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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第4部
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第95話:「いい表情だね。従騎士様」と大商会の社主は言う。




「互いの国について情報交換をしないかい?」


 ロシアンブルーの雰囲気をまとった猫人族カティが言う。


「えっと、たぶん、中澤さんが知らないような情報を僕は持っていないと思いますが……」

「なら、高橋くんから質問していいよ。答えられる範囲で答えよう」


 ……ふむ。ありがたい話だ。

 気にかかっていた項目からいこう。


「では……。最近になって、『魔法の国』へのアクションが増えたのはどうしてですか」


 神秘主義の『魔法の国』と、商人たちの『蒼海の国』は、利害がまったく交差しない、互いに無視をするような関係だった。

 だった・・・


「私が進めている計画なんだよ」

「あ、そうなんですか」

「そうそう。シゥシン様の鳴り物入りの計画ってやつさ。高橋くん、――――」


 中澤さんは何度かうなずきながら言った。


「魔法、売れる・・・と思わないかい?」


 ……なんだって?


「『魔法』とくらべてミシア教徒たちの『神秘』は、『聖痕の大きさ』によって1日の信仰量を規定される純粋すぎる才能だ。エスパーとかに近いよね。だから、聖痕がある人間は神のようにあがめめられている。需要のほうが大きいから、引き起こす現象に比べて、積まなきゃいけないお金がたくさんなんだ」

「……」

「でも、『魔法』は違う。回路っていうんだっけ? 連続で使うための制約はあるけれど、基本的に国民ならだれでも使える。言葉っていう性質だよね。だれでも・・・・言葉だけで・・・・・結果を・・・引き起こせる・・・・・・。私たちは商人だけど、大木を切り倒そうと思ったら、たくさんの人夫を雇わなくちゃいけない。けれど、魔法使いだったら……? ね? 『精霊言語』を言い続けるだけでいいわけだ。1人の魔法使いで事足りる」

「……魔法使いを便利な労働力として使いたい、ということですか」

「そう。私は単位魔法ユニットのすべてについて知っているわけではないから推測になってしまうのだけれど――――」


 『蒼海の国』の商人が平然と単位魔法ユニットという単語を知っている。

 どこか、不気味な感じがした。

 まあ、読心術があれば当然……。


「魔法使いたちは、ふつうの人夫の3、4倍近いペースで労働することができると思っている」


 ぞくり、とした。僕が駐屯ちゅうとん任務で試していたことを、中澤さんは思考実験だけで指摘したのだ。

 中澤さんはため息をつく。


「だから、『鉄器の国』や『火炎の国』が魔法使いたちを捕虜ほりょとせず殺してしまうことを、私はすごく惜しいと思っていてね。そんなに異教徒が気に食わないのなら、私たちが全部引き受けたいくらいだよ」


 ……なるほど。『蒼海の国』が欲しがっているのは魔法使いたち、ということか。


 魔法奴隷たちは騎士によって厳密に管理・・されている。国外への脱出は難しいはず。

 けれど、不可能ではないのかもしれない。


 もし、『蒼海の国』が本気で魔法使いたちを集めようと思ったら。

 他の人夫よりいい賃金で、招集の危険もなく生きていけると魔法使いたちが知ったら。


 彼らは逃げ出してしまう。

 僕だって、逃げるだろう。


「…………考えているね」


 大商会の社主の紅い唇が妖艶なカーブを描いていた。


「すみません、中澤さん。でも――僕にこれを教えてよかったんですか」


 商人としての中澤さんに、メリットはほとんどない。


「私と高橋くんの仲だ。一緒に勤務した合計時間は、先日で一千時間を超えていた」

「……」

「高橋くんがもどかしさを抱えていることくらい、分かるさ」


 僕の、どこかが、きしんだ。

 時給も良くないし、女好きな店長だし、けれど。

 中澤さんがたまにこういうことを言うから、僕はあのバイトを続けていたのだと思う。

 大人の決めつけだと反論することに、意味はない。

 僕はなにも答えない。

 中澤さんはそれで、分かってくれる。


「では、私からも1つだけ質問をさせてほしい」


 表情を変えず、中澤さんが言う。


「他の転生人には、会ったかい?」

「会いました」


 す、と瞳孔の小さな目が細められる。


「どこで?」

「『鉄器の国』との戦争に参加したときです。僕が9歳だったから……5年前」

「この国では、子どもまで戦場に連れて行くのかい?」


 商人の視線は、鋭い。


「……いえ。あのときは、僕にどうしても行かなければならない理由があったので」

「戦場に?」

「父のもとに」

「……そうか」

「転生人は『鉄器の国』の『ミシアの使徒』です。中身は、あのカップルの男のほう」


 中澤さんゆっくりと数回うなずいた。


「納得だね。背中全面と右腕、右足までをおおう聖痕によって、彼は『鉄器の国』でもっとも優れた神秘の使い手とされている」

「それって、すごいんですか?」

「ほとんど伝説だよ。神様の能力の一部として授かったんだろうね。……ならば、彼らも・・・同盟を組んでいると見ていいな」

彼ら・・……?」

「『ミシアの使徒』は『山脈の国』の第一王女、サティーシャ姫と結婚することが決まっているんだ。私の見立てでは、そのサティーシャ姫も転生人」


 …………。

 佐藤さん・・・・なのか。


 名前の響きもそれっぽい。この世界でもくっついているのなら、よっぽど気が合うのだろう。勝手にすればいいけど。


「……根拠は、あるんですか?」

「姫はあり得ないくらいの美人、らしいんだ」

「え、と?」

「『山脈の国』のすべての若者がサティーシャ姫に愛を告白したと噂されるほどの美貌らしい。傾国の美女、1度お目にかかりたいものだがね。……すごく、神様の能力としてそれっぽいと思わないかい?」


 たしかに。

 ……まあ、『山脈の国』の姫はあくまで推測として保留だ。


「もともと国として『相互の完全同盟』を宣言しているからね。組んでいてもおかしくはないだろう」


 転生人のコンビ、だとしたら……厄介やっかいだな。

 そのとき、ひときわ大きいノックの音が響いた。

 中澤さんはきりっと表情を引き締める。


「……これ以上はマズいね。名残惜なごりおしいが」

「はい」


「最後に1つだけ。私は、君の国の国王にも読心術を使ったが、ひどいもの・・・・・だった・・・

「というと?」

「あの国王は台本を覚えていただけさ。だから、私が少し揺さぶっただけで、助言を必要とした。一見しっかりしているように見えたが、頭のなかは狩りと女のことしか考えていなかったね。……ま、私としてはやりやすい相手だということが分かったわけだが」


 そうなのか。

 ライモン公爵の指摘通りだった、というわけだ。


 僕は暗い気持ちになる。

 どうなってるんだよこの国は。

 いや、むしろ……国王が無能であってくれたほうがいいと考える人間が多いのだろう。


「……分かりました。覚えておきます」

「適当に話をあわせてくれ」と中澤さんは『リームネイル語』で言った。


 中澤さんは――――いや、ゾンツァ商会社主のシゥシンさんは、女王猫の風格をまとって扉に近づく。


「中澤さん……いえ、シゥシンさん」

「……ん?」


 扉に手をかけたところで、アッシュグレイの髪が振り返った。

 扉の向こうのノックの音すら、僕は忘れる。

 青の瞳を見る。


「僕は従騎士として、魔法使いとして。この国のために本気で動きます。だから、シゥシンさんも本気でこの国に仕掛けてきてください」

「……いい表情だね。従騎士様」


 大商会の社主は左手のてのひらを右手で包むようにした。


「すまないね、手加減をするつもりだったけれど、従騎士様がそう言うのなら、やめよう。あくまで正当な手続きで、魔法使いたちを狙うよ。魔法使いたちはたぶん、金のなる木だからね」

「今の僕は、ムーンホーク領のことで精一杯です。シゥシンさんが手を付けやすいのは、国境が近いスターシープかサンベアーだ」

「ははっ。冷静な計算で言っていたのか」


 もちろん、冷静だ。

 僕は、魔法奴隷たちに知識を広め、その可能性を開く。


 そして、中澤さんが今のままの『魔法の国』から奴隷たちを引き抜く、というのなら、その理念は僕のやりたいことにかなり近いはず。

 中澤さんなら、間違っても、最低の奴隷という扱いにはしないだろう。


 自信に満ちあふれた女王猫の微笑みを残して。

 シゥシンさんは扉を開けた。


「シゥシン様!」「ご勘弁ください!」

「もしものことがあれば……!」


 部屋に踏みこんできた護衛役が3人とも、僕をにらみつける。

 と、とばっちりだ……。


「シゥシン様……っ!」


 その向こうから飛びこんできたのは、兎人族ラビテの女性だった。

 緑のチャイナ風ドレスはシゥシンさんの青とおそろいの柄だ。純白のうさみみと銀色の長髪。緑の瞳には涙があふれ、白い頬は赤く上気している。運命の人との3年越しの再会――そんな印象。

 兎人族ラビテの女性は勢いそのままにシゥシンさんに抱きついた。

 気高き女王猫と、泣きじゃくるか弱いウサギ。

 なんらかの花が咲き誇るような、そんな光景だった。

 ……て、僕はなにを考えてるんだ……。


「ミンファ……」


 シゥシンさんがやさしい手付きで銀髪をなでる。


「わたくし、心配でっ! もしものことがあったらって思って!」

「すまないね、ミンファ。もちろん相手は選んでいる。――――この国の青年の、率直な話を聞きたかったのさ」


 中澤さんの完ぺきなウインクに、僕は苦笑いで応えた。




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