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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
71/164

第70話:「――――吐け。全部だ」と騎士団長が言った。




 その後は怒涛どとうの展開だった。


 馬にむちを入れ続け、朝日が上る前に騎士団本部に戻った僕の報告は、事実であれば領都を揺るがすほどの事件と判断された。決定的だったのは、僕が持ってきた騎士ファラムのミスリル剣。結局、緑色騎士団長の判断により、騎士団長と6名の正騎士から成る調査部隊が編成された。


「騎士団長、一刻を争う状況と思います」

「間違いないな」

「転移座は使えないのですか……?」


 招集で使われる転移魔法。

 あれを使えば、すぐにでもビーノ村に戻れる。


 騎士団長は金色の瞳でしばらく僕を見て、言った。


「本来は正騎士以上に開示する情報だが……。あれは難儀な魔法だということを覚えておくといい。『こちら』と『あちら』にそれぞれ転移座の核となる魔導具を設置しなければならない。しかも、それは対である必要があり、大量のマナの注入が双方で必要だ。大規模な『転移核』はきわめて高価な上、魔道具としての寿命もあるからな。ビーノ村には設置していないのだ」

「そう、ですか……」

「準備が出来次第すぐに発つ。……落ち着け、従騎士タカハ。君の行動は今のところすべて正解だ」


 仮眠する余裕もないまま、僕は調査部隊の一員として領都を発った。

 街道を徐々に朝日が照らし上げていく。

 往復する馬車の間を、騎乗した騎士たちが緑の風のように走りぬける。


 ビーノ村にたどり着いたのは朝日が上った少し後だった。北西域の騎士駐屯地やその地下に、ラフィアたちの姿はなかった。パルム村に向かったのだろう。さらに調査部隊はパルム村までの道を疾走した。


 早朝とはいえ、北西域の中心地であるビーノ村はにぎわい、仕事が始まりだす時間だった。にも関わらず、ビーノ村から北西域の各村をつなぐこの街道には、ほとんど人の往来がない。馬車なんてもっと少ない。

 村人たちは日々を生きることに精一杯だからだと思う。

 税を乗せた馬車が通るくらいなのだ。


 で、あるならば。

 ニンセンとファラムはこの道を整備して何をしようと・・・・・・していた・・・・のだろう・・・・

 孤児院に火をつけてまで、彼らが得るものは……?


 違和感をもとに行動した結果がたまたまうまく行っただけで、僕は彼らの行動の理由に見当がついていたわけじゃない。

 予測することもできなかった。


 当然だった。


 それはあまりに滑稽で、悪ふざけなのだと言い訳をされたほうがまだ信じられるような、ひどい理由だったのだ。



――



「――――別荘ですよ」


 そう言ったニンセンはひざまずいて、背後から2人の騎士に拘束されている。

 騎士団長は白銀のレイピアの先端をそのあごに押し付けて先をうながした。ラフィアが斬りつけた喉の傷は魔法によって塞がれている。


 ――――パルム村の郊外に潜伏していたラフィアたち3人と捕虜の2人に合流したのは、数十分前だった。彼女たちは疲れきっていた。ファラムは静かだったが、ニンセンが騒ぎたてていたから、らしい。


 絶望的な状況になって理性を失っているのだろう。

 ニンセンの表情はどこか狂気的だった。


 尋問は真っ昼間から街道のすぐわきで行われている。数名の騎士たちが捕虜を取り囲んで尋問している光景は異様でしかなかったけれど……まあ、ことがことだ。しかたないだろう。

 ぽつぽつと街道を商人たちが通りかかって、そのたびに『私はなにも見ていないです』という決意の表情を浮かべて過ぎ去っていく。賢明です、みなさん。


 ニンセンは「ははっ」と笑ってから、言葉を続けた。


「貴族や市民のみなさま向けの別荘です。夏の間の避暑地として、北限山脈のふもと豪奢ごうしゃな建物を用意する。領都は人も多く、暑いですからね。その点、北限山脈からの吹き下ろしは心地よい。ほんとうに涼しい。私も大好きです」


「……」


「別荘を建てる資金支援者の目処めどもたっていました。交渉を重ねて、北限山脈までの大街道を整備する計画も取りつけましてね、万事がうまく行っていると思っていたのですが……迂闊うかつでした。景観と立地を兼ね備えた最高の場所に、先客がいた・・・・・どいて・・・いただく・・・・他なかった・・・・・。時間もなかったですし、難しい課題でしたよ。『子どもが死んだ場所』と噂されれば別荘地の評価が落ちるでしょう……?」


 脳の血管が焼ききれるような感覚がした。

 あの放火は嫌がらせだった、ということか。


「この……ッ!!」


 殴りかかろうとするメルチータさんを僕は必死に抑えこむ。


「1つ問うが」騎士団長は低い声で言った。言葉尻が少しだけ震えていた。「今、貴様が言った『先客』というのは、パルム村孤児院のことで間違いないな」


「他になにがあるというんです。薄汚いあの建物の――ぎぃああああああああッ!!」


 ニンセンは喉が裂けるほどの絶叫を放つ。

 ミスリルのレイピアが、容赦なくニンセンの右の大腿を貫通していた。ロゼの花びらを敷きつめたような鮮血があふれ出る。


「みなさんは……すごく簡単に……市民である僕を傷つけてくれますがね……」


 ニンセンは荒い息をついている。


「重罪ですよ……我々の生命は公爵閣下に保証されている……騎士と同じようにね……それに私には……応援して下さる方がいましてね……」

「傷は塞がる。痛みは忘れる。……なんの・・・問題も・・・見当たらないが・・・・・・・?」


 騎士団長は肩をすくめた。白い肌をした妖精種エルフの団長は、ぞっとするほどの無表情をニンセンに近づけた。


「ひっ」

「貴様を支援する領都内の文官が、今の貴様を救ってくれるとでも思ったか?」

「そ、そんなはずはない! デューク様は――」

「近衛侍史のデューク=レイン氏か」

「…………あ」


「……このクズ。使えないのはお前だ」と、同じく拘束されているファラムが吐き捨てる。


「ち、違う。べ、別人だ――ぐああああああッ!」


 騎士団長はレイピアの先端をねじった。


「騎士団長ッ!」


 そう言ったのは――ファラムだった。

 緑のコートを脱がされ、騎士たちに拘束され、肥え太った身体をさらすファラムは無様ではあったが、僕はその様子に違和感を感じた。

 どこか自分が優位にあることを、まだ確信している。そんな雰囲気。

 つまるところ『余裕』だ。ファラムはなにかを握っている……?


 ファラムは僕を見て・・・・、たるんだあごを不気味に歪めた。


「この従騎士タカハは怪しげな奴隷を連れ歩いております」


 どうだ、と。


 なぜか愉悦を表情に乗せてファラムが言い切った。

 その視線の先には、先ほどまでニンセンとファラムを取り押さえておいてくれたラフィアとエクレアの姿がある。

 どこかぽかんとした表情の騎士たちは無言で僕を見る。

 騎士団長の黄金の瞳が僕を捉える。


「おっしゃるとおり、この少女の戸籍は領都にあります。従騎士である僕が独断で連れ来てきました」

「それは騎士団への明確な裏切りだ――!」

「ですが」


 僕はファラムの言葉を踏み潰すように言った。


「おぼえておられないでしょうか、騎士ファラム。いつか、僕が駐屯任務の一環としてパルム村での収穫祭を開催したときのことです」

「……なにを言っている?」

「あのとき、僕はパルム村の出身でない奴隷たちを数十名、パルム村に集めました。その書状の中で――この少女も・・・・・一時的に移動させる許可をいただいていたはずです」

「……は?」


 それは。

 僕のほんのささやかな反抗だった。

 まさかこんな形で芽を出すとは思ってもいなかったけれど。


「なるほど。ニンセン徴税官との打ち合わせ・・・・・が多く、お忙しかったのですね。たしかに書状は存在しますよ。……ご確認いただければ、すぐに明らかになることかと思いますが?」


 僕はファラムから視線を外さずに続ける。


「それに、あなたがたが横領している事実を直接突き止めたのは、肉体奴隷である、彼女です」


「えっへん」


 エクレアが空気をこれっぽっちも読まずに胸を張った。


「だとしても! 貴様が――――」

「そこまでだファラム」


 騎士団長の低い声が、場を制圧した。


「今の貴様と、そこの肉体奴隷が正反対のことを言ったのなら――私は肉体奴隷を信じるだろう」

「――――ぁ」


 それは、騎士を騎士でなくす、致命傷のような一言だった。


 ファラムは呆然と目を見開き、喉の奥のほうで空気を震えさせた。今にも吐きだしそうな人みたいだった。ぶるぶると身体を震えさせたファラムは――一気に脱力した。

 生気も、気合も、すべてを投げ出したかつての騎士は、捨て犬のように、道端に肩を落とす。


 騎士団長はニンセンに振り返る。

 レイピアのねじりこみのオマケ付きだった。


「ひぐぅっ! ……うぅぅ……」

「――――吐け。全部だ。楽になりたいだろう?」


 猫のような目を苦悶に歪めたニンセンは涙を流し、ぶるぶるとその首を横に振った。



――



「みなさん、お疲れ様でした」


 騎士団長に捕虜の2名を預けた僕たちは、パルム村に帰還した。

 出迎えてくれたのは村長を始め、多くの村人たちだった。


「孤児院は……?」

「無事です。火事も最小限で、けが人はありません」

「よかっ、た……」


 僕は安堵の息を吐き出した。

 村人たちの歓声が僕たちを包む。


「さすが従騎士様だし!」「お手柄お手柄!」「従騎士って騎士よりスゴイのかな」「文字数が多いしな」

「マジで感謝っす! 騎士さま!」

「騎士さま~!」


 モヒカンやミーネちゃんが飛びついてくる。僕は空中でモヒカンを叩き落とした。世界は柴犬幼女だけで完結できると思うのだ。「んふふ~」と頭を撫でてあげたミーネちゃんが目を細めて喜ぶ。今の僕ならどんな罪だってかぶれるだろう。


「マジで感謝してるっす! すかっとしたんで!」


 身体を起こしてカクカクと頭を下げるモヒカンに僕は苦笑しつつ、ありがとうと言った。


「てか尊敬してるっす! あざっす! ……失礼します!」

「仕事、がんばって」

「っす!」


 徐々に村人たちは仕事に戻って行く。冬が近づいている。越せるだけの蓄えを作る仕事はいくらでもあるのだ。


「魔女殿」と村長が言った。


 僕たちの騒ぎを少し距離をおいて眺めていたメルチータさんが、ぴくりとそのまゆを動かす。声をかけられるとは思っていなかったのだろう、どこか挙動が怪しい。


「預かっているものがあります。騎士様にも」


 村長は革ベルトの腰に吊るしたポーチから、羊皮紙の巻物を2つ取り出した。鮮やかな赤の色をつけたろうでしっかりと封がされている。


「こちらが、魔女殿に。そしてこちらは、騎士様に」


「……開けてもいいですか」とメルチータさんは言った。

「もちろんです」


 村長は柔らかく微笑んだ。

 僕は封蝋ふうろうを割りながら、羊皮紙を開いた。


「……あ」


 招待状、と書かれている文字は、つたない。

 本文は『孤児院でおまちしていています』とシンプルに続く。


「これは……」

「そうです。子どもたちから預かってきました」


 村長はにこにこと微笑んでいるだけで、それ以上を語らなかった。




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