第94話:「きっとお疲れなんだ」と僕は猫人族の美女に同情した。
「いかにも。――――中澤商会社主の、秀俊と申します。以後、お見知りおきを」
目もくらむような微笑を浮かべ、中澤さんが言った。
まだ、信じられない。
巧妙な罠である可能性も残っている。
「……あなたが転生前にいた場所の名前は?」
「おっと……。もちろん、ナカザワショッパーズだ」
「中冷蔵庫の鍵はどこにありましたか?」
「レジの中だね。左奥から2番めの仕切り」
ほんものだ。
そう思った途端、僕は一気に脱力した。
猫人族の美女の目を見つめる。
穏やかな視線が、僕に向けられていた。
「お久しぶりです! 中澤さん!」
「ああ、久しぶり。こんなことになってしまったけれど……うん、高橋くんも元気そうで何よりだ」
「どうして、僕が僕だと?」
「カギはマルムだよ。高橋くん、マルムにアラビア数字を教えただろう?」
「……あ」
「それがまず『魔法の国』の転生人への道だった。あと、高橋くんももらったよね? 神様の力の一部」
「はい」
『対訳』の力。
僕がこの世界の言葉にも、魔法の言語にも苦労をしなかったのは、この力のおかげだ。
「私はね、その力が読心術だったんだよ」
「……マジですか?」
「うん。17秒間だけ、私はその人になったかのように記憶を漁れるんだ。『1人に使えるのは合計で17秒間だけ』っていう制約を差し引いても、便利すぎる力でね」
想像する。
読心術を使える商人って……凶悪すぎる。
相手の求める商品が分かるから、もうけを最大にできる値段だって簡単に決められるし、その気になれば弱みだって握り放題。
「力を、教えてくれるんですね」
「すまないね、高橋くん。私は君が君だと確信するために、ほんの少しだけ君の心を読んでしまった。そのお詫びだ」
「……」
僕の『対訳』は知られている、と。
そうだ、と中澤さんは手を打った。
「久しぶりに日本語でしゃべろう」
「あ、いいですね」
僕は『対訳』の力をオフにした。
「……いやあ、高橋くん」
日本語だ。
15年ぶりに他人から聞く日本語だった。
「この国の言葉は発音しづらくてダメだね。やたらサ行を使うんだよ。慣れるまではずいぶんと大変だった」
「僕は神様の力が翻訳だったので……」
「うらやましいな。日本語のしゃべり方も頭のなかにあったから、脳みそがバラバラにされたような不思議な感覚がしたよ」
「何歳のとき、記憶が戻ったんですか?」
「高橋くん……」中澤さんは顔をしかめた。
「は、はい」
「怒るよ?」
「えっと……?」
「――――私はレディだ」
な、納得いかない!
「それよりも、『21年後』というやつ。どう思ってる?」
僕は中澤さんの目を見る。
瞳孔の小さい青の瞳に、僕の無表情が映り込んでいた。
「……僕たちを転生させたカミサマは馬鹿じゃありません」
「同感だね。ああいうのが取引先だと1番厄介なんだ」
「はい。なので、僕たち6人が争うことになるのは間違いないようなルールを設定してくるのだと思います」
「やはり、そうなるか」
ロシアンブルーの雰囲気の猫人族が腕を組んだ。ため息は深い。
「私と高橋くんも、戦うことになるのかもしれないね」
「……中澤さん」
僕はつばを飲みこんだ。
「僕は――死にたくありません」
「うん。もっともだ」
中澤さんはぽん、と手を打った。
「どうだろう? 手を組まないかい? 不可侵条約みたいなものさ。互いに合意するまでは、互いを攻撃しない。神様のルールに迫られるまで、私たちは同盟だ」
「それ……すごく、助かります」
「そう言ってくれると嬉しい。私としては、命乞いのつもりだったからね」
「……え?」
「だって、私の能力を考えてみてよ。従騎士タカハに能力を行使した以上、高橋くんから見た私は、ただの猫人族の美女だ。繰り返すが、力もなくて、少し口が達者な、ただの美女なんだ」
「……」
これは。
モードチェンジだ。
「だから、高橋くんのいやらしい魔法でいやらしいことをされても私は――――」
「しませんけど」
ロシアンブルーの品格が一瞬で汚される。
「どうなんですか? 女の人になるって……」
……と言って、僕は後悔した。
「美女、最高だよ」
美女の皮をかぶった中澤さんはいかがわしい本を初めて手に入れた中学生ばりに頬を上気させて、芯の通ったアルトの声で言い切る。
「高橋くん、これは転生後に気付いたんだが、なんと、女の子という生き物は、別の女の子に対して異常なくらい警戒心が低いんだ……!」
「それはまったく異常じゃないです。なんで同性を警戒するんですか」
「初対面なのに恋人同士になって3ヶ月目くらいの距離感が保証されていて、たいていの子とはかなり刺激的な会話までできてしまうんだよ!? すごいと思わないかい? 一緒のベッドで眠ることなんて朝飯前さ! そう、文字通りね!」
「『文字通りね』、じゃないですよ! 朝飯前になにやってるんですか!」
「――――とまあ、冗談はさておき」
「しかも冗談ですか! 分かりづらい!」
きっとお疲れなんだ。代表のお仕事でさぞやお疲れなんだろう。押さえていた理性の檻がぶっ壊れてしまうのも仕方ない。
「まあ、性欲は完全に消滅しているね。よく分からないんだが、私は同性にモテまくってね。隣で寝てあげるくらいのことはよくあるけど」
たしかにモテそうだ。
「あの中澤さんから下心を引き算するなんて、想像できないです」
「自分でもびっくりだよ。でもね、高橋くん、私は残っていなくてよかったと思う。下世話な話になるが…………あ、いや。やめておこうか……」
「自重してください……」
……ちょっと僕にはきつい想像だった。
「はあ、高橋くんが羨ましいよ。若い男で、なんだか体つきもしっかりしてるし、魔法も使えて、従騎士様で……って、無敵じゃないか」
「かも、しれないです」
「こいつぅ……! 代わってくれ! 私と! 今すぐに! 店長命令だぁ!」
しばらく、猫人族の美女に首をぐいぐい締められる。
「ま、いいか。それは置いておいて」
無表情に戻った途端、中澤さんから発散される女王猫の気品。
見た目ってこんなに大事なのか、と僕は思う。
「――――互いの国について情報交換をしないかい?」




