2-7 義務
闇の中で男が倒れている。
傍らに佇む後ろ姿。
黒のショートヘア。
白いブラス、華奢な肩から伸びる細い腕。
ふっと、振り返る。
黒髪に覆われた額。
顔は闇に覆われており、表情は確認できない。
岬は後ずさり、微かな罪悪の痛みをその胸に覚える。
―夢か―
岬はまだ日もあがらないうちに起床し、洗顔などをしてから
朝食のサンドイッチを作る。
本日は村からの依頼の指定日である。
ハードな一日に対応するためには、塩気が必要である、という信念のもと
彼はサンドイッチにはケチャップを存分にかける。
ミルをひき、ブラックですすりながら、大口でかぶりつく。
その視線はテーブル上の布に落とされている。
空白と+とドットからなる暗号は、依頼の下準備の日々、ずっと眺め続けた。
布の刺繍は考えるまでもなく、文字として認識されるまでになっていた。
「…私たちの村には
即殺の理
という掟があります。
私たちは依頼を受けて人を殺めますがそれは私たちの営みであり務めです。
が、あくまでも仕事にすぎません。
即殺の理は、仕事ではなく、義務です。
仕事の現場を目撃した人間を、その場でただちに殺めなければなりません。
目撃をした人間が、子供でも大人でも、政治家でも神父でも。
岬さん、あなたでも。
ですから、何らかの不測の事態が起きて、
私が動く時は、全力で私から逃げて下さい。
私はあなたが、私の仕事を見なければ、あなたを殺めずに済みます。
好意を抱く相手を殺める痛みに、私は臆病です。
それは村人としてあまりにも女々しいのですが、どうしようもありません。
二つ目は…」
―毎朝、あんたの布を眺めるのも今朝で終わりか。
大丈夫だ。
穢胡麻さん、
俺はプロだ。―
岬は息を深く吐き、朝食の後片付けをしてから
昨夜確認した仕事道具を再度、丹念に確認しているうちに日が関東平野の東から昇り
朝日に微かに眼をしかめつつ
マンション五階の自室を出て、成田空港行の始発が控える駅に向かった。




