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シングルファザーの一人娘と植物園  作者: するめいか英明
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第1話

 私はいわゆるシングルファザーだ。10歳の一人娘がいる。名を「芽ぐ(めぐ)」という。芽ぐはとても元気がよい子だ。芽ぐがホームに帰ってくると、バタバタと走るその大きな足音が建物全体に共鳴する。彼女が走り過ぎた後を、夏らしい爽やかな風と共に草葉が擦れ合う音が追い掛ける。


「お父さん! ただいま! 今日ね、色んなことがあったよ!」


 芽ぐは部屋に入るとすぐに、彼女には少し大きめのインカムを装着する。そしてディスプレイを両手で床から拾い上げ、私に向かって呼び掛ける。芽ぐはその日の出来事を私に事細かに報告する。私は一切口を挟むことなく彼女の報告に聞き入る。これがいつもの日課だった。


「それからね、あの一番樹の近くで、リスを見付けたの! 私本物のリス見たの初めて!」


 実のところ、私は芽ぐの実の父ではない。芽ぐはこのホームの揺籃器で生まれた子供で、母方の遺伝子提供者はこのホームの住人だったが既に亡くなっており、父方の遺伝子提供者は非公開データに登録されている。芽ぐの育ての親である私でさえその顔も名前も把握していない。


「だからあの図鑑は嘘だよ。本当にどんぐり好きなら逃げたりしないもん」


 芽ぐはとても利口な子で、好奇心も旺盛だ。ホームには自由に使える図書室があり、そこは子どもたちにも人気だった。芽ぐもまたしばしばそこへ本を読みに行っている。


「お父さんは恐竜って知ってる? すごく強いんだよ! 爪!」


 芽ぐは図書室で読んだ図鑑や挿絵付きの児童書の内容について話すことも多い。育ての親の私が少しひいき目であることは確かだが、それを差し引いても芽ぐは勉強も得意な方だと思う。そんな芽ぐが一番好きな科目は理科、それも植物についてだった。


「ラフレシア・アーノルディは世界で3番目に大きい花として有名だけど、発見されてから長い年月がたってるのにあまり生態がよく分かってないらしいの。2032年に公表されたAPG第XII版によると、ラフレシア・アーノルディはユーフォルビア亜属とパラプロストラータ属の間でHGTが双方向に行われた結果の産物で……Gセルロイドに遺伝的可塑性のある微細毛を備え、これがセカンドメッセンジャーを……古細菌と酷似したステム再構築機構に……」


 変わったところも多い娘だが、私は芽ぐの父親であることを誇りに思っている。そして芽ぐもまた、私を実の父親のように心から慕って笑いかけてくれている。私はそんな芽ぐの笑顔を一生大事に守っていきたい。しかしながら、そんな芽ぐの表情にも時折曇りが見えることがある。


「ちゃんと毎日ホームのみんなにお水をあげるし、これからもいっぱい勉強するよ。歯だって磨くよ。ちゃんといい子にするよ。だからね――」


 芽ぐは笑顔を崩すまいと力み、しかし、頬には一筋の涙を流しながら、言葉を続ける。


「だから、また前までみたいに、私の名前を呼んで欲しいの」


 芽ぐは私に、そう懇願した。私は芽ぐの実の父ではない。私は、このホームというかつての研究施設で開発され、芽ぐの育成プログラムのインターフェースとして設計された、ディスプレイ付きの小型端末だ。今や草木が生い茂り植物園と化したホームには、芽ぐ以外に誰も住んでいない。多くの蓄えがあった電気も燃料も、既に底を尽きている。糧を失った私のディスプレイが光を帯びることは今後も無いだろう。電源を入れることすらかなわない無力な私を胸に抱え、芽ぐはわんわんと泣き出した。私には、時が過ぎて芽ぐが疲れて眠り落ちるまで、ただそこにいることしか出来なかった。

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