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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第3部
73/164

第72話:「こんな私でよければ」と魔女は言った。




 ニンセン徴税官と騎士ファラムによる不正を暴いてから、数ヶ月が過ぎた。


 第3月、別名は『眠りの月』。季節は完全に冬で、騎士団からの支給品である厚手のコートが無ければ歩きまわることすら辛い。月とたかの刺繍が描かれ、緑の布をアクセントに取り入れたコートは、暖かく動きやすい。すぐれものだった。


 曇り空の下、僕は針葉樹の森にいた。


 足元は一面が雪だ。ブーツが埋もれるほどに積もっている。吐く息は白く消えていって、頬はちくちくと痛い。

 ……うん。

 寒い。


「始めてください」と僕は言った。

「……しかし、従騎士様。ほんとうにできるんですか?」


 若い――といっても、僕より年上の――人間ヒューマンの村人はどこか不安げな視線で僕を見ている。


「大丈夫だと思います。まあ、失敗したらそのときはそのときで」

「……そこまでおっしゃるのなら」


 若い村人は意を決した様子で詠唱を開始した。


「”土―11の法―今―眼前に ゆえに対価は7つ”」


 単位魔法ユニットは『土の11番ランドウォール』。土の壁が起き上がる魔法だ。


 狩猟団に所属している彼は、それを針葉樹の・・・・根本・・で発動させる。


 ばくり、と足元で土の壁が起き上がり、針葉樹は大きくその体を揺らした。通り道に木があったため、完成した土の壁ランドウォールは完璧な形をしていない。……あ、これは知らなかった性質だな。覚えておこう。


「繰り返してください」


 僕は数人の村人たちに指示を出す。


「”土―11の法―今―眼前に ゆえに対価は7つ”」

「”土―11の法―今―眼前に ゆえに対価は7つ”」

「”土―11の法―今―眼前に ゆえに対価は7つ”」


「……」


 そこからは早かった。

 繰り返し足元の地面を掘り返された針葉樹は次第にバランスを失っていく。6詠唱目だった。なげくように葉を鳴らした針葉樹が、ゆっくりと雪の積もった森のなかに倒れる。ずううん、と鈍い音ともに、雪が舞い上がった。


「……うまくいきましたね」


 僕は掘り返された部分を覗き込んだ。

 雪の白と対象的に黒々とした地面が見える。その周囲には、花びらのように広がる6枚の土の壁ランドウォール


「この木を使って、ザイアンさんの家の屋根を補強できます」


「す、すげえや……。土属性の魔法って、便利なんだな」

「魔法で木を倒すなんてよ、思いつきもしなかったな」

「騎士様はいろいろ考えるんだなあ」

「これなら、女や子どもでも木を倒せる」


 やはり慣習なのだろう。この世界の人々は、魔法をどうも戦闘用のツールと割り切っているフシがある。今回も、僕の提案は最初受け入れられそうになかったのだ。


「たしかに女性でも使えそうな技術です。……が、この大きな木を運べるのは、みなさんだけですから」

「おうよ!」「任せてくんな!」


 村人たちは威勢よく応え、掘り返した地面を手際よくもとに戻すと、倒れた大木を運び出すべくその周囲に集まった。


 ――――ザイアンさんの家の屋根が損傷したのは、先日の大雪の日だった。それ以来、一家は集会所に避難している。ようやく、補修用の材木が手に入った。これだけの木材で補強できれば冬は越せるだろう。


 ふむ。となると。

 木をバラすのに使える単位魔法ユニットはあるだろうか。

 切断……切断……。

 案外そういう物理的な単純破壊は難しかったりする。燃やしたり、凍らせたりはできるのだけれど……。

 メルチータさんならどう回答をするだろうか。


「騎士様~置いてっちまうよ~」

「迷子になりますよ~」


「すみません!」


 いつの間にか随分ずいぶんと遠ざかっていた村人たちのほうへ、僕は走る。しゃくしゃくと雪を踏みしめる足音が心地よく耳に残った。



――



 僕はニン村の正門をくぐる。


 ニン村は正門から見て右手側が崖になっている。やや高台にある村だった。森の中にある村ばかりを見ていたせいで、とても開放的な印象を受ける。人間ヒューマンの割合が比較的多いことも関連しているのかもしれない。


 駐屯ちゅうとん任務も4つ目の村だった。

 パルム、オウロウ、エリテと北から順に回ってきて、冬に入りかけたくらいの頃、僕はここ、ニン村での任務についた。

 任務についた、といっても、直属の上官であった騎士ファラムはいなくなってしまったし、完全に僕が自主的に行っている状態だ。従騎士には責任が持たされていないことの裏返しともいえる。報告書の提出の義務があるだけで、まったく縛られていないのだ。

 本当はダメなんだろうけれど、奴隷たちの配置も動かし放題。

 メルチータさんに魔法の教えの手伝いに来てもらったり、各村の優秀な狩猟団員同士を交流させたりと、僕にとってはやりやすいことこの上ないので大満足。


「騎士様、こんにちは」


 正門を守っていた狩猟団の中堅どころの男性が声をかけてくる。


「こんにちは、アークさん。食料は大丈夫ですか」

「ええ。……多少、子どもたちにせがまれた分を多く渡してしまいましたが、冬は十分持ちそうです」

「春から農業について指導を始めようと思います」

「プナン芋ですか?」

「……食べましたか」

「先日のパルム村の収穫祭に自分も邪魔していたんで。あれは忘れられない味でした」


 美味しいものは脂肪と炭水化物で出来ている。不変の真理だ。


「楽しみにしていてください」


 アークさんに別れを告げ、僕はニン村の大通りへ進む。

 集会所のそばで待っている人影があった。


「……騎士様」


 家を雪によって壊されてしまった妖精種エルフの老人が、深く頭を下げていた。


「ありがとうございます。わし1人では、とうてい家を直すことなどできませぬから」

「僕はなにもしていません。感謝はみなさんに」

「はい。……みな、ささやかですが昼食を用意しました」

「おおおッ」「ジーナちゃんの手料理か」「木を運んできた甲斐かいがあるってもんだぜ」


 村人たちはにぎやかに会話をしながら、ザイアンさんの先導に従って集会所のほうへ歩き出した。


「騎士さま~!」


 入れ替わりで、僕の方にニン村の子どもたち数人が近づいてくる。みんなこの村特産の羊毛糸を編んだ帽子をかぶっているから、雪の妖精の御一行様って感じだった。


「宿題やったよ~!」「見て見て!」「自信あるからー!」


 羊皮紙にはこの世界の文字が書き連ねてある。僕が出した問題を子どもたちは楽しんでくれている。宿題にいい思い出のない僕としては、感動を通り越して、もはや子どもたちがまぶしい。


 明るくて活気があるいい村だと率直に思う。


 ニン村を分析した結果はこんな感じ。

 狩猟団がとても優秀で、食糧事情も問題なし。

 村人たちの関係も良好。

 継承されている精霊言語の発音は土属性、火属性、風属性の3系統で、子どもたちへの指導も熱心――。


 なのだけれど、1つ気になるところがあった。


 魔法の詠唱が『精霊言語』の文章として・・・・・伝承されているのだ。

 つまり、呪文の文法・・への理解不足。

 仕組みさえ分かっていれば、数字をいくつかいじるだけでこの世界の魔法はかなりのバリエーションを手に入れることができる。自由度の高い、言葉としての性質のほうが強い魔法なのだから、もったいないことだと思う。


 僕はそういう仕組みに算数の知識をプラスして、子どもたちに指導するようにしていた。


「ごめん……僕、腹ペコなんだ。午後からにしよっか?」

「「ええええ!?」」

「間違えがないか復習しててね」

「「「はーい!」」」

「あ、今日はメルチータ先生も来てくれるから」

「「「おおおおお!」」」


 テンション爆上げの妖精様ご一行は賑やかに集会場へ引き返していった。

 穏やかな時間に、僕の頬は思わず緩む。

 心の底から笑いながら――僕は同時に、いろいろな計算を巡らせていた。


 この半年ほどで、僕の名前はかなり売れてきた。任務についた村のさまざまな問題点を面白いように解決したからだ。『虹の大魔法使い』ウィード様の代わりはつとまらないかもしれないけど、北西域の奴隷たちと顔見知りになっておくのは決して悪いことではない。


 駐屯任務は好きだ。

 でも、ゲルフが率いる『軍団』の一員としての密かな使命もある。

 すべてはその道中。

 そのための前進。


 ……少しだけ、裏切っているような気分がして。


 せめて――、と僕は集会所の方へ駆け戻っていく子どもたちを見ながら思う。


 前世の知識も、『対訳』の力も、ゲルフにもらった知識も、全部を注ぎ込んで、僕はこの任務をこなそう。



――



「「騎士様、先生、ありがとうございました!」」


 外がとっぷりと暗くなってきた。日はかなり短いため、実際は夕方ともいえないような時間だ。もうすぐ家路の鐘が鳴るだろう。

 集会所から子どもたちが家に引き上げていく。


 散らばった羊皮紙を整理し、こぼれたインクを拭き取る。狩猟団がこのためにと作ってくれた大きな木のテーブルを集会所の脇に寄せれば、片付けは終了だ。


「ん~~……」


 僕といっしょに先生をやってくれていたメルチータさんが、両手を上げて伸びをした。


「……!」


 わりと、遠慮なく。


 深い森の緑色をしたローブが肩から流れ、そのせいで、ぴっちりとしたティーガに包まれたスタイルがはっきりとわかった。ひっくり返したフラスコのようだった。異世界転生すげえ……と、僕は感動に震える心を滅却する。

 思考を乱されつつも、すごく何気ない仕草で羊皮紙の整理を続けた僕をめてほしいくらいだ。


 一気に脱力するメルチータさん。孤児院の魔女は、目尻に少し涙を溜めている。眠そうなその表情のまま、ゆっくりと僕のほうへ近づいてきて言った。


「……今日はどうしよっか? タカハ君」


 どういう選択肢があるのかぜひとも教えていただきたいです――ッ。

 できれば魔法以外の方向性で――!


「そうですね。今日はとりあえず、お互いの知識を確認しませんか」


 パルム村での1件のあと、メルチータさんは正式に、孤児院の先生ではなくなった。今は総監督みたいな感じで、ルドルフとレイチェルにいろいろなことを教えながら引き継いでいる段階にある。

 だから、仕事の全部をメルチータさんがこなしているわけではなくて、前もってお願いしておけば、こういうふうに隣村で魔法を指導を手伝ってもらうことができた。

 そして、メルチータさんに手伝いをお願いする日は、いつも授業のあとに勉強会を開催していた。

 つまり、魔法の勉強会。


 と言っても、これまでの5回はすべて僕が教える側だった。お礼だと思っていたから、メルチータさんが目下習得したがっている水属性の精霊言語の発音を聞かせ、メルチータさんがそれを繰り返す、という鍛錬をこなしていたのだ。

 だが、前回の最後。


『今度はなにかお返しするよ』とメルチータさんに言われて――今に至る。


「お互いの、知識?」

「はい。僕が知っている単位魔法ユニット修飾節モディファイの知識、メルチータさんの知識、そういうことをお互いに把握しておいた方が、今後、効率よく進められると思いました」

「おおー! いいんじゃないかしら!」

「……」


 両手をぱちぱちと打ち合わせるメルチータさんの仕草は、かなり子どもっぽい。自分が美人エルフなお姉さまだということを自覚しているのだろうか。たぶん、自覚してないんだろう。

 そして、こういう仕草は孤児院で子どもたちに囲まれていたという背景からも納得できる。

 いずれにせよ、眼福です。


「では、簡単に僕の学んできたことを」


 と言っても、僕の魔法はほとんどゲルフに教わったものだ。

 ゲルフが持っていた魔法書の中身を暗記したこと。

 そして、7系統の発音を幼くして使いこなせること。


「7系統……カッコいいなあ……」

「カッコいいですか」

「うん。なんだか、普通の人より7倍も筋肉質な人みたいじゃない?」

「……」


 それ、化物じゃん。

 でも、文脈から推察するにたぶん、褒めてるんだろう。

 同時に、僕は日課に筋トレを追加することを決定した。


「メルチータさんは何系統使えるんですか?」

「ゲルフ様のところに行った時点では土、火、風の3系統で、パルム村に来てからウィード様に空属性の発音を教わったから、今は4系統かな」

「普通の人より4倍素敵ですね」

「い……っ! か、からかわないでよー!」


 ばふ、と耳を真っ赤にしたメルチータさんは、手のひらで自分の顔に風を送っている。反撃は成功だ。


 それにしても、4系統の使い手か。

 3系統を使う魔法使いが村に1人でもいればすごいな、というのが駐屯任務をこなしている僕のイメージで、4系統を使えるのは北西域の全体を見回しても数人だろう。メルチータさんはすごい魔女、ということになる。


 ちなみに、騎士は剣術にも時間を割くため、あまり多系統の使い手はいない。

 騎士団長が風と水の2重属性だったかな……。

 プロパは水属性で、リュクスは火属性だけれど、2人とも増やすつもりはない、と言っていた。


「私はゲルフ様とウィード様の他にも2人、二つ名を持っている大魔法使いのところで勉強をさせてもらったから、単位魔法ユニット修飾節モディファイのことはかなり知っていると思う」

「4人も魔法の師がいるんですか?」


 メルチータさんはちょっと照れたような苦笑を浮かべた。


「そういう意味ではマジメじゃないのよね。飽きっぽいのかもしれない」


 僕は14年前の記憶を引っ張り出してくる。

 あの頃のメルチータさんは――今よりも自信に満ちあふれていた。

 というか、自信の塊のような魔女だったように思う。


 もしかしたら単に若さだったのかもしれない。

 でも、もし――それが自分の実力に裏打ちされた冷静な判断だったとしたら。


『教わるべきことは全て頂きました。ゲルフ様』


 メルチータさんはそう言って、あっさりとゲルフのもとを去った。たぶん、他の大魔法使いたちを相手にもそうしてきのだろう。

 もっと、他の人から学びたい。

 尽きない空腹のような知識欲が、メルチータさんを突き動かしていたのだ。あのときも。そして、今も。


「今度は私からも訊いていい?」

「もちろんです」

「タカハくんは『精霊言語』を口にするとき、どういうイメージを持ってるのかな?」


 それは図らずも一撃で本質を貫くような質問だった。

 『対訳』という僕の核心に踏み込む、質問。


「ええとね、覚えてないと思うんだけど、タカハくんは1歳だったのに、”火”っていう発音をすることができたの」


 覚えている。

 あのときのメルチータさんはそんな僕を見て――『諦める』と言ったのだ。


「私は『精霊言語』を使うとき、必死に喉や舌の動きを意識してる。だから、戦っている最中に唱えるのは結構難しかったりするんだよね。でも、タカハくんはなんだかそういうのとは違う気がして……」


 『対訳』。

 すべての言語を難なく発する、カミサマの祝福。

 僕は意識するだけで、何の障害もなくその言葉を発することができる。


「強く意識します。この属性のなまりでこれを言おうって思えば、その通りにできる。……そういうイメージでしょうか」

「意識か……」


 メルチータさんは悩ましげな表情をして腕を組んだ。胸が強調されるようなポーズになるけど、メルチータさんは気付いていないようだ。僕も気付かないふりをした。


 緑色の魔女はややあって、人差し指をぴんと立てた。


「仮説が1つ、あります」

「仮説」

「タカハくんは……もしかして、私たちが知らない『精霊言語』を発することができるんじゃないかな?」


 返事はしなかった。

 だが――――僕の目は見開かれている。


「例えば、上位属性の精霊言語は修飾節モディファイの発音が分からないものも多いよね? たしか、識属性だと、遠距離に起点を置く”彼方に”の発音が失われているんじゃなかったかしら?」

「少なくとも、僕は聞いたことがありません」

「……試せる?」


 メルチータさんの緑の瞳は、のめり込むような光をたたえている。

 魔法使いの目だ。


「試せる、かな?」


 僕は『対訳』のイメージを識属性に切り替える。

 息を吸い込み。

 吐き出す。


 言葉は、〈彼方に〉。


 まるでカミサマが動かしているみたいに、僕の舌や歯茎や喉は、その言葉を発するための完ぺきな体勢を整えて――――


「――――”彼方に”」


 言えた。今、僕が言葉にしたのは、間違いなく、識属性の〈彼方に〉だった。

 これは、大きすぎる発見だ。

 むしろ、どうして今まで気付かなかったのだろう。


 『対訳』があれば、僕は聞いたことの無い・・・・・・・・精霊言語だって言えるのだ。


「すごいよ! タカハくん!」


 メルチータさんは魔法にのめり込んでいるときのテンションで僕の手をとると、ぶんぶんと上下に振った。はしゃぐ小学生のような圧倒的なハイテンションだった。


「め、メルチータさん?」

「…………あ」


 案の定、すぐに状況に気付いたメルチータさんの顔が赤くなっていく。

 メルチータさんは僕の手をぱっと離すと、オイルの切れたおもちゃのように挙動が怪しくなった。オロオロ、という文字が右肩の上20センチあたりに浮かんでいる。


 なんだこれ……。

 もしかして僕に気があるのか?


 ……んなわけないでしょ。

 ついはしゃぎすぎてしまって、自分で反省しているのだろう。

 魔法のことになると、メルチータさんの感情表現はかなり子どもっぽく、過剰になる。それは見ていて楽しい。


「で、でもね……! 真面目な話」

「はい」

「この力を応用すれば、失われた精霊言語を探せると思うんだ。修飾節モディファイに関しては、属性間で欠番を補うようにすれば、タカハくんは簡単に語彙を増やせる・・・・・・・。それに、このニン村みたいに、文章として継承されている呪文を聞き取れば、新しい単位魔法ユニットを見つけられるかもしれない……!」


 ……ああ。

 この会話、楽しいな。


 魔法使いになったあの日から僕は力をつけることだけを目指してきた。

 ゲルフの持っている知識をできるだけ多く習得し、単位魔法ユニット修飾節モディファイの知識を集めることが、魔法使いとしての実力につながると信じてきた。

 でも、いつか。

 僕がこの国に存在する魔法をほとんど理解したとき。

 僕はたぶん、失われた精霊言語の欠片を探すだろう。

 そのとき、僕を導いてくれるのは、きっとメルチータさんだと思う。


「それと、タカハくん、年上からの忠告ね。やっぱり、ゲルフ様の言うとおり、これは隠しておくべき力よ」


 メルチータさんは真剣な表情で僕の肩のあたりに手を触れさせた。

 手を握っただけで赤くなるような人とは思えないほどに、まっすぐな視線だった。


「他の人には火属性の1系統使いで通すのがいいと思う。騎士様を相手に目立ってもしょうがないし、あの人たちは面白がるだけで価値も分からないだろうし」

「全く同感です」


 面倒な追求を受けることだけは間違いない。


「でも、同時に、有効活用をしなくちゃ。7系統を使えることも、知らない精霊言語をあっさり言えちゃうことも、それはタカハくんに与えられたすごい力。だから、徹底的に利用した方がいいと思うんだ。……たっ、例えば」


 メルチータさんは一瞬だけ目をそらしたけれど、意を決した様子で言った。


「魔法の研究がしたくてたまらない魔法使いと、勉強会をする……とか……っ」

「メルチータさん」

「はい……っ!」


 律儀に背筋を伸ばすメルチータさん。


「手を貸してくれませんか」


 翡翠色の瞳が、輝く。


「僕1人よりも、メルチータさんと一緒に探したほうが、遠くにたどり着けるような気がするんです」

「こんな私でよければ、喜んで、協力させてもらうよ」


 メルチータさんは神々しい微笑を浮かべて、そして――ぐっと頭を下げた。


「いやむしろ協力させてくださいお願いします。5系統目を、6系統目を、そしてあわよくば、伝説の第7系統を……!」

「ははっ。……本当に、魔法がお好きなんですね」


 メルチータさんは顔を上げると、照れたように微笑みながら言った。


「うん、大好きだよ。タカハくん」


 ……うお。


「その言葉の並びはかなりドキドキしますね」

「ん? 言葉の、ならび……?」


 14年ぶりに再会した僕のことをあっさりと思い出す人だ。記憶することは得意なんだろう。

 3秒前の自分の発言を思い出し、僕の発言の意味を推測するのにかかった時間は、たぶん一瞬だった。


「~~~~ッ!?」


 真っ赤。

 茹でたタコのようになるメルチータさん。

 インドア派の魔女の肌は赤ちゃんのように白く、きめ細かい。そのせいで、変化がはっきりと分かった。


「お、おとなをからかうんじゃありません! そ、そもそもタカハくんは――」


 この程度が『からかった』カウントになっちゃうのが問題なんだよな……。

 お説教モードに突入したメルチータさんを見ながら、僕はそう思うのだった。




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