似合わない、けれど
デスクトップに表示された穢胡麻のメッセージに目を通した後、岬は懐からエクスペリアを取り出す。
―好意を抱かれる事には悪い気はしない。かえって光栄ですらある。荒事にせよ何にせよ、力量自体が違い過ぎる。ただ、暗号の内容が稚拙すぎる。俺にすら分かる暗号など、暗号とは言えない。子供の作文レベルだ。穢胡麻さんが「拡散の好まない情報」を俺に託した。確かに好ましくない情報だろう。村からすれば。そして最大の問題は、村が、俺が情報を握っていると知る事、だ。仮にそういう最悪が起きた場合、最悪の最悪も起こるだろう。くそったれな最悪を回避する最善は、メッセージそのものを処分すること。あるいは―
彼は液晶画面をしばし注視して、グーグルクロームを呼び出し、httpから始まるアドレスを入力する。
―あるいは村に、彼女からイレギュラーなメッセージがあったと通報する。メッセージの内容は精査されるし「拡散の好ましくない情報」の保持者としても認識されるだろうがこちらに害のないという意思は伝えられる。 穢胡麻さんには何らかの、深刻なペナルティが課せられるだろうが少なくとも俺の安全が保障される確率は上がる。―
アドレスの入力が完了し、後は実行キーをtapすればエクスペリアが読み込みを始めるという状態になる。
―どちらにせよ。この先の画面に進んだ時点で、言い訳は効かなくなる。メッセージの受領は不幸な出来事だったとしてもそれに便乗した逸脱行為と受け取られる。つまり、確信犯だ。安全な身の振りを求めるならば、この先に進んではならない。―
岬の指は「進む」を選択せず、代わりにアドレス画面を消去する。
―そう。とても愚かなことだ。俺が情にほだされる、など、あってはならない。この選択は正しい。
仕事に「仕事以外」を持ち込んではならい―
岬はスマホを懐に戻し、息を深く吐く。
―「確率というサイコロ」か。 悪いが俺はプロなんだ。 仕事外には付き合えない。代わりに仕事は全力でやる。村に通報もしない。これが、穢胡麻さん。あんたへの、俺なりの好意だ―
と、思いつつ、デスクトップの電源を落とし、穢胡麻の願が刻まれた布を額に巻くと、暗灰色となった液晶画面に彼の姿が反射する。
布で眉が隠れているせいか眼光に凄みが増している。
が、ちょうど鼻筋の真上に位置するヤシの木とそのさらに上に泰然とする雪だるまアップリケが滑稽な印象を与えている。
―本当に、色々似合わない。が、今回の仕事はこれをつけてするとしよう。しかし、昨日といい、今朝といい、俺の肝は潰れてばかりだな―