番外編:忌麟8
先生は三つ網で黒板を粉砕しつつ、村の上役を説得して
村の仕事
-村には一定周期で大掛かりな案件が舞い込み
そのいくつかの種類は、先生ではないと困難を極めるものだったけれど
先生は、私たちの面倒に忙しいと言って、常日頃は全て断っていた。
けれど、今回のように私たちにかかわることで、
村の支援が欠かせなくなると、先生は村と取引をして
案件を処理しに保育所から何日間か姿を消す。
それは私たち、保育所の子供たちにとっては、恐怖の皿からの解放だったけれど
少なくとも私にとっては、
贅沢な物足りなさというか
世界の熱量が3℃くらいかな、
喪われたような感覚を覚える。
先生は案件に出かける前に
「いついつに帰るから、なになにの食材はこう調理して洗濯物は何々がえとせとらえとせとら・・・」
とみんなにこと細かくご指示を下さるのだけど
みんなの頭の中には
「いついつに帰るから」
しか残らない。
そのいついつが近づくと、
忌麟は本当にわずかだけれどそわそわしだすし。
私はたまにそんな彼女と
「明日、先生帰ってくるね。」
「…だから何?」
「たまには笑顔とか。」
「はあ?」
「笑顔で迎えてあげても。」
「何であたしが三つ網お化けに笑顔で媚びないといけないわけ?」
「先生喜ぶから。忌麟ちゃん綺麗だから。」
「…馬鹿馬鹿しい。その口をつぐめ、さもないと」
「え、でも」
「もういい。歯を食いしばれ。」
という会話から戦闘状態になって
私はぼろぼろにされるのだけど。
たまあにいい線をなぞりかけると、その先の会話が成立する。
「忌麟…ちゃん…きいて❗」
「うっ…とおしい!そんな一生懸命なっちゃってばっかじゃな…いの?」
「ばかでも、い、い。
意地はんな、いで」
「はあ…ああ?
意地なんて張ってないしあたしは好きにやってるし
もし例え三つ編みお化けに笑顔つくってあいつが鼻の下のばして
にやけて私が仮に嬉しくなって幸せ感覚を覚えても
それがいつも続くわけじゃないし一回笑顔になってあたしとあいつが
あんたみたいに毎日なれ合ってそれが仮に私の幸せに繋がるとしても
あたしやあんたは保育所にいつまでもいれない運命だし
出た後であいつときゃっきゃうふふな馴れ合いな日々を幸せだったな
とか振り返る惨めさなんか私はごめんなの!
ヘラヘラ笑って今のあいつしかみてないあんたと一緒にしないで!」
「…!」
「何よ。あっけにとられ、て、ばかみたいに口あけて言いたいことあるなら…」
「忌麟ちゃん…それ、逆にわかりやす過…」
「うるさいうるさいう…るさ、い!」
…すたんぶーる
と私はトルコ共和国の首都につなげつつ
彼女に吹き飛ばされたりしたけれど
もう少し私に戦闘の力量があれば、もっと彼女とちゃんと話せたと思う。
とても残念でならない。
何故なら彼女は、私と見た目も性格も血脈も
全く違う同い年だったけれど。
同じ因果を背負う盟友のような気持ちを、私は彼女に対して抱いていたからだ。ー
話が大きくそれてしまった。
こほん。
先生は村の仕事を請け負う約束をして
極々微量の秘薬を譲り受け
「しばらく保健室に泊まり込むから、御飯は自分達で作ってくれ。
上の子達は下の子達の面倒をちゃんとみること。
下の子達は上の子達をちゃんと手伝うこと。
頼んだよ。」
と、穏やかだけど余裕の響きが消えた声色で言って、
先生は大量のチョコレートバーと共に保健室に閉じこもった。
ちなみに、保健室はちょっとした旧帝国大学には負けないくらいの
本格的な研究機材がそろっている。
特に、遺伝子解析に必要な遠心分離機とかはもう
常に最新を更新している。
先生の向かうモニターはとても大きなコンピューターにつながっていて
そのコンピューターは全国の大学の研究室のデータベースをハッキングしている。
というのも、先にも書いた通り、保育所の子供達にかかっている呪いは
遺伝子にまつわる病だからだ。
そして先生はその病から生まれる問題を解きほぐして
適切な処置を行える、不思議な頭脳を持っていらっしゃる。
けれど、やはり普通に体力も限界を迎えるし
先生が力尽きて机に突っ伏して眠っているタイミングを
見計らって、
私たちは代わる代わる、
私たちで作った御飯をお弁当にして保健室の机に運んだ。
それは5日間、
続いた。
短命種の私たちは、
意識の奥底からはがれない、諦めと、
先生なら、という期待に揺れていた。
けど、5日目の昼、ついに全員に
悪
の斑点が出てしまった。
最後に出たのは忌麟で
無感情に斑点に視線を落とす姿が、悲しく見えたので
私は彼女に話しかけた。
「忌麟ちゃん。」
「…何。」
「今晩、夜食、忌麟ちゃん、先生のとこに。」
「…」
「あ、たしね。斑点出たとき、先生の顔、見たくなったの。
だか、ら。」
ーはあ?何であたしが?ばっかじゃないの?ー
とか怒りをあらわされる覚悟をしたけども
その日の忌麟は私を、まじまじと見て
「いい。
あんたが行って。」
とだけ言って
ぷい
と顔を背けて、食堂に行ってしまった。
ので。
その晩私は先生の保健室に
味をわざと、ちょっとグレードだうん※した
煮物やだし巻き玉子を
持っていったのだけど
先生はやっぱり机に力尽きてて
三つ編みもほどかれずに
床の上をゆらゆらと揺れていた。
私は先生の隣に詰め合わせとおにぎりを置いて
規則的な寝息をたてる先生のつむじを眺めた。
ーこの人が、一生懸命な人だという、初めの感想は、間違ってなかった。ー
と思ってると、思わず口元がゆるんでしまった。
ふと
演算処理をしているモニターを視ると
ちょうど、結果が出たところで。
私は、それにみいって。
眉をしかめた。
…英文。
専門用語の羅列
でも、先生のそばで8年間育った私には
意味は分かってしまった。
…秘薬の主成分は、葛根湯として市販されている
漢方薬の原材料と、ほぼ同じ分子構成を成している。
遺伝子の配列もほぼ同じだ。
つまりは、かぜ薬という事で。
ただ、微量のカルシウムの分子が、見慣れない結晶構造を
成していた。
まるで、雪の結晶のように美しい。
そこで私は分かってしまった。
この構造が鍵だ。
けれど。
こんな分子構造は、現代の科学で再現はできない。
つまりは。
モニターを通じて、
私たちの期待は無意味であると、運命は回答していた。
私は足音にいつも以上に注意を払いつつ
そっと保健室の扉を開き
閉めて、しばらく暗い廊下を歩く。
時おり月が雲間から現れて
窓から、廊下全体を銀色に照らし出す。
その月の、静かな美しさに、
私はとても泣きたくなった。
※先生のぷらいどを考慮した私たちなりの気づかいである。
先生もおそらくご存じだろうけど
やはり私たちの気持ちを組んで、だうんぐれーど
には何も言及をされない。
代わりに沢山お礼を言って下さるので、私は嬉しい。
…続く。




