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番外編:忌麟10

「あんた馬鹿にしてるでしょうっ!」

忌麟の叫ぶような罵声が食堂の広い空間に響き

その響きは空間の空気を凍りつかせてから

、空間のしすみに吸い込まれて

肺が凍結するような、でもとても重苦しい沈黙が残った。


彼女はその沈黙なんかものともしないで

頬を赤く上気させて

黒曜石のような美しい瞳の端を

赤く充血させて

目もとに涙をうっすら浮かべて

全身に怒りをにじませて先生をにらんでいた。


先生は、とても静かに。

「馬鹿にしていない。

誰よりも、君たちを大切には思ってい」

「違う。」

忌麟は先生の言葉をさえぎって、彼を否定した。

「違わない。」

「だったら何で、みんなの最後の晩に、こんなくっだらない

皿を出すわけ?

ばっかじゃないの?てずっと言ってきたけど

あんた正真正銘の馬鹿よ!

あんたのくっそ不味い皿の中でも今晩は

最低に胸くそ悪かったわ!」


先生の雰囲気が、微かに変わった。


「僕の料理が駄目なのは、分かっていた。

けれど、栄養を考えてみんなに我慢してもらっていた。

だから、今晩くらい。

みんなが憧れていた皿を」

「何その上から目線!

あんた全部上から目線なのよ!

はいさいなんたらとか、あたし達をあんたの好きなよーに呼ばせて。

回りを巻き込んで!

駆悪(かけあし)の悪が嫌いだ?

だから何よ⁉

あたし達はそう呼ばれて生きてきたし、それをいきなり可哀想とか。

あんたは誰かを可哀想に思うんじゃない。

可哀想に思っている自分に酔っぱらってるだけじゃない‼

あたし達を大切に思っている?

見下(みくだ)しているだけでしょう!

あんたはあたし達を大切だとか言ってくそまっずい豚の餌以下のゲロみたいなもんをあたし達に押し付けて来た。

自然に生きてきた私達に外のくっそみたいな価値観を押し付けてきた。

好きな物を上から目線で押し付けて受け入れられる自分に酔っていた❗

それだけじゃない‼?」

「違う。」

「違わない‼

村の人達も振り回して

保健室に変な機械揃えてあんな邪魔な鉄屑で

あたし達に変な期待させて見事に裏切って

服作って配って全部あんたの自己満足でしょ!」


―うっわあ、すっごい全否定 ―

と、私の口元にはシニカルな笑いがうかんでしまった。


先生は何も言わない。

おそらくご自分を責めていらっしゃったのだろう。


忌麟は言葉を吐ききり、一息ついて

それから呪いの言葉を吐くように、押し殺すような低い声で続けた。


「でも、自己満足でもあんたはあんたで

全力でやって来たのは私も認めていた。

私達が明日潰し合うのはあんたのせいじゃない。

そんな事は解っている。

これでもあたし達、中身は30歳よ?

だから今晩、最後かもしれない。

あんたと。

みんなの、皿に。

あたしは、お礼を、言おうと

してた、のよ。

なのに何よ⁉

こんな村の外の赤の他人の飯食わせて喜んで。

あんた本物の馬鹿だわ。

旨いとか不味いとかそういう問題じゃないの!

豪華とかささやかだとかも違う。

あたし達はあんたの皿で育ったんだから

最後もみんなで皿つくって

(うら)みっこなしで明日に臨むとか

そんなんで良かったのよ⁉

何で最後の最後で今までやって来たことぶん投げるのよ?

どうせ死ぬから⁉

ふざけんな!

あんたにとってはね、あんた達はぶん投げていいってくらい

かっるいの。

だったらそんななめた態度、8年前からとっときゃ良かったじゃない!

善人面すんな!

8年前かけてちゃぶ台返されたあたし達はみじめ過ぎる‼

あんたとか、外の世界とか、あたしは本当にだいっきらい!」


彼女は一気にまくし立てた。

先生は、微動(びどう)だにしない。

―多分、いや絶対、ぐっさぐっさ突き刺さってるんだろーなあ。

先生、ご自分の自己評価滅茶苦茶低いし、

何でもかんでも背負い込んじゃうんだよね。

そんな事は、体感20年先生と一緒にいれた私には、

お見通しですよ!っと。

まあ、忌麟の言ってる事は正しい。

正論だけど、正論と感情って、ほら、違うし。

それに、私は素直なのです―


そんな事を高速で考えつつ

ちょっとドキドキしながら。

私は最大の勇気を振り絞って

椅子から立ち上がり

忌麟に投げつけられて、床でくたあ

としている紙包みのところまで歩いて

そのまましゃがみこみ。

両手に取って

忌麟を見上げて、彼女と視線を合わせて

「これ、あたし、もらうね。」

と、出来るだけ明るく言った。

この時は、

私は私が、笑ってないのに笑って見える

残念な顔立ちであることを運命に感謝した。


忌麟はしばし停止して

それから首を傾げる。


「はあ?

何であんたがそれ取るのよ?」


彼女の声は、純粋な鬼気を帯びる。

けど、先生のためにも私は引けない。


「あたし。先生の服、嬉しいから。」


私は、精一杯の笑顔を作り。

その刹那(せつな)に、彼女の中の何かが切れた。

同時に、予備動作なく食堂の木製の床を蹴りあげる。


齢12歳となって彼女のたくましく発達した恐るべき脚力は

軽々と床を破壊して

破壊された床の破片は

無数の破片となって、音速に近い散弾となり

私に向かう。

普通に当たると致命傷。

それもそれで怖いのに

彼女の恐るべき脚力を、一点に集中した彼女の足先が

まともに当たると。

―うわ、やばい―

つま先は音速に近い勢いで、私の顎もとを、ろっくおんしている。

姿勢的にも逃げ場は少ない。

しかも、私は先生謹製(きんせい)の紙袋を抱えている。

不利なことこの上ない。

―けどね。

そっちがそのつもりなら。

やるしかない。

とりあえず、その綺麗な頬っぺたを、全力でつねるから!―


私は刹那のそのまた刹那に決意を固め

全身の産毛が逆立って

まさに戦闘態勢に入った時。


先生が私の前に、私のをかばうように腰をかがめていた。

ワールドカップでシュートを低姿勢で受け止める

ゴールキーパーみたいに

重心を低く崩しながら

忌麟の爪先を両手で包むように止めつつ

先生の三つ編みは、空中で真円に近い弧を描き

散弾銃的な木片の、一切(いっさい)を叩き落としていた。

その叩き落としの余波で、

私と先生

に対峙する忌麟の間の床に

真っ直ぐ一本の亀裂が入っていた。



―すごい―



私は先生の気配すら感じなかった。

極限に近い防衛状態だったのに。

その事実に、私の背筋はぞわぞわした。

とても優しい方なので、みんな勘違いしがちだけど。

先生は、村の内外を問わず

この世界で最も強い、獣なのだ。


忌麟もあぜんとしている。

のを構わずに、先生は私の手から

紙包みを取り上げて、

立ち上がり。


忌麟の前に、縄文杉のような

どっしりさで立ちはだかりつつ、言った。


「これは僕が処分しておく。

気を害してすまなかった。」


その声に、穏やかさや優しさはかけらもなく

ただただ静かであるのみで。

その静かさに、忌麟は、彼女の眉をしかめて

先生を美しく(にら)み。

無言で。


ばっ


と紙包みを先生から引ったくって。

そのまま食堂から出ていってしまった。


先生はというという。

何も言わず。

その三つ編みはうなだれるように

踵に真っ直ぐたれているので。


私は苦笑した。


―しょうがないなあ。

ま、多分今晩が最後だし

私史上最大の、

はっちゃけかたを

してあげますか!―


私は妙なテンションになって

私のいた席に戻り

紙包みを左手に抱えて

窓際におもむき


右手でカーテンをぶちぶちぶちっと

はぎとって

そのまま布の先をつかんで

食堂のみんなに手を振った。


「はーい!

みんな注目!」


―頑張れ頑張れ私。

視線が固まるとか考えない。

明るく明るく。

だって、最後の夜だもの―


暴れるように脈をうつ心臓が

私の胸を内側から圧迫していたけど

構わずに叫ぶ。


「はい!

わたし穢胡麻は

先生の8年間の感謝をこめて

余興をやりまっす!

はあ!」


私はカーテンを上に放り投げ

放り投げられたカーテンが

私を覆い、その端が床に着くまでの刹那に

全力で動く。


カーテンが。

床に。

ついた。


私はカーテンを内側からはねあげる。


「じゃーん!はや着替え!」

と胸の底から声を出した。

出来るだけ、ハキハキと。

言っていた私の足下には、私が先程まで来ていた

ワンピースがくにゃっとして丸まっていた。


代わりに私の二本の腕は、

フリルのついた淡いピンクのブラウス。

胸元のリボンが可愛らしい。

下のスカートは長いけどふわっとしていて

清楚感じなのに

まるでお姫さまみたいな、のーぶるな感じだった。


食堂に、みんなの

「おおお…」


というどよめきのような波が起こった。

―やった❗

成功。でも、まだまだ!―


私はそのまま

「つぎー!

人間ごまあああー!」



といって

両手をかかしみたいに開いて

そのまま爪先でくるくる回り始めた。

出来るだけ、加速する。

風景が溶ける。

胃袋には力を込めた。

すると

私のスカートが

回転の空気をはらみ


ふわああああっと


膨らみはじめ


「おおおおおー!」

というはっきりした喚声が起きた。

ので、私はとても嬉しくなって


「最後おー!

マリリンモンロー!」

とさけんで

おしりを後ろに突き出しつつ

上半身をかがめて

内股に膝を曲げながら

スカートの膨らみを二の腕で上からおして

みんなにウインクをする。

と。


一瞬。

食堂は静まり返って。

「お、おう」

という声じゃないような声が、ちらほらと。

ほとんど男の子達は

気まずそうに

私に目を会わせないように

視線を斜め下の床に落としている。


のが分かった時。


私の頬に羞恥心(しゅうちしん)があふれた。


―きえ、たい。―


忌麟じゃないけれど

食堂から消え去りたい。


と心から思ったとき。

食堂の静寂を破るように


ゆっくりと柔らかな音

拍手が響いた。


先生が。

お顔はやっぱり黒髪に隠れていたけれど

とても穏やかな口元をされて

拍手を下さっていた。

そしたら、みんな顔を見合わせて

みんなで拍手をくれたので。


私は嬉しくて、嬉しすぎて、

顔もまた真っ赤になって。

どうしていいか分からなくなった。


みんな、笑っている。

みんなで笑えるのは、幸せなことだ。


つまり、私はこのひとときでも。

みんなを幸せにできた。


私は。

あの日の先生の言葉。

下さったハンカチの刺繍に込められた

魔法を叶える事が、できた。


そういう幸せな気持ちで

私はその晩眠りにつき


翌日の朝を迎えた。







…続く。











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