朝は硝煙とチーズの匂い
「ガガガッ!ガガガガッ!」
すぐ脇で断続的に石の削れる音がする。
だがずっと隠れている訳にはいかない。
対面の柱の後ろにいる黒服にハンドサインで指示を出す。
指を折って、タイミングを合わせて柱の外に飛び出して銃を構える。
引き金を指切りし、軽快な音を出しながら|薬きょうを足元にばらまいた後《制圧射撃》、そしてまた柱に隠れる。
これの繰り返しだ。
二人しかいない為、逃げる時間を制圧射撃で稼ぐだけの火力もないが、逮捕されようが死のうが未来はない。
完全に詰みである。
「何でこんなことになっちまったんだか…」
どうしようもない事だが思わずにはいられない。
そう考えながら、手元の緑色のテープの巻かれた弾倉の数を確認し、もう一度ため息をつく。
残り、3。
これ以上は本当の意味で鉛玉をばらまかなきゃいけなくなるな、と暗い気持に浸りながら、彼は事の経緯へと思いを馳せていた…
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「じゃあ1100ドルという事で、計11000ドルいただきます。」
「ぐ…まぁ良い、チーズの為だ、しょうがない…」
「今後ともごひいきにお願いしますよ!」
いやぁ~実にもうかった、もうかった。
思わず顔がにやけ顔になるのを誤魔化す為、営業スマイルに見せかけて笑う。
くくっ、駄目だ笑いが止まらない。
チーズは原価が安く、原料も簡単に手に入るので、殆んど丸々利益に入るのがうれしい所だ。
向うは少し不満がある様だが、損をするわけではないので表情を曇らせながらも対応は冷静。
実に良い落としどころに持って行けた気がする。
良くやった!俺!
椅子を引いて立ち、不満顔のボスと握手を組み交わす。
あとは帰るだけだ。
「パァッン!!!」
そう思った瞬間、扉がはじけ飛んだ。
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瞬間視界の中に飛び込んできたのはバイザー付きヘルメットと黒い戦闘服に身を包んだ男。
俺と言えばもう反射的なレベル、思考を伴わずに行動を始めていた。
テーブルの上に麻薬じゃ無い方のアタッシュケースを横倒しにたたきつけながら、持ち手に組み込まれたボタンを一回押してカバーを弾き飛ばし、完全に横倒しになってからもう一度ボタンを押しっぱなしにする。
「パパパパパパッ!」
SMG特有の軽快な発射音とくぐもったケース内で薬きょうがはじける音が空間を支配する。
と、戦闘服姿の猫族の男が弾を諸に浴びてぶっ倒れる。
同時に男が持っていたフラッシュバンが転がる。
「あれ投げられてたら危なかったな…」
今更ながら背筋が冷える。
フルオートの機関銃が使える私有地で、射撃訓練と称して寝ずに遊んでいたのが役に立ってよかった。
むしろこれしかしてないので、これ以上アクション映画の真似みたいなコトは無理なのだが。
やり手のレ〇ンさんみたいな殺し屋じゃないしね!俺!
ちなみに言っておくが、俺は射撃の腕といい一般人よりちょっと上ぐらいのレベルだ。
すると俺の声に反応したのか、やっと部屋で固まっていたマフィア達が動き出した。
「おい!どういうことだ!何でこんな奴らが家にいるんだ!」
「あ、か、確認してみます!」
怒気を孕んだボスの声で冷静になったマフィアの一人がトランシーバーで連絡する。
こりゃ面倒臭い事に巻き込まれたな…
ハリウッドスターもどきのような事をして興奮冷めやらぬ内でも分かる位不味い状況だ。
まず俺のこの国での生活は大分危ぶまれた。
裏社会でどうこうすれば生きて行けるかもしれないが、真人間としては生きてはいけないだろう。
普通の生活に戻る気はないとはいえ、やるやらないではなく出来なくなったのはちょっと悲しい。
そんなことを想っているとボスが話しかけてきた。
なんかコーヒーみたいだな。
「すまない、助かった。あそこで撃ってくれなきゃ、俺たちが死んでた。感謝してもしきれない。」
「いえいえ、俺の身を守るためでもありましたし…それに芯金属製ゴム弾なんで、死んではいないはずですから、あんまり罪悪感もなくて良いんですよ。」
芯金属製のゴム弾だから、値段もばかにならないんだけどね!でも罪悪感無しに撃てるのはでかい。
「それにしたって助けられたのは変わらない。そこで、命の恩人にこんな頼み事をするのも気が引けるのだが、その腕を見込んでお願いしたいことがある。」
感謝されるとやっぱり素直にうれしいもんだな。なんでしょう、いってごらんなさいな。
「私は地下にある秘密通路で退却するから、それまで持ち堪えてくれないか?」
…はい?