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番外編:忌麟3

 私の乳歯が抜けかけていた8年前。

 当時の保育所の子供たちわーるどの絶対君主は

 碁暴(ごぼう)君だった。

 彼は短命種(はいさいくらー)ではない普通の種だったけれど

 齢は10歳で、私と彼の間には、乳歯が抜けかけているという共通点があった。

 ちなみに、ごぼうという呼び名の割に、絵に書いたようなふとっちょさんで

 性格もやはり絵に書いたような自称どs男子。

 つまりいじめっ子だった。

 しかもナイフ使いだったからたちが悪い。

 当時の保育所の方針は強肉強食(きょうにくきょうしょく)

 強い者だけが生き残ればいい、という元祖スパルタ教育で

 実際碁暴君の手にかかって、何人もの子たちが再起不能になってしまった。

 もちろん年長の強い子たちもいたけれど、基本的に周りに無関心だったので

 碁暴君は本当にやりたい放題だった。

  一方私は当時の実年齢4歳のいたいけな幼児にも関わらず

短命種(はいさいくらー)の因果のおかげで、肉体は10歳であり、

「なにー、おまえ4歳なの?

 そんななりしてきもいー」

 と、絶対君主君の目にとまってしまい、

 基本的にぼーっとしてしまうリアクションの悪さも手伝って、

 彼の(いじ)めを(たしな)む性癖に油を注いでしまった。

 当時の私には、それがどういったことか良くわからず、

 ああ怖いな苦しいなと思うばかりで、その日常の

 嘆き方

 すら良く分からなかった。

 でもそれで良かったと思う。

 碁暴君は少なくとも、他の子にしたみたいに、私を彼のナイフで解体しようとはしなかったから。


 その日の私は例のごとく絶対君主君に虐められていて

 彼の彼ブームは、私を保育所の遊具場の砂場に首の下まで埋めて

 ―たまに子供が子猫を捕まえてやるあれである―

 首だけの私の頭の上に、黒ひげ危機一髪的な小さな(たる)を置いて

 砂場の隣の木馬にまたがって、樽に向かって小型ナイフをスパスパ投げていた。

 私としてはナイフが飛んでくる事に特に不満は無かった。

 というのも碁暴君は腐っても(たい)というか、

 さすがは生粋(きっすい)の村人だけあって、そのナイフの腕は一流であり

 樽からナイフを外すなど、彼の自称どSのぷらいどからすればあり得ないのだ。

 というわけで、砂には安心して埋まっていられたけれど、

 問題は樽の中身で。

 未成年にお酒は厳禁(げんきん)にもかかわらず、樽の中にはビールが入っていた。

 しかも無駄にドイツ産という本場の本物ビールだ。

 碁暴君のナイフが、私の頭の上に置かれている提灯(ちょうちん)さいずの樽に

 命中するたびに、そこからビールがしみだして、

 筋を作って私のおでこを伝って目や鼻に入るのである。

 酒を目や鼻に入れた人は分かると思うけれど、あれはとても痛い。

 という事で私は

 

 -ああ、痛いなあ。苦しいなあ。―

 

 といつものように思っていた。

 碁暴君主はいつまでもナイフを投げ続ける。

 ―もうちょっと痩せていれば、木馬に乗った王子様っごっこっぽくなくもないのに―

 とか

 ―というか、いい加減飽きない碁暴君はやっぱりナイフ使いだけあって、

 ナイフが好きなんだな―

 と思って感心している時だった。


 私は私の耳の後ろに風を感じた。

 同じくして、絶対君主の顔の色が変わった。

 一瞬ぎょっとして、それからふとっちょな顎元を

 かすかに揺らして、残忍な笑みを頬と、ぼてぼてした、たらこ唇に浮かべた。


 「来ると思っていたぜ。

  お化け人形。」


 お化け人形とは

 もうお分かりになるかもしれない。

 忌麟である。

 彼女は享年(きょうねん)ほどではないけれど、

 当時も高速であらゆる所、例えば壁とか、を駆け抜ける

 女の子だった。

 もちろん肉体年齢10歳の彼女はまだ小柄で、

 本当に黙ってさえいればお人形さんみたいに可愛らしく

 壁を走るお化けみたいな人形という事で、

 碁暴君は忌麟を「お化け人形」と命名した。

 お化け人形は、壁を駆け抜けるその脚力を

 存分に余すことなく惜しみなく

 碁暴君の顔面を蹴りぬくことに使うので

 絶対君主君は、当時何回も彼のあどけない前歯をぼろぼろに砕かれていた。

 という積み重なる恨みを込めて、その日も彼はナイフを持つ手を振りかぶる。

 時に。

 私は

 ―あ、やばい―

 と思った。

 瞬間。

 私の右耳付近をナイフがかすめ

 同時に首の左の砂場が爆発した。

 忌麟が砂場を駆け抜けると、彼女の脚力が強すぎるため

 砂は昔の太陽に叫ぶとか()えるとかそんな刑事ドラマシーン的な

 爆発を起こすのである。

  いやでも、砂に埋まった私の横を、彼女が爆走する事自体は別に悪い事ではない。

  砂が痛い位である。

  問題は絶対君主君だ。

 彼女が(はや)い風のように駆けてくると

 常日頃、正確無比(せいかくむひ)な彼の投げナイフのは

 不正確無比な暴れナイフとなって

 本当にカオスな軌道をめちゃくちゃ描いてしまうのだ。

 まあ、(はた)から見てる分には、彼のナイフがめちゃくちゃでも問題は無い。

 むしろ私は性格的にほほえましく、

 うん、がんばれ

 とか思うかもしれない。

 問題は、

 私は彼の無軌道な投げナイフの雨あられの前にいて

 しかも首まで砂に埋まって身動きが取れない。

 文字通りまな板の上のほにゃららなのである。

 

 こんなに一生懸命かいたら、当時の私の恐怖はちゃんと伝わるだろうか。

 まあ、とにかく、私はとても怖がっていた。

 のと裏腹に。

 お化け人形である忌麟は、右に左に瞬間平行移動的な駆け方をしながら

 碁暴君のナイフをひょいひょい避けて

 ついには彼女の近接戦闘圏内(きんせつせんとうけんない)まで

 強引に絶対君主君の領域を引き寄せた。

 本当は、駆け寄った、というべきなのだけど

 彼女の壮絶な駆け寄り方、絶対君主から放たれたナイフの無数さ

 を考えると、私はこういう言い方しかできない。

 ちょうど(いま)だ木馬の上の偽王子様だった碁暴君が、

 彼女に詰め寄られ切った

 時に、君主君のナイフは最後の一本になってしまった。

  私は彼女の栗色のゆるふわろんぐな髪が、

  ()の光をはらんで輝く後ろ姿を

 砂場に埋まって眺めるだけだったので

 彼女の表情は確認できなかったけれど

 たぶんあの子は彼女の可愛らしい口元を真一文字(まいちもんじ)に結んで

 とっても無表情だったのだろうと思う。

  黒曜石(こくようせき)のような瞳の光を漆黒(しっこく)に沈めて。

  涙袋のくっきりとした目元に浮かぶくまをやや色濃くして。

  彼女はいつも無表情に、碁暴君の歯を砕いていたからだ。

  という事で、とっても無表情に忌麟は高速で蹴りを繰り出し

  同時に碁暴君は

  にやりと笑って

  投げナイフの柄を握り直して

  彼女の心臓に上からつきたてようとした。

  時。

  つまり。

  上段ハイキックの姿勢の、彼女の足先が

  絶対君主の、たらこみたいな唇の5cm手前

  絶対君主の振り下ろすナイフの鈍くきらめく刃先が

  忌麟のまだ膨らんでない胸元の5cm上空に

  きた

  その瞬間。

  私は背の高い人影をみた。

  「穏やかじゃないね。」

  と、とても穏やかな声が、遊具場に響き未だ舞う砂埃に吸い込まれていった。

  絶対君主とお化け人形の動きは止まった。

  止められていた。

  人影が、腕を交差する形で

  君主君のナイフの刃先と

  お化け人形の疾風のつま先を

  指の先でつまむ形で

  制止していた。


  それが、私が初めてまなこにした先生で

  その日が、私の中の世界が、ふわっと変わった初めの日だった。


  …ほんと

  終わらない。



  苦笑しつつ



  …続く。

 



 

 


 

 

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