2-8 偽装
成田空港に到着した岬は売店で新聞を買い、到着待合ロビーのクッション列の端の一つに腰を沈めて
柴崎の航空機の到着を待つ。
株価の変動、今日の天気、南シナ海の領土問題、連邦中央銀行の金利引き上げ等々
世界的には重要でも岬には直接関係の無い事象について満載の新聞は、いつもと変わらない。
芸術欄に、小さく柴崎の写真が載っている。
ザルツブルクの音楽祭。
照明と拍手を、その一身に受けている。
岬の視線はその写真、特に指に注目する。
解像度は低く、白の手袋をつけているが、しなやかで長い。
村の依頼はこの柴崎の拉致。
指に傷をつけてはならない。
しかし。
そもそも海外、それこそ航空機内ででも
指を切ってしまうような何かが起きていたとしたら
どうなるのだろうか?
さらに穢胡麻のメッセージ。
不測の事態。
村に依頼がいくほどの恨みを買っている柴崎が、依頼者以外の第三者に襲われても
おかしくはない。
それは、海外では不可抗力だろう。
が、帰国後は別の話である。
結果が出れば過程は問わないという村の意志。
裏を返せば
望ましくない結果に事情は酌量されない、という事だ。
つまり、対象が帰国した夜に指定されている拉致までの間。
全力で、対象の身を守らなければならない。
と、岬は考えていたし、それは間違いではなかった。
航空機が定刻どおりに到着し
柴崎の一団がゲートをくぐってくる。
岬が遠目から確認した彼は、一団の中でもひときわ目立って
中背中肉にもかかわらず、獅子のような威厳があった。
岬は特に感情を抱かずに、速やかにその指を確認し
脇に隠したエクスペリア越しに、映像に収める。
事前の穢胡麻とのヒアリングで、柴崎の行動パターンは知っていたため
成田空港駅の喧騒の中で接近しても発信機はつけない。
上野から新宿まで尾行し、本部に彼がつつがなく消えたのを確認してから
クライスラーを取りに廃車輌取り扱い場に向かう。
柴崎の表の仕事は廃車取り扱い、車輌整備業者であり。
仕事場に、
業務用の車輌を複数台隠してある。
今回のクライスラーは、
一番頑丈である
ということで選んだのだが、
偽装ナンバーを付け替えるときに
岬は
車に頑丈さが必要とされるような事態が発生しないことを
切に願った。




