第84話:「気持ちは分かるが」と騎士団長がため息をつく。
「クズなじじいをぶっとばす? それがあのフレーズ村の『支配人』? はははっ! 面白い! あはははははっ! …………え? 冗談じゃないの?」
ころころと笑った犬人族の従騎士は、あっさりと。
「また妙なところに足を突っ込んでるんだな。そんなことをやっている時間があるなら、オレみたいに戦略や戦術の勉強をしたらどうだ? 将来、必ず役に立つ。……え? そうか、うん。そんなにオレの知識が必要なのか。……いや、なにを言っている。当たり前だろう。胸クソが悪すぎる話だ。いくらあのフレーズ村だとしても、成人していない、成人にかすりもしていない子どもを無理に働かせるなど、言語道断だ。……違う。手伝うんじゃない。頼みをきいてやってもいい、と言ってるだけで――――」
理屈を並べ立てた妖精種の従騎士は、しぶしぶと言った様子で。
夏休みを持て余していた2人の従騎士の協力を取り付けることに成功した。
「とはいえ……まあ、難しいところだと思うね」
緑色騎士団本部の廊下を3人で歩きながら、リュクスが言う。黒いおにぎり型の耳がセットされた長髪の間でぴくぴくと揺れていた。
「フレーズ村は城だけじゃなくて、騎士団にも結構な善意の寄付をしてたはずだから。そのガレットっていう人を真正面から潰すのは難しいと思うな」
「そっか……」
「加えて、あの村の『裏』と呼ばれている部分も領法に触れているわけじゃない」
プロパの青い瞳は廊下の先に向けられている。わずかに赤みがさした白い頬は、どこか不愉快そうに歪められていた。
「あそこの村の魔法奴隷たちは、早い段階から金を税の代わりとしてきた。フレーズ村には狩猟団もないし、食料は付近の村に依存している。歓楽街としてのサービスを税として収めていることになるわけだ」
「僕たちが手を出せるとしたら、未成年を働かせている、っていう1点だけってことだね」
「そのあたりも含めて相談した方がいいはずだ。デリケートな任務になるだろう」
プロパが言って、僕たちは足を止める。
団長室。
僕は重厚な木の扉をノックをした。
「入れ」
「……従騎士タカハ、入ります」
書類仕事をしていたロイダート団長が羽ペンを置いて顔をあげる。先日の北西域の1件でムーンホーク領内を駆けずり回った団長は、数カ月前より少し痩せていた。頬骨が浮かんで、痩せたというよりはやつれている。そのぶん、生気をたぎらせた黄金色の瞳だけが目立つ。
僕たちは団長の執務室の前に整列した。
「お前たちの唯一の欠点は休暇を上手く使えないことだな」
そう言ったロイダート団長は、けれどどこか嬉しそうだ。理性的な金色の視線が僕たちを順に巡る。
「今日はお願いがあって参りました」
「話せ」
「はい。実は――――」
腕を組む団長はときおり頷いて僕の話を聞いた。
フレーズ村の『支配人』、ガレット氏が成人に達していない児童を強制的に働かせている可能性があること。
実際の被害者の1人である肉体奴隷の少女を保護していること。
この問題の解決を図りたいと考えていること。
「……話は分かった。ガレット氏の行為は、決して許されないことだ」
騎士団長は目を閉じ、額をとんとんと人差し指で打つ。
それは十数秒続いた。
「次の2点を条件に、騎士団からの正式な任務としよう。
1つ、奴隷による未成年の奴隷の不当な使役であることを証明すること。
2つ、ガレット氏と彼の関連する職務に危害を加えないこと」
「……」
やっぱり、手は出せないか。
「気持ちは分かるが」
騎士団長は金色の視線を僕たちに順に送った。
「ガレット氏の手腕によって南東域がまとめられているという側面は無視できない。徴税と招集の人員が欠けたことはほとんどないのだ。彼自身も、順序に従って招集に参加している。……他とは違い、南東域はずいぶんと豊かだ」
騎士団長の言葉で僕は、はたと気づく。
奴隷たちの税の取り立てはムーンホーク領全体で、一定。ならば、稼げば稼ぐだけ自分の懐を肥やすことができるってことだ。
その懐の一部を削って、文官も騎士団にも牽制をかけられる……のならば。
狩猟団を持ち、狩りと採集、農業だけで生計を立てている普通の村は取り立てに苦しみ、文官向けの歓楽街を運営する一部の奴隷たちは私腹を肥やしていける。
しかも、騎士団長ですらそのアンバランスを黙認している。
これも、歪み――――
いや……歪んではいないか。
平等なわけだし。
問題は、フレーズ村のように稼ぐ方法を他の奴隷たちが知らないこと。
魔法奴隷たちは生まれついた村から移動することはできない。つまり、ふつうの魔法奴隷たちはフレーズ村の歓楽街の存在を知らないまま、その一生を終えることになって――――
今は。
その話は後回しだ。
「団長、1つお聞きしたいのですが」
「どうした?」
「規則書は読んでいるのですが、騎士の権利について今ひとつわかりきっていないところがあって」
「どこだ?」
「今の僕には、奴隷を別の村に移動させる権利はあるのでしょうか?」
「ずっと、は無理だな。成人した奴隷の所在地を決めるのは公爵閣下だからだ。騎士の権利ではない。……ただし、少人数を、数日間でいいのなら、私の認可を経ることで許可できるだろう」
「少人数を、数日間……」
「不満か」
「いえ、十分すぎます」
――
夕暮れの街道を、馬車はフレーズ村へ向かう。
僕、プロパ、リュクスの3人は荷台に腰を落ち着けていた。
僕は『知識の分断』という考えを穏やかな表現で2人に伝えてみた。
「へえ……」とリュクスは言って、目を丸くした。
「けどな、タカハ」とプロパは視線をさまよわせて言葉を探す。「直接的な戦術・戦略を赤色騎士団に任せるかどうかはさておいても、だ。オレたちムーンホーク領にも前線に戦力を派遣する義務がある。その前提が変わらないかぎり――――オレは今のやり方が正しいと思う。オレたち騎士に出来るのは、いかに奴隷たちの損害を少なくするか考えることだ」
「プロパの言うことは正しいと思うよ」
「ふん。当然だろう?」
「でも、魔法奴隷たちにも知る権利はあるはずだ。魔法のこと、この国のこと」
「……それは……」
「……」
沈黙が馬車の荷台を包む。
僕はリュクスを見た。会話が好きな彼らしくなく、犬人族の正騎士は自分のつま先だけを見つめている。
セットした黒の長髪とおにぎり型の三角耳もどこか気だるげな雰囲気をまとっている。心ここにあらずな横顔を夕日が照らしあげている。
「……ん?」とリュクスは言って、長い眠りから覚めたかのように僕とプロパの顔を交互に見た。「あれ? なんの話をしてた?」
「任務が終わったらどの店で遊ぼうか、っていう話だったよ」
「なっ!? タカハ! そんな話してないだろ!」
妖精種の王子様のようなプロパは白い頬を真っ赤にして怒っている。
リュクスは喉を鳴らして苦笑した。
「プロパは堅いからなあ」
「お姉さま方にほぐしてもらえばいいんじゃないかな」
「それ名案」
「おっ、おおおお前らは何の話をしてるんだ!」
「プロパ」と僕はその肩に手を置いた。
金髪と青い瞳がびくりと揺れる。
「僕ら、去年からどうなったの?」
「オレたちは、き、騎士になった」
すっ、と反対側から近づいたリュクスがプロパの耳元で囁く。
「ぶっちゃけ、モテるよ」
「~~ッ!」
プロパは首筋まで赤くなった。モテるっていう単語からここまで良い反応ができるやつを僕は初めて見た。
「ぶっちゃけ、よりどりみどりだよ」
「不純だ! お、オレには心に決めた人がいる!」
「え? 嘘? 誰?」とリュクスは戸惑っている。
「言うものか。ろくなことにならないと分かりきっている。そんなわけだから、任務の後、オレは領都に直帰するぞ。直帰だ!」
「へぇ……それならさ――――」
リュクスはそれからフレーズ村に着くまで、とっぷりとプロパをおもちゃにしたのだった。




