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2-9  疲労

岬がハンドルを切るクライスラーの内部は

「岬reMotors」

とゴシック体で書かれた銅板の掲げられたガレージの中で組みあげられたもので

中身であるパーツのほとんどはガレージ隣接の廃車の山から取り出されたものである。

クライスラーという外見であるというだけで、実際のところ、フレーム全体にも強化がなされている。

 彼はこれを、荒事の中でも特段激しい荒事の場合、愛用していた。

 車に限らず、そしてその巨体に関わらず、色々と手先の器用な彼は、仕事用のツールを、それが

表か裏かに関わらず、自作する。

 エンジンの着火と共に起動する備え付けの小型PCも彼の自作であり、そのデスクトップは彼の運転席の

丁度左端、カーナビの位置に取り付けられている。

 デスクトップの上には、やはり一般のカーナビと変わらず道路地図が表示されているが、

 違いは。

 マップ全体に点滅する赤い点。

 これは警察車両などで使用される無線の発信を意味する。

 仕事柄、警察が最大の敵である彼は、対策として発信機を首都圏至る所に仕掛け

 警察の無線信号を逆探知させて、その位置情報を彼の小型PCのデスクトップに送る

 というプログラムを構築していた。

 つまりマップ上の赤い点は警察車両の位置であり、岬は柴崎の拉致後

この点を避けて目的地までたどり着かねばならない。

 彼はそのためにハンドル右横のオーディオから渋滞情報と、

 違法に盗聴している警察無線上の応答を流し、耳を傾けている。

 岬の天敵である彼らは、違法駐車車輌のレッカー処理、交通整理、巡回業務

 等々日々の雑多な業務をこなしている。

 日々の職責をこなす彼らの仕事ぶりには意外なほど勤勉さが滲んでおり

 ―日本は安泰だな―


 と、いつもながら岬は思いつつ

 クライスラーを赤坂のホテルに乗り入れた時に

 首都高速で追突事故が発生したという内容を受信したが、岬のルートではないのであまり

 気に留めない。

  それよりも、複数の指名手配犯が渋谷区、新宿区、台東区で目撃されたとの情報が上がった事の方が、岬には気にかかった。

  しかし、いずれも柴崎の町田から目的地までの拉致ルートからは外れている。

  容疑も殺人、強盗殺人、強姦殺人と様々で、事件の発生時期も重なりはなく、つまりそれぞれが

 独立した別の事件である。

  が、何故かその

 情報が複数上がった、という事実が、頭蓋骨の裏にかぎづめを立てるように引っかかり、

岬は思案する。


 ―今回の件と関係があるのか?

  いや、そもそも空港から新宿までの間に柴崎を狙う気配は無かった。

  村が絡む依頼ということで、過敏になっているのか?―


 デスクトップは点滅を続ける。

 そのうちに、岬の運転するクライスラーは赤坂に至り、

 ホテルの地下駐車場に乗り入れて、そのままチェックインする。

 6階端部屋を事前に予約していた。

 PCを持ち込んで、日が沈むまで岬はその太い眉をしかめつつモニターに注視続け、

 それからホテルを出て都営地下鉄線に乗り、新宿で柴崎が本部から出てくるのを待つ。


 柴崎は予想通りの時間、20:00過ぎを大きく越える事なく赤坂に向かったので岬は尾行を再開する。

 都市特有の蒸し暑さを彼はその額に感じるが、体の芯は冷えている。

 岐阜の一日と同質の緊張。

 ―穢胡麻さんも、どこかで視ているのだろうか。

  俺や、柴崎を―

 

 赤坂のホテルの最上階

 対象が行きつけのバーに入ったのを確認して

 岬も間をおいて入り、エクスペリアでその指を盗撮し

 傷が無いことを、安堵と共に確認する。

 

 それとなく周囲を探るが、特に対象を狙う気配は感じない。

 ―取りこし苦労、か―

 

 岬はその日、初めて幾分の、あくまで幾分の余裕をもって柴崎の様子を眺める。

 …朝のような威厳は感じない。

 代わりに疲労。

 妥協なく仕事をする者に特有の、純粋な消耗を、対象の全体から感じ。

 岬は初めて、柴崎という男に好感のような物を抱く。


―悪いな、俺も仕事なんだ。―


 女性のバーテンダーがにこやかに注文を取りにきたので、烏龍茶のジョッキを頼み。

 しばし思考してからメニュー表をさして

 「このハムとチーズのサンドイッチを。

  できればケチャップは多めにふってくれ。」

 と静かに注文する。



 

 


 

  

 

 

 

  

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