番外編:忌麟6
「はあ?
何言ってんの?
きもいきもいきもい気持ち悪い。
ふざけんな!年齢不詳な顔でニヤニヤしやがって
気持ち悪いロリコンオヤジが消えろ消えろきえろきえろきえろ
私に関わるな。
うっざいうざいうざいうざいうざいう…ざい!」
―んぼると―
と私はとっても速くて評判の陸上選手につなげたかったけれど
絶対
きっ
とにらまれるのが分かってたので、
空気を読んで何も言わなかった…
閑話休題
と、忌麟は叫んで後ろに飛びすさり、
そのまま爆炎のような砂埃を巻き上げて、保育所本棟に向かって
走りさる。
姿を、
先生は苦笑というか、少し寂しそうな笑みを口元に浮かべて顎元を
ぽりぽりとかいた。
その横顔を私はまじまじと眺めた。
忌麟の言ったとおり、
先生は確かに年齢不詳だった。
20歳にも30歳にも40歳にも
角度によっては15歳にも見えてしまうという
本当にギリシャ神話的な不思議な何かが私の前に具現化していた。
「そんなに見つめられると、穴があいてしまうな。
穢胡麻さん。
せっかくだから案内してくれないか。
ここに来たのは初めてなんだ。」
私は心臓がびくっと震えて、それから悟られないように
木馬から砂場までの地面に
地引網で浜に引き上げられた魚みたいに散乱している
無数の投げナイフに視線を落とした。
先生は長く真っすぐな眉をしかめて、首を傾げつつ
私に訊いた。
「いつも、碁暴君の投げたナイフの片づけをしてる、のかい?」
―それが私の義務というより、生存の方法だった。
彼が面白半分で私を解体しないのは
私が便利だったからに他ならない。―
私はこくん、とうなづいた。
先生は優しく頬をゆるめる。
「大丈夫。
彼に片付けさせるよ。
僕が言えば大丈夫だし、
本当は、ね。
彼が片付けた方が、彼のためなんだよ。」
私は意味が分からず、代わりにとても不安になった。
様子に。
先生は再び苦笑して
私の前にかがんで
君主君のナイフを、刃先から、両手で一本ずつつまみ上げた。
私は再びぎょっとする。
先ほどのふわふわ感は消えてしまった。
そのことを、。、私は悲しく思った。
先生は、そんな私に目線を合わせて
「大丈夫。
ちょっとした手品だ。」
そういって、手元に集中する。
と、引き寄せられるように、私の視線も君主君の二本のナイフに集中した。
ナイフは、スプーン曲げのビデオみたいに
くねくねと曲がって
よじれて、もとに戻って
刃先の右と左の端が割れて足がはえて
真ん中もひびが入ってくねくねと割れて
手がはえて肩ができて
丸い頭と帽子になった柄の部分が
ゆらゆらとうごいて
二つのナイフ
ナイフ人さんたちはお互いに向かって歩き始めた。
そして二人は私の目の前で
こっちんこ
右さんがたばたっ
左さんがあわてて助け起こして
はずみでばたっ
右さんがあわてて助け起こして
やっぱりはずみでばたっ
お互いおきあがって
こっちんこ
という動きが、紙芝居みたいに面白可笑しくて
私はけらけらと
笑ってしまった。
先生も一緒に笑ってくれて
その時に私は誰かと笑いあうという事が
幸福な事であると知った。
しばらく二人で笑っているうちに
ナイフ人さんたちは
きをつけ
の姿勢をとって肩もくるくると巻き戻って
そのまま普通の投げナイフに戻ってしまった。
ので、私はやはり残念というか
とても名残惜しく思ったけれど
それを言葉にはできない。
姿に
「また、いつでもしてあげるよ。
落ち着いたかい?」
と訊いて下さったので私は
こくん
と小さくうなずいた。
先生はそんな私をとても澄んだ瞳で
じっと見つめて。
「穢胡麻さんが笑ってくれて、僕はとても幸せになった。
ありがとう。
君はね、人を幸せにすることができる、女の子だよ。」
先生は再び微笑んだ。
その刹那。
私の頬をはじめとする全身を、
春の桜が淡く吹雪くようなふわふわした幸福感が駆け抜けて
私は混乱を覚えた。
「混乱しなくても良いよ。
僕が来たんだ。
これからこれが当たり前になるし
君はとても強くなる。
僕が言う
とても強いってことはね
本当にとてつもなく強い
て事だからね。
もう誰も、怖がる必要はなくなるんだ。」
私は意味が分からなかったので
首を小さく傾げた。
先生は言葉をつなぐ。
「まあ、君が強くなるというのは僕の勘だけどね。
僕の勘はよくはずれるけど
君については当たると思う。」
今のわたしなら
500文字以上のツッコミ所が浮かぶのだけど
当時の私は、よくわからなくて
そういうものなのかな
とだけ思うと
先生は、優しく私の頭を
ふわっと撫でて
「そういうものだよ。」
と言って
私の手を包むように握って
ーその手はとても温かかった。
まるで春の日のひなたぼっこの時間みたいにー
すくっと立ち上がって
「さ、行こうか。
いや、帰ろうか。かな。
忌麟さんも心配している。」
ーそうなのかな?ー
「そうだよ。
あの子はとても優しいんだ。
ま、とりあえず帰ろう。」
そう言って、先生は私の手を引いて
保育所本棟に向かってあるきだして
手を引かれている私は。
うん。
とてつもなくはずかぢい。
恥ずかしすぎて
はずかぢい
とかいてしまった。
とにかく。
誰かといることに、幸福感を覚えるのが恋だとするなら
それは私の、初めての恋の、始まりだった。
・・・ これはいつまで続くのか?
もうわからなくなってきてしまった。
けれど
・・・続く。