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夜と岐阜と願いの鉢巻き
フォーティスリーを出た後、二人はエレベーターに連れだって乗り、ビルの二階まで下った。
そのまま通路をゆき、空中歩道まで出ると真夏の暑く蒸された大気が岬の顔面に吹き付け、一瞬彼はその眉根を寄せる。
瞬間、後ろ首にふさっと布がかかった。
ずっしりと重くヤシの樹皮をそのまま編んだような無骨な肌触りにも関わらず、それはとても柔らかい。
「今日の『仕事外』のお礼です。『お仕事』がうまくいくように願をかけてあります」
穢胡麻の声の方向に、岬の視線は流れるが、岐阜駅の外壁が、夜の光に白く照らされているのみであるので、周囲を見回す。
ロータリーを回るタクシー、仕事帰りの背広の男たち、連れ添い歩く若者の男女、駅前のライトに浮かび上がるまばらな人影の、何処にも、岬は穢胡麻の姿を確認できない。
「おでこに巻くと似合うと思います。今日は本当にありがとうございました。それでは、また。現地で」
「……穢胡麻さん?」
返事はない。
代わりに、人の気配が薄くなり夜の大気の密度が高まった感覚を岬は覚えた。
その夜、彼は岐阜のビジネスホテルに宿をとり、とても深く眠った。