同棲
「おはよう。」
朝五時半。聴き慣れた声で目を覚ました。台所から香ばしい匂い、ベーコンを焼く音が聞こえる。そしてアパートを出る時間の一時間前に佳織に起こしてもらうのがいつもの日課だ。朝ごはんを素早く口に含み飲み込み、愛用の部屋着から作業着に着替え顔を洗い身支度を済ませた。
「んじゃ、行ってくる。八時には帰ると思う。」
「いってらっしゃい。頑張ってね!」
佳織の微笑みを微笑みで返し部屋を出た。
免許を取ってからずっと乗り出し、運転にも慣れた軽自動車に乗り会社に向かう。
同棲を始めてまだ二ヶ月しか経っていないが俺たちはこの生活に慣れてきていた。思えば佳織と付き合いだしたのは十七の頃。高校に進学せず、バイトに明け暮れて、夜は単車で国道を走り回って悪さばっかりをしていた頃だった。佳織は中学からの知り合いだったが、そこまで仲がいいというわけでもなく、中学から警察の世話になるような問題児だった俺たちのグループとは、少し違った、真面目ではないが、どちらにも属さない、中立的なグループに属していた。たまたまバイト先のガソリンスタンドが同じになり、そこから距離が縮まり、今の関係に発展した。
思えば、あの頃は、悪いことを平気でする自分がかっこいいと思っていたし、ルールは破る為にあると馬鹿な考えをしていた、言ってしまえば自分に酔っていた時期だったのかもしれない。そんな時期に佳織と付き合いだしたことで一郎の生活は変わった。ハローワークで仕事を探し、極力バイクに乗るのも控えた。そして今の電気設備会社に就職し、そして二か月前、佳織の高校卒業と同時に二人でアパートを借り同棲を始めた。佳織の両親には反対されたが、二人で説得し続け、結局は佳織の両親が折れ、同棲を認めてくれた。
大切なもの、守るべきものできた。少しそんな気になった。
一郎は、そんなことを思いながら、国道沿いを車を走らせていると、すぐに職場に着いた。
「おはようございます、今日も一日よろしくお願いします!」
挨拶を済ませると社長の渡里哲也が満面の笑みで声をかけてきた。
「福田、今日はいい顔してるな。なんかいい事あったか?」
「噂の彼女に子供ができたとか?」
同期の小嶋文太がニヤニヤした顔で言った。
「さすがにそれはないっすかね、いつも通りですよ」
とだけ残し、その場を後にした。
その頃、佳織はコタツで横になりのんびりとテレビを見ていた。美容系の専門学校に通っているが、今日はなんだかやる気が起きなかった。
「そういえば、一郎、昨日頭が痛いとか言ってたな。」
佳織は風邪薬を買ってこようと、体を起こし、二人が笑っている写真立ての横のチャリ鍵を取り、ママチャリを漕ぎ出した。
残業で仕事が長引き家に帰ったのは夜の九時半を過ぎた頃だった。
「ただいま。遅くなった」
「おかえり、残業?」
「うん、最近入った仕事が終わらなくてさ」
「お疲れ様。まさか他の女の所なんて行ってないよね?」
笑いながら聞いてきた。
「なわけなぇだろ。いや案外行ってるかもね」
そう言ってみると、佳織は拗ねた顔でタバコに火をつけた。
「てかさ、お前今日学校行ったのか?」
「行ってないよ、なんかだるくなっちゃてさ」
一郎も古びたジッポでタバコに火をつけながら話をした。
「行けよ、お前が学校行ってないなんて言ったら親父さんに俺が怒られる」
佳織の親父には、ちゃんと学校に行って卒業するという約束で同棲を始めたため、あまり学校に行かなすぎると一郎が怒られる羽目になる。
「まぁ大丈夫。明日はちゃんと行くから!」
そう言うと、テーブルに置いてあった薬を指さし、
「これ買っておいたから寝る前に飲んでね」
と残し、寝室に去っていった。ふとカレンダーを見ると今日が火曜日だということに気づいた。会社は水曜日が定休日のため明日は休みだ。冷蔵庫を開け感ビールを手に取ってみたが、仕事の疲れからか偏頭痛がひどかったため、ビールを戻し、その横にあったお茶を取り出し半分位まで一気に飲み干した。風呂に入り寝る前の一服をしようとしたが無性に外の空気を吸いたくなった。窓を開けベランダに出る。佳織と同じ銘柄のタバコに火を点け、空を眺めてみた。星はひとつも出ていなく肌寒い夜だった。
そろそろ寝ようと寝巻きに着替え、佳織の横で、お互いが向き合うように眠りに就いた。