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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第3部
78/164

第77話:「わたしが弱いから?」と兎人族の少女が問い詰める。




 僕とゲルフが領都で会うときにいつも使う酒場は、今日も大賑わいだった。


 ちょうど北西域から戻ってきたタイミングでゲルフもまたムーンホーク城に呼び出されていたらしく、久しぶりの家族の食卓、となった。ご想像のとおり、僕とゲルフがしょーもないことで言い合いをして、ラフィアがそれを仲裁する、という会話がほとんどだったけれど、まあ……うん、楽しかった。

 その最後に、ラフィアが言ったのだった。


「わたしも、手伝いたいの。おねがい、おとーさん」


 ゲルフは深く息を吐き出し、非難がましい視線を遠慮なく僕に送ってきた。


『……しょうがないじゃないか。どっちみちバレてたんだから』という抗議を僕は頬の筋肉の動きだけで伝える。

『それならそれで連絡をよこせ。いきなり言われてはどうすることもできぬじゃろうが』とゲルフは眉の動きだけで表現した。


「もう! 遊んでないで!」


 その間に挟まれたラフィアが言って、僕たちは我に返った。


「そこまで言うのなら、ラフィアはほとんど見当がついておるのじゃろう?」


 老魔法使いは優しい口調で言った。


「わしにとって大きな価値のあることじゃ。同時に、これはひどく危険なこと。失敗すれば間違いなく命を失う。それだけでなく、犯罪者として生涯を終えることになる」

「それはおとーさんだって変わらないでしょう?」

「無論、失敗に終わるつもりなど毛頭ない。わしの生涯をかけた一計じゃ。……じゃが、そこは人対人。万一ということもある。わしの悲願が成就するのは、ちょうどラフィアは成人するかしないかという頃じゃ。そんな娘をこの戦いに巻き込むことは、できぬ」

「タカハは?」

「……む」

「タカハはいいの? 娘はダメだけど、息子はいいの?」

「……そういうことに、なるな」

「それはわたしが弱いから?」

「弱いから、ではない」

「じゃあ、言い方を変えるね。それに失敗したら、おとーさんとタカハは死んじゃうってことでしょう? わたしは1人、肉体奴隷として生きていかなくちゃいけないんだよね?」

「失敗は万に一つもない」

「だったら、わたしが手伝ってもなんの問題もないと思うけど」

「…………むぅ」


 ゲルフ、論破。


 だが、『家族が2人ともやってるから』なんていう理由で参加できるほどに生易しい話ではない。

 それはラフィアも分かっているのだろう。


「――――この1年間、タカハが駐屯任務をがんばってるのを近くで見てきたの」

「……む」

「まるで、わたしの夢をタカハが叶えてくれるみたいだった。奴隷の人たちに知識を手渡して、その生活を豊かにしてあげてた。タカハ、がんばってたんだよ」

「……」

「でも、それでも――あんなにがんばったタカハでも、11個の小村にしか手を貸してあげることができなかった」


 村という単位は北西域には50個近い数があるし、なにより、僕が行ったのは北西域の中でも辺境地帯よりの小村ばかりだ。

 領都に近くなればなるほど村の規模は大きくなってくるから、僕が働きかけられた人口としては北西域の5%にも満たないだろう。

 1年をかけて、だ。

 しかも、このムーンホーク領には、さらに北東域、南東域、南西域と3つの地方がある。

 駐屯任務でこのムーンホーク領を変えるのは、人生を賭けたとして――たぶん無理だ。


「おとーさんのやることの最後に奴隷の人たちが笑ってくれるなら……やっぱり、わたし、手伝いたい」


 ゲルフは長い沈黙の間、ずっとラフィアの目を見ていた。


「……………………まったく」


 そして、老魔法使いは、折れた。

 いや、曲がったって感じ?


「ふつう、花や料理や恋の話に関心をもつ年頃じゃろう? こんな血なまぐさいことなど……」

「ゲルフの育て方が悪かったんじゃないかな」

「……よしタカハ、表へ出よ。決闘じゃ。その減らず口、今日こそ塞いでくれる」

「わたし、おとーさんに拾ってもらってよかったよ?」

「ば、馬鹿者! いきなりそのようなことを言うやつがあるか!」


 顔を真っ赤にして取り乱す老魔法使いはどこか嬉しそうだ。

 ……分かりやすいんだよな。ゲルフは。


「それに、お花もお料理も恋の話も嫌いじゃないよ」

「な、なに……!? 恋の話じゃと……! お、想い人でもいるのか?」

「え?」


 ラフィアは若干の戸惑いを見せた。

 僕も呆然とした。

 話題提供者はゲルフだったよね?


「好みの男が居るのか、と聞いておる」

「いないけど……。そうだね、わたし、年上の人がいいかな」

「年上――ッ! 殲滅じゃ! ラフィアに近づく年上の男はこのわしが殲滅する!」

「お嫁さんにしてあげる気ないだろ……」


 それから、ゲルフさん。

 今さら咳払いをして真面目な顔をとりつくろったところでもう間に合わないですよ?


「では、ラフィア。わしのたくらみに参加することに関して、条件がある」

「条件……?」

「うむ。今すぐにわれらのことをすべて語っても良いが、1度でも聞いてしまえば引き返すことはできぬ。その前に……しばらく、わしやタカハとともに行動せよ。その上で、改めて返答を聞こう」

「……タカハは、いい?」


 大きな青色の瞳が僕に向けられる。


「もちろん。特別許可証があるから、外から見て怪しまれることもないだろうし。もちろんいいよ」

「やった!」


 声より先に、ぴこんっとラフィアの耳が起き上がった。


「では決まりじゃ。これよりわしはメルチータに会いにゆく。そうじゃな、ラフィアもついてきなさい」

「はいっ!」

「タカハは……」


 僕は――決めていることがあった。


「ゲルフ、半年くらい前に話した、エクレアのこと、覚えてる?」

「……覚えおるもなにも、肉体奴隷たちとの動向を伝えてくれておるのはその娘ではなかったか」

「うん」


 僕は頷く。


「もう1度、会って、話してこようと思うんだ」


 半年間、駐屯任務をして考えた。


 やっぱり、この革命はすべての奴隷たちのためにあるべきだ。

 魔法奴隷よりも1段待遇が劣る肉体奴隷の立場だとしても――僕たちの戦いに手を貸すメリットは確実にある。


「……わしは、常に、ムーンホーク領に生きるすべての人々のために戦ってきたつもりじゃ。これまでも、そして、これからも」


 ゲルフはまるで僕の心を見透かしたかのように言った。


「お前の言葉で、その娘に伝えてほしい。我らの目指す未来をな」



――



 1年ぶりに帰ってきた緑色騎士団の宿舎は、1年前と少しも変わらなかった。


『さっき掃除をしておいたよ。散らかしちゃダメだからね? 羊皮紙は全部机の中に入れてあって、イーリの紅茶は左の棚の2段目、あとは……大丈夫だよね?』


 夕食の後、ラフィアはゲルフと一緒に故郷のピータ村へ戻ることになった。ゲルフは今、『軍団』の仲間になってくれそうな魔法使いを探している状況にある。単にメルチータさんのところに会いに行くだけじゃなくて、北東域や北西域の村々を訪ね歩く予定のようだ。ラフィアはその旅に同行する。


 ラフィアともう少し喋りたかった。

 訊いてみたいことはたくさんあった。どのくらい強くなったのか、この1年間どういう日々を過ごしてきたのか、何を見て何を感じたから僕たちの『軍団』に協力することを決めたのか、そして、魔法を持たない――本来であれば肉体奴隷になるはずのラフィアにとって、このムーンホーク領はどう見えているのか。


 ……というマジメな話ももちろんだけれど。


 正直に言ってしまおう。

 お姉ちゃん成分が足りない……!


 深刻にエネルギー切れ寸前だった。生まれてから13年間、ずっと浴びてきたそれは植物が見上げる太陽に匹敵する価値がある。失われて気付く大切さだ。ああ、思いっきり寝坊してラフィアに叩き起こされたい……!


 でも、ラフィアは自分で決めた道をまっすぐに進んでいる。

 なら、僕もそれに恥じないように歩みを進めようと思う。


 エクレアに会おう。


 エクレアとも、話したいことがいっぱいあった。いつものように、にぃっと笑って、エクレアは僕の話を聞いてくれるはずだ。そして憎まれ口を叩くのだろう。僕は、あの頭の回転が速い少女との会話を、けっこう楽しんでいたみたいだ。

 そんなことを考えながら、僕は宿舎の入り口すぐのところにある郵便受けをなにげなく開けて、閉じて――ふたたび開けることになった。


「……入ってるじゃん」


 手触りのいい上質な羊皮紙と、青い封蝋ふうろう

 それが、郵便受けのすみで僕を待っていた。


「……」


 僕はそれをとり、部屋に戻ると、ナイフで封蝋ふうろうを割った。

 開いた封筒からは果物の甘い匂いが漂う。

 その匂いで、僕は差出人が分かってしまった。


――――

 つれない従騎士サマへ

 任務おつかれさま。帰ってきたら夏休みなんだっけ?

 この前に話してくれたことで、相談があるんだ。

 肉体奴隷のボクたちにもできることがあるかもしれない。

 第10月の5日目に会えるかな?

 ボクたちが出会ったリクセン通りの裏路地で、夕方に待ってる。

 任務が忙しかったらムリはしなくていいからね。

 ――――エクレア

――――


 …………危ない。

 明日がまさに第10月5日目だった。

 もう1日長く駐屯任務にいたら、すれ違ってしまっていただろう。片付けもそこそこに眠りにつくことにする。


 翌日は日課の鍛錬で日中を潰し、夕方――どこか浮かれた気持ちで、僕はリクセン通りに向かった。緑のコートは無粋ぶすいってものだろう。着古したティーガを着て、僕はどこかそわそわしながらリクセン通りの裏路地に立った。


 その日。

 夕日が落ち、星がまたたき始めて、リクセン通りから燭台の明かりが消えても。


 ――――薄青の髪の少女は、姿を見せなかった。




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