいるわけではない。

廃業した病院から破格の安値で引き取った椅子

が、二つあるだけだが、消毒薬からゴムから掻爬(そうは)用の棒まで

正式な現場で使用されているものがそろっている。

ここで、聴きだしが行われる。

聴き出しをされるのは主に男性だが、たまに女性の聴き出しにも使われて

そういう時にこの場所は

本当に産婦人科のような空気を帯びる。

もちろん、内容は病院とは違うし、ホスピタリティとは反対の精神で

一連のことが執り行われる。


クリーム色の布張りの分娩台に縛り付けられた女は飲み屋で客に(しゃく)をする事を生業(なりわい)としていた。

白は彼女の整った眉、こぶりな額の生え際の黒と金色のウエーブのかかった髪のラインに

視線を落としながら

―まあ、客がつくタイプの女だよな。

 もったいない。―

と一通りの作業を部下に指示しつつ思った。

指示にあたっては、衛生には注意を払うように言いつけた。

基本的に、拷問というのは、口を割らせるためではない。

拷問と次の拷問の間。

この間を強調するためのものである。

人は痛みに耐えるし慣れるが

痛みの想像には慣れることはできない。

その日の女は何をどうしても口を割らなかった。

自白剤も用量を越えると死んでしまうし。

―困った。―

と思っていると、

黒が入ってきて女を眺めた。

それから女の(まぶた)に鼻をくっつけて

くんくんして言う。


「あー。

これ、違うわ。」

「違いますか。」

「感情がねえもん。

 男をかばってんなら、陶酔つうかさ。

 使命感つうの?

 クスリ使った調教でもいっけどさ。

 仕込まれてるもんだけどさあ。

 どっちもない。

 匂いがないんだよなあ。」

「でも、黒さん。

 状況は全部こいつなんですよ。」

「状況が全部こいつにおっかぶされてるって、だけだろ。

 とりあえずさ。」


 その言葉に女の瞳が潤んだ。

 何かを言おうとして開く腫れた口元に

 黒はガーゼを突っ込む。

 医療器具の一つ、滅菌処理は正式な業者に頼んである

 画家用のトーン削りとフォルムの似ているメスをつまんで

 彼女の耳の下の付け目に切れ目を入れる。

 そのまま左手で彼女の小さな顎元の関節を押さえ

 右手の指先で耳たぶをつかんで

 切れ目から、耳を半分裂く。

 綺麗な裂け方をする。

 血液がぼたぼたと、それからに女の細い首に筋を作って赤く注ぐ。

耳の半分が裂けて耳たぶみたいにぶらぶら揺れている。

 辟易(へきえき)とするような長い時間をかけて口説き落とした女相手に

 使用したあとの情熱の残りかすを抱え込んで生ぬるく冷めた薄いゴムみたいな

 だらしないぶらぶらさだ。


 切れ目からピンク色の肉と、うじのような細かい白い管がいくつものぞく。

 女は苦痛に身をよじり、ガーゼの隙間から高いような低いようなうめき声をもらしている。

 本当にお産みたいだ。


 黒は親指の先についた女の血液を女の頬に擦り付けてぬぐい、

 「とりあえずさ、こいつのスマホでこれ撮れよ。」

 というので、白は女から取り上げたスマホを取り出して、耳の断面を撮る。

 中々くっきりと撮れる。

 

「で、どうするんですか?」

「らいんでさ、全員に送れ。

 飲み屋のお客さんから、女友達、友達かも?

 てのも全部な。

 で、一番最初と最後。

 既読とか返事寄越したやつが、怪しい。」

「はい。

 あ、黒さん。」

「ん?」

社長(おとうさま)が褒めてましたよ。

 うちの黒は良い猟犬に育ってるって。」

「息子を犬扱いする親もどうかと思うけどなあ。」


 と言いつつ、黒の口元は嬉しそうだったので、白は合わせるように笑った。

「犬ならまだいいじゃないですか。

 俺なんか白熊ですよ。」

「強そうじゃんか」

「そういうお菓子があるんですよ。」


白は笑いながら言って、女の半分ちぎれた耳の裂けた断面の画像を再度確認しつつ思う。

―可哀想な女だ。

 犯人みつけたら、あんたの仇はうってやるよ。

 少なくとも倍くらいは。苦しめてやる―

 





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