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番外編:忌麟5

先生は(へこみ)から出た。


 その一部始終を、砂場からじっと見つめている子供がいた。

忌麟だ。

私が何故、

忌麟がじっと見つめていた

と書けないかというと、その時の私の瞳に映っていたのは、

 その日の砂場以前と全く彼女が別の子だったからだ。

 

 彼女は。

 私と同じ4歳だったけれど、

 雰囲気は当時から年長さんのそれで、

 何事にも我関せずの無気力無関心。

 私が碁暴君にいじめられる時に

 彼の顔面を蹴り抜く以外は、人形みたいに冷たい顔で

 

 つんっ


 としている。

 それが彼女だったけれど。

 私は、

 その時の忌麟には、全身にみなぎらせた怒りが彼女の体からしみだして

 周りの遊場の空間を蜃気楼みたいにゆがませる

 みたいな錯覚すら覚えてしまった。

 

 黒曜石のような大きな二つの瞳が、

 まるで暗黒の太陽みたいに輝いて

 

 正直。

 

 意外なほど、美しく、彼女はもう

 お化け人形ではなくて

 とても禍々(まがまが)しく人の目を()き付けて

 やまない一匹の(けもの)のような子供になっていた。


 そもそも彼女はそれまでの生涯で無視というものをされた事がなかった。

 愛されたり(した)われたりする4才児ではなかったけれど

 敵意とか畏怖(いふ)という意味での注目を常に集め続ける位、忌麟は強く

そういう意味で、保育所の年少カーストの頂点に

 燦然(さんぜん)君臨(くんりん)していたのが彼女だった。

もちろん強い者がより強い者に挑むのが

かっこいいことと思う子もいたし、

なので、彼女に

 

 らいばる心

 

 を抱く子もいたし


 実際に挑んでたりしたけれど

 忌麟は容赦(ようしゃ)なく蹴り抜くだけで

 君主君みたいに誰かをいじめたりすることは無かった。

 でもそれは邪魔な壁を蹴り砕くことと変わらない。

 

 長々と書いた分、先生の彼女にした仕打ちがどれだけ酷いものか

 伝わってくれたらと思う。

 でも、今だから思うことなのだけど

 それは忌麟にとっても特別な経験だったのだろう。


 彼は彼女の初めての純粋な敵だったから。

 

 先生はそんな彼女にお構いなしに、とても

 柔らかく微笑んで

 「ああ。

  待たせてすまなかったね。

  僕は今日からここの村で働く保育士だよ。

  僕の事は先生と呼んでほしい。

  よろしくね、忌麟さん。」


 と、穏やかで低く柔らかい声で言った。

 のを、全くお構いなしに

 忌麟は真っすぐ、美しく背筋を伸ばして

 迷いなく、ためらいなく

 先生に歩き出していた。

 瞳は真っすぐ先生を見据えている。

 とても純粋な集中。

 

 その先に何が起こるのか、私は分かってしまった。

 けれど、その日あったばかりの見知らぬ人に、

 私はなんと声を出せばいいか分からなかった。

 保育所の子たちとだって、

ちゃんと話すことは困難の極みだったから

 当たり前かな?


 けど、私は声を、出さずにはいられなかったので

 先生に向かって


 「に…げ、てっ!」


 と、(のど)から空気を(しぼ)り出した。

 その時には、4才児である獣は先生の目の前。

 胸元のすぐそばから

 電柱のてっぺんを見上げるように先生の顔を見上げて。

 

 先生が私の声に

 「ん?」

 と振りえった刹那(せつな)


 忌麟のまだ小さかった靴もとの、

地面が爆発して(へこ)んだ。

 

 つまり

 忌麟は重心を右の(かかと)に移し

 予備動作なしに垂直に飛んだ。

 そのまま胴を回転させつつ開脚(かいきゃく)して

 彼女の加速する踵の先は、回転のベクトルも加わって

 恐るべき破壊力を帯びる。

 

 忌麟に歯を砕かれ慣れている、さすがの君主君も

 彼女の必殺の攻撃

ー私はそれをなんとなく、

垂直胴回転旋風高速脚(すいそろけっと)と名付けたー


それを下からまともに食らったら、

 下あごとか上あごとかを砕かれて、

それでも止まらない破壊のベクトルに

 頸椎(けいつい)をへし折られて死んでしまうことだろう。

 絶対、即死(そくし)すること()け合いだ。


 私は結構怖いことをたんたんと書いているけれど

 実際起こったのは

 刹那(せつな)の一瞬で

 先生はその刹那に、私の声に振り返りながら

 片手を(あご)のしたにかざして

 忌麟の必殺の踵を同じ手のひらで、受け止めてしまった。

 まるで水風船とかヨーヨーを受け止めるみたいに。

 ふわりと柔らかく受け止めて

 そのまま彼女の両脇に上から両手をはさみこんで

 くるり

 と彼女をひっくり返して膝をかがめて

 すとん

 と彼女を地面に降ろしてしまった。


 忌麟は呆然(ぼうぜん)としていた。

 ほとんど黒目な瞳は白目がかっと見開かれて

 可愛らしい口元は半開きだった。


 そんな彼女に先生はかがんだまま

 視線を合わせて

 微笑みつつ呼びかけるように

 語り掛けた。


 「当たり前だけど。

  僕は君より強い。

  強い僕から、君にアドバイスだ。

  笑った方がいい。

  綺麗な子は特に、ね。

  笑うのが苦手なら微笑みなさい。

  みんな幸せになる。

  少なくとも僕は。

  一割以上は、ね。」

 



  ・・・私は努力している。

でもやはり何故か



・・・続く。

 





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