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絵本のような彼女

 岬の周囲から現実感という物が消失していく。

 まるで水が砂に消えるように、何かがとても渇いている。

 岬は口腔内に水分を求め、なけなしの唾を硬い音を立てて飲み込む。

 そんな彼を、穢胡麻は柔らかくじっと見つめて

「私は4歳で乳歯が抜けました。5歳で初潮を迎え、6歳で私の体は高校生の女の子のようなカタチとなり、8歳で成人しました。10歳で体力はピークを迎え、12歳で肌が水をはじかなくなりました。後15年も生きれば私は30歳になり、しわしわのおばあちゃんになるでしょう。でもそれが私の自然なのです」


……とでも言うように、柔らかく口角をあげた。

 彼女の穏やかな瞳の光に、ふと、岬は恥の感覚を覚える。

 非常識な事が続いている。

 しかし、その非常識の中で、目の前の15歳は生きてきたし、生きていくのだ。

 大の男がいちいち動揺する姿は見るに堪えないだろう。俺自身、辟易とする。腹は常にくくっている。そうして生きてきたし、これからも生きていくのだ。

 

 岬は強く思い、そうすると視界が開けた気がし、腹の底から深く息を吐いた。

 

「穢胡麻さん」

「はい」

「色々納得した。もう大丈夫だ。ありがとう」

 と言って、岬はその日初めて、穢胡麻に静かに微笑みかけ、穢胡麻は首を傾げる。


「私は何もしていませんが?」

「いや。俺の手をずっと握ってくれている、だろう?俺は悪い気はしないが、向こうのウェイターが目のやり場に困っている」


 と、言って岬は彼らから斜め右前方15mの白亜の壁に佇む給仕の男をその顎でさす。

 すると穢胡麻はきょとんとして、いささかの間を置き、不意にその白い頬に朱を浮かべる。

「わあ」

 とかすれた声を漏らし、そのまま、その両手をのけぞるように離し、空中でわたわたと振った。

「すいません。恥ずかしいことをしていました」

 と慌てる姿に、なぜか絵本のグリとグラを思い出し、穢胡麻と会ってから初めて、岬は心から和んだ。 

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