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シングルファザーの一人娘と植物園  作者: するめいか英明
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第5話

「お母さん、それなあに?」


 キラキラと輝く小さな宝石のような砂のような、どことなく貝殻を思わせるそれを見て、私は興味津々に尋ねた。お母さんは懐かしそうな顔で、うっとりとそれを眺めていた。


「おばあちゃんの形見。と言ってもおもちゃだけどね」


 お母さんは、それのことを「ビーズ」って呼んでいた。おもちゃと言っても、その色とりどりの輝きは私の心を掴んで離さなかった。


「綺麗でしょ。おばあちゃんの時代は、子供たちがみんなビーズを持っていたんだって。でもこういうのって流行り廃りなんだよね。私が子供の頃にはこんなの持ってる人いなかったんだ。だから私もおばあちゃんに見せてもらうまではビーズって名前すら知らなかったよ」


 こんな綺麗なのを持っている人がいたら絶対流行るだろうなあ、と私は思った。でも砂みたいにさらさらしてて、持ち運ぶのはちょっとめんどくさそう。


「おばあちゃんはね、ビーズでアクセサリーを作るのがとっても上手だったの。だから私もいくつか作ってもらったんだよ。でも嬉しくて友達に見せびらかしながら走り回っているうちに切れちゃったりしてね。泣きながら床に落ちたビーズ拾ってた」


 私が「へー」「うん」「はあー」と相槌を打って思い出話に聞き入っていると、お母さんは細くてつやつやした糸を取り出してビーズの穴に次々と通していった。手のひらに乗せられた数々のビーズがひょいひょい吸い込まれていく光景を、私は息を呑んで見守っていた。


「これはテグスっていうんだよ。おばあちゃんが使ってたのと違って切れにくいからね、芽ぐにも1つ作ってあげる」


 それを聞いた時の私は本当に嬉しくて、犬だったら絶対しっぽを振って走り回ってたと思う。ビーズのアクセサリーを空いちゃんに見せびらかしてる自分を想像して、思わずにやにやしてしまった――


「――んぐっ」


 私は鼻の奥の方で変な音を出してしまった。いつの間にか寝ていたことに気付き、慌てて辺りを見渡すと鮮やかな夕焼けが目に入った。そこそこ長い時間眠ってしまった。


(いけない、暗くなったら帰れない!)


 顔から血の気が引いていく感覚がやけに生々しく感じられて、私はもうすっかり目が醒めていた。何か楽しい夢を見ていた気がしたけど、あっという間に忘れてしまった。ちょっと惜しい気もしたけど、今はとてもそれどころじゃない。


(でも、今から頑張って帰っても、道の途中で暗くなっちゃうかも……)


 私は泣きたくなってしまった。真っ暗な荒原を一人立ち尽くしている自分を想像して、ますます焦りが募ってきた。ホームに帰ってべたべたな体を早く洗い流したいし、その前にお手洗いにも行きたい。色々な思いが頭をよぎる中、体を預けていた根の側、ちょうど私の頭と同じくらいの高さからカサッという物音が聞こえてきた。私はびっくりして大きく後ろに飛び退いた。


「ひっ」


 私は思わず小さな悲鳴を漏らしてしまった。それと同じくして、相手もびくっと肩を震わせてこちらを眺めていた。


「あ……リス!」


 そこにいたのは、愛らしい目をした1匹のリスだった。顔にしましまの模様があって、それはこの前一番樹の近くまで木の実を取りに来たときのリスとそっくりだった。


「君もしかしてこの前の子だよね! うん、絶対そうだよ!」


 私は他にリスを見たことがなかったので他のリスがどんな顔なのかは分からなかったけど、何となく同じリスだと思った。キョトンとした顔でこちらを見上げたままのリスは、口を半開きにしていて何だか間抜けに見えた。


「えへへ、今日はね、この前と違ってすんごいプレゼントがあるんだよ」


 私はそう言うと、手提げ袋をあさった。リンゴを2つ取り出すと、片方をリスの元に差し出した。リスはあたかも首をかしげたような仕草をして、しばらくするとその場で直接リンゴをサリサリとかじりだした。


「自分の手で持ちなよ~」


 とは言ってみたものの、リスの手じゃ持てなさそうだな、とも思った。私は手の位置を固定しながら、もう片方の手で自分のリンゴにかじりついた。酸っぱくて甘くて、ほっぺたにツーンとした痛みが走って、すごくおいしかった。


「君ってさ、子供? それとも大人?」


 私がリスに問いかけても、リスはこっちを振り向きもしなかった。一心にリンゴにかぶりついているという様子で、綿毛のようにまるまるとしたほっぺたがせわしなく膨らんだりしぼんだりしていた。


「よっぽどおなかすいてたんだね~」


 リンゴが半分くらいに減った辺りで、リスの動きが止まった。背筋を伸ばして周りをキョロキョロしたり、頭を掻いたり、しっぽをお腹の方に丸めて抱えたりと、リラックスしているのか警戒しているのか分からなかったけど、私は見ていて飽きなかった。


「そういえば君、前どんぐりあげた時匂い嗅いで逃げたよね。ひどいよ。あれホームに帰って煎ったんだけどさ、すーっごく酸っぱいのとすーっごく渋いのしかなかったんだから。匂いで分かったんならちゃんと教えてよ」


 あの時のつーんとした風味や歯の奥からむわっとくるどんぐりの味を思い出して、私は今も何だか舌の上が苦い気がした。ゴクリとツバを飲み込むと、自分のリンゴをもうひとかじりした。


「おいしっ」


 リスが食べかけにしたリンゴをそばに足元に置き、私はリスを優しく撫でた。リスの毛は思ったより硬めで、逆撫ですると手にツンツンとした感触が残った。リスのしっぽを撫でていると、リスはうつ伏せになってしっぽをだらしなく投げ出した。その様子がおかしくて、思わず笑いがこぼれてしまった。でもそのおかげで、昼間の嫌な気持ちも全部吹き飛んでしまった。もうしばらく撫でていようと思った。


「私もあんまり食べなくて大丈夫な方だけど、君も小食なんだね」


 リスは食べかけのリンゴをこれ以上食べようとはしなかった。最初の勢いから考えてすごくお腹が空いていたんだと思うけど、半分でおなかいっぱいになっちゃったみたいだった。でもリスの体の大きさ的には半分でも十分多い方なのかもしれない。


「……何か忘れているような?」


 私がリスとのゆっくりとした時間に溶け込んでいると、完全に日が落ちてしまった。

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