番外編:忌麟9
翌日の朝。
みんなの朝食が済んだ後で。
先生は本棟に戻ってきて
短命種である私たちを集めて、
簡潔に事実を伝えた。
とても昔の映画だけど、教師さんが生徒達に殺しあいをさせる
バトル・ロにゃららという映画があって。
その映画の教師さんと、言い方は似ていた。
けど、その映画の人は、淡々という事で、状況の恐怖を表現していたのだと思う。
つまり、狂気の表現のための、簡潔さだったけれど。
先生の場合は、
哀しみとか、無力感、絶望感、とにかく色んな感情がごったになって
結局、何の感情も読み取れない
または
ほんっとにあらゆる感情が読み取れてしまうような
簡潔さだった。
で、先生の言葉を聴く私たちは、
超お通夜で。
それは、不思議な村の不思議な保育所には珍しく
普通の人から見ても自然な景色だったとおもう。
事実を手短に伝えて、先生は最後にこう締めくくった。
「君たち一人一人は、僕の大切な家族だ。
誰を生かして誰を死なすかなんてことは
僕には選べない。
だから、君たちが、決めくれ。
村のしきたり通り。
明後日の日が昇る時。
しきたりを行う手はずをつけた。
それまでに。
体を整えて、万全の状態で。
悔いを残さないように。
自分が生き延びて欲しいと
心から願う仲間に。
最高の武を、魅せてあげてくれ。」
もしもこれを読む人が、私たちと同じ環境で
武
に人生を捧げて来なかったら。
先生の言葉は分からないと思う。
先生は私たちの長年の
保育士で、そして。
私たちの武の師匠だった。
先生は、神話みたいに美しい年齢不詳の
料理が苦手な、手芸が得意で医学にも精通する
1人の。
武人。
純粋に、武に生きる人だ。
どう書いても私たちの気持ちを伝えるのは難しいけれど
誰も先生に反対したり、文句を言ったりはしなかった。
あの忌麟でさえも。
…私たちはそれぞれの部屋に戻り。
それぞれの終わり支度を始めた。
碁暴君が
「へへ、どんな顔してるか見に来てやったぜ。」
と言いに来たので
私は笑顔で、何も言わずに彼の身ぐるみをはいで
彼のナイフを全部、バキバキに砕いてしまった。
ちょっとすっきりしたので、お礼を言おうとしたら
彼は表記に困るような叫び声をあげながら、通路を逃げさって行った。
私はため息をついて、先生が縫って仕立ててくれた
数々の素敵な服を、丁寧にたたんでトランクに詰め込んだ。
私は美しい顔ではないけれど
先生の服を着て鏡にたつと
なんか意外に良い感じの女の子が
毎回鏡に映っていて。
それが私に、他の子達と関わる自信をくれた。
そんな事実と共に、1着1着を、たたむ前に抱きしめながら
私たちの村は土葬なので、棺にはこのトランクを一緒に入れて欲しいと思った。
そんな事をしているうちに、一日が過ぎてしまい。
二日目も、あっという間に夜になってしまった。
先生はその間、先生の当直室に閉じ籠り
鍵はかかってなかったけれど、誰も入る気にはなれない気配が
お部屋の扉からにじみ出ていた。。
ので。
私はとても悲しく思った。
先生は。
優し過ぎるのだろう。
普通の世界で生きるには強すぎるけれど。
最もこの世界で強く、最も優し過ぎる、獣だから。
とても、とても傷つく。
…私は。
私に優しくしてくれた子が、碁暴君に解体される所を
何度も何度も、目の前で見てきた。
それが悲惨だと分からなかったし。
碁暴君に駄目だよという人もいなかった。
君主君に限らず、誰の気まぐれで死んでもおかしくない生を
4歳まで生きてきたから。
そもそも、村の外から来てくださった、先生とは、死に対する感覚違う。
なんというか、力なく産まれた私は、産まれた時点で死んでいると変わらない。
ので。
私自身の死については、ああそうか。
仕方ない。
怖いけど。
くらいで。
だけど。
悲しい先生の悲しさを悲しむ事も出来なくなるのが
私には例えようもなく
悲しかった。
…その晩に至る前
昼間。
先生は、部屋から出て、村の青年団に頼み込んで
伝説のピザほにゃららと
ケンタッキーフライどほにゃららと
ペコちゃんのお店のケーキ
―全部、体に余り良くないからと、保育所には持ち込ませなかった品々―
を手配して
夕方ごろ
運び込まれた、滅茶苦茶かぐわしく
魔法のように食欲をそそるそれらを
食堂のテーブルに
フラン料理屋さんぽいテーブルクロスをしいて
盛大に並べた。
そしてみんなを集めて
いつもと変わらない幸せに微笑む口元で
「さ、食べようか。」
と言ってくださったので
私は和んだというか、ホッとした。
保育所の子供達は年少さんも年長さんも
みんな物凄いテンションになって
それはそうだ。
映像でしか見たことが無かった、夢のような品々が、目の前に陳列されている。
しかも、先生の恐怖の皿ではない。
短命種の私たちの事情に引け目を感じていた他の子達も
少しずつ
やがて盛大に
わっしょいわっしょい!
て感じになった。
私はその雰囲気が楽しくて
嬉しくて
そして
寂しかった。
ので、ふと忌麟に視線をそれとなく流すと
彼女は黙々と
憧れの
ケンタッキーのドラム肉を噛みちぎっていた。
表情はない。
体内年齢30なのに20にしか見えない忌麟は
ワイルドに噛みちぎった肉の油が口元をてからせる姿すら
艶かしく、美しく見えてしまう美女に育っていた。
私は彼女と隔絶することについても、やはり寂しさを覚えた。
けれど。
この子は生き残るだろう。
彼女をひそやかに慕う男の子は結構いて。
競争率が高いことを私は知っていた。
一方、私はというと。
うん、ため息しかでないので
伸ばしたピザの躍り回りたくなるような風味に
思わず両手が頬っぺたをおさえた。
そして、とても切なくなって
私のほっそい目尻には
涙がにじんでしまった。
と、まあ、こんな感じで
保育所の最後の晩餐は新鮮な感動のうちに進み
みんなが
「お腹、いっぱい、く、るしい」
と、いった感じになる頃合いを見計らって
先生は消えた。
ので。
あれ?
と思ったら、手に抱えきれるギリギリで
煙突みたいな高さになっている
平たい箱の山を抱えて
先生は戻ってきた。
よっこらせ、と、テーブルの端に置いて。
並べて。
「はい!
みんな注目!
明日、人生の大勝負に臨む
僕らの仲間に。
僕は、贈り物を用意しました。
と言っても、服だけどね。
君たちが、君たちに自身を持てるような服を
僕なりに想いを込めて部屋にこもって
作ったんだ。
一人一人に贈りたい。
名前を呼ぶから、前に出てくれ。」
先生の声は穏やかで、優しく、いつもの通り幸せそうだったけれど
微妙に震えていた。
それは、何かを必死に押し込めるような。
私は彼か何を押し込めているか、分かってしまったので
胸がつまった。
いや、ピザの食べ過ぎもあったけれど、そういう意味ではない。
先生は、12歳児たちの名前を、一人ずつ呼んで
平べったい、銀座のデパートで包装に使われるような
高級感あふれる箱を
渡していく。
私はどきどきしながら、私の名前が呼ばれるのを待っていた。
ちゃんと、
はい!
と言おう。
と、思って気合いみなぎる私と正反対に
忌麟は、いまだ黙々と鳥の骨から肉を食いちぎっていた。
間にも、先生の点呼は続き、とうとう私の番が来た。
「穢胡麻さん。」
「はい!」
…ちゃんと言えた。
嬉しかった。
未練もたくさん
主に先生にあるけれど、そういう全てが浄化されてもいいかなってくらい
嬉しかった。
私は先生の前に進んで。
先生から、紙の包みを受け取った。
時。
箱の質量に、先生の思いが、つまっている気がして
私は思わず包みから顔を上げて
先生を直視した。
先生は。
黒髪から覗く先生の瞳は。
薄く濡れていて。
私の涙腺は崩壊しそうになったけれど
あらゆる気合いを動員して
こらえた。
だって、私が泣き出したら
先生が用意してくれた宴の、雰囲気は大崩壊してしまう。
みんな、こらえているのだ。
先生はみんなに渡していく。
そして、最後。
忌麟の番が来た。
彼女は名前を呼ばれると
油にテカる口元を
陶器のような手の甲でぬぐって
すっ
と立ち上がり。
先生の前に堂々と歩いて
それから。
先生が差し出す紙包みを
右手で引ったくって
そのまま食堂の床に、思い切り、叩きつけた。




