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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
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第69話:魔女は問う。「あなたが、孤児院の放火を命じたのですか」




「…………は? なにこれ?」


 ニンセンは反抗する子どものような口調で、そう言った。


「17と4人いたんだぞ?」

「……」


 無言のまま、ゆっくりと前に出てきたファラムがニンセンをかばう位置に立った。ミスリル剣を構えたファラムは、ラフィアを露骨に警戒している。正しい判断だと思う。


「わかってるんだろうな? この計画が失敗したら、僕もお前もおしまいだ」

「……いや。いやいや。ニンセン様。でしたら、さっさとお逃げください」


 僕はいつでも動き出せるように身構えた。2人の近くには僕たちが入ったきたのとは別の通路がある。地上へ続く道のはずだ。

 けれど、どうやらその必要はなさそうだった。


「――――僕に指図をするなッ!!」


 癇癪かんしゃくをおこした子どものような口調でニンセンが言った。


「お前がなんとかするんだ、ファラム! 全員を倒せ! お前は騎士だろう!? 魔法奴隷なんて物の数でもないって言ってたじゃないか!?」

「……」


 ファラムはゆっくりと振り返り、しばらくニンセンの目を見た。

 戦力の差は明らかで、ファラムとニンセンがどれほど上手く連携しようとも勝ち目はない。ファラムだってそれを理解してるのだ。

 だが――――ファラムは自嘲めいた笑みを浮かべ、肩を落とした。


「生き延びたとして、領都に連行され、かつての同僚に処刑される……か。……中央で、のうのうと、きれいな道だけを歩き続けてきた、あいつらに……ッ!」


 ファラムはぎらついた視線で僕を見、ミスリル剣の切っ先を向ける。追い込まれた獣が腹をくくったときのようだった。


「貴様を……道連れにしてくれるッ!」


 僕に関係のないところで生まれた怒りを全身にたぎらせたファラム。

 かつての騎士は、猛然と緑のコートを翻し、こちらに突っ込んでくる。

 その口が『精霊言語』をつむいだ。


「”火―4の法―今―付与 ゆえに対価は12”――ッ!」


 唱えたファラムのミスリル剣に炎が宿る。

 火属性の武器への付与エンチャント


 そこそこの使い手なのかもしれない。

 けれど、それは愚策だ。


 数十歩の距離を前に、初手で武器への付与エンチャントを選んだ事実は、魔法使いである僕とメルチータさんへの侮辱に等しいのだから。

 僕はメルチータさんに視線を投げた。

 こくり、と力強い頷きが返ってくる。

 同時にマナを知覚しつつ、『対訳』の機能から『精霊言語』をイメージ。

 属性は、風だ。


「”風―1の法―2つ―今―眼前に ゆえに対価は14” 」


 詠唱は突き進む突風ヘビィウインドの2倍魔法。

 生み出す2条の突き進む突風ヘビィウインドを重ね合わせ、まっすぐにファラムの突っ込んでくる方向に解き放つ。

 ごう、と咆哮ほうこうしつつ直進する風は前世の自動車に匹敵する存在感がある。


「見えていればその程度――ッ!」


 当然のようにファラムは横方向に避けた。


「”――――ゆえに対価は14”」


 メルチータさんはそこに人差し指を向けた。

 詠唱を終えた魔女の指先に、揺らぐ空気の断層が形成される。

 『風の8番ストームエッジ』、空気圧の断層による切断面を生み出す、風属性の中級単位魔法ユニット、6マナ。

 『今』と『眼前に』が2マナずつ追加されているのは間違いない。てことは、残りの4マナはおそらく――――


「――ッ!」


 文字通り瞬時に、風の刃ストームエッジはファラムを襲った。

 やっぱり詠唱に加速系の修飾節モディファイを織り込んであったようだ。僕の魔法との速度差で敵を混乱させるメルチータさんの目論見は、達成される。


「ぐっ……!」


 風の刃ストームエッジを避けることに失敗したファラムは、それを左手の小盾で受けた。風圧が盾の上で炸裂し、その盾を引き剥がして飛ばしただけでなく――騎士の持っていた運動エネルギーを殺しきる。

 結果、ファラムは速度を失った。

 足が止まった。

 僕たちとの距離は20歩分。

 それは――剣士には、あまりに遠い距離。


 だが、ファラムは怯んではいない。すぐさまファラムは次の魔法を唱える。それは僕たちも同じだ。詠唱を途切れさせたほうが負ける。魔法使い同士の戦闘の真実。


 そして、一瞬の間に、僕は敵の手を読み切っていた。


 足を止めたファラムには2つの選択肢がある。

 もう1度、距離を詰めようとするか。

 あるいはその場所で魔法の撃ち合いに持ち込もうとするか。

 ――僕は後者だと確信していた。


 今の撃ち合いで、ファラムは僕もメルチータさんも風属性の使い手だと認識したはずだ。

 そして、単位魔法ユニットの性質上、火力に優れる火属性は防御魔法が不足している風属性に強い。

 騎士ファラムはその優位を活かそうとするだろう。火属性で、僕もメルチータさんも巻き込めるような高火力魔法で一気に戦闘を決着させようとするはず。『火の3番マグナスフィア』、あるいは、『火の10番イラプション』。

 ここまでくれば、手の読めるじゃんけんと一緒だ。

 対応策は――おのずと1つに決まる。


「”火―3の法―巨大なる1つ―今―眼前に ゆえに対価は14”――ッ!」


 巨大化されたファラムの大火球マグナスフィアが、太陽のように地下の空間を照らし上げた。直径はファラムの身長の5割増し。容赦なく放たれる熱量が僕の顔面にまで届く。


「”風―13の法―1つ―今―眼前に ゆえに対価は17”」


 対する僕の正面には片手の嵐サイクロン。台風の核のようなもや・・が生み出され、そこから雨を内包した風の濁流が放たれる。


 互いの魔法が撃ち出されたのはほぼ同時だった。

 疾走したそれぞれの魔法は、中心点でぶつかり合う。


 本来なら――片手の嵐サイクロンは人間同士の戦いで有効な魔法ではない。風と雨の塊を呼び出すだけの魔法なのだ。

 だが、この地味な単位魔法ユニットには、『火属性の強力な攻撃魔法を封殺できる』という決定的な長所があった。


片手の嵐サイクロンだとぉ――ッ!?」


 まるで、蜘蛛の巣に囚われた美しい蝶のように、大火球マグナスフィア片手の嵐サイクロンの中に押し包まれ、無秩序な風圧と大量の水滴に揉み潰され――掻き消える。

 それどころか、嵐の余波は騎士に襲いかかり、視界を一瞬だけ奪った。


 決定的な一瞬だった。

 その一瞬で、十分だった。


「”――――ゆえに対価は 12”」


 メルチータさんの手元に宿る閃光は、見まごうことない紫電。

 風属性の誇る最速の攻撃魔法――雷撃系。

 ずだん、とダンボールを何枚もぶち抜いたような音が響いて、メルチータさんの『風の6番ライトニングボルト』が動きを止めた騎士を貫いた。


「ぐっ、が……! はっ……!」


 正騎士の装備品は2つある。

 1つは騎士の力の象徴であるミスリル剣。こちらが輝かしい表の武装だとするなら、裏の武装はその左手に装備される小盾だ。

 なだらかな円形をした盾は、各種の攻撃魔法を弾く防御力に加え、人間には反応することの難しい雷撃系を受け止め、吸収する性質がある。


 その盾を弾き飛ばされた時点で、ファラムは剣を引くべきだった。


「……従、騎士……なまえ……くそっ……」


 全身をがくり、がくり、と不気味に痙攣させながら、ファラムは立ち上がる。

 騎士の象徴であるミスリル剣を杖にして、壁に背を預けながらだった。

 武器への付与エンチャントの残り火が燃えかすのようにちろちろと刃の上を踊っている。犬人族ドグアの耳はくたりと垂れ、その目はどこか焦点があっていない。よろよろ、とこちらへ歩を進めようとする。


 慈悲は無用。生死は不問。

 そう言ったのは、徴税官様だったか、この男だったか。


 僕が追撃に雷撃系を選ばない、という事実に感謝してほしいくらいだ。


「――――”風―2の法―2つ―今―眼前に”」


「……や、やめろ……!」


「”ゆえに対価は14”」


 身構えたファラムに、僕は2倍にした突き進む突風ヘビィウインドを叩きつけた。

 風の唸り声とともに、固体のようですらある魔法が、ファラムを真正面から打ち据えた。ファラムの身体は宙を飛び、背後の壁に叩きつけられる。その全身を衝撃が伝わる鈍い音が響いた。


 ずるり、と崩れ落ちたかつての騎士は完全に意識を失っている。


 少し遅れて、宙を舞っていたミスリル剣が落ちる甲高い音が続く。からんからん、と剣は僕のほうに転がってきた。僕は数歩の距離を歩いて、その白銀を拾い上げる。

 ずっしりとした重み。

 刃には僕の顔が映り込んでいる。


「拘束拘束~~。んしょ、んしょっと」


 歌うように言ったエクレアがファラムの口に猿ぐつわをかまし、両手と足首を縛り上げた。これでファラムが意識を取り戻したとしても、行動することはできないだろう。


「……」


 僕は、呆然と立ち尽くすニンセンを見た。

 ……逃げてなかったのか。

 まあ、ラフィアが逃がすはずはないけれど。


「な……な、なんだよ……?」

「ニンセン徴税官、認めてください。孤児院を放火したという事実を」

「ち、違う。違うんです従騎士タカハ。私はその件に関わっていない! ファラム……そうだ。騎士ファラムが勝手にやったことなんですよ! 私は知らない!」

「――――ラフィア」

「うん」


 黒い双剣を構えたラフィアがゆっくりとニンセンに近づく。


「ど、奴隷! わ、分かってるのか? 私は市民だ! 徴税官だぞ!」

「存じ上げていますよ? 徴税官様」


 柔らかさと、穏やかさの中に、もろさを混ぜ込んだ、少女の声。

 ラフィアは満面の笑みを浮かべている。


 ぐっ、とニンセンはラフィアを見て、そして。


「”識―8の法―今―”……」


 ――――詠唱をしてしまった。

 ああ……、と僕は内心で呟く。

 わざわざ苦しい道を選ぶ必要はないだろうに。

 敵の詠唱を、至近距離のラフィアが許すはずはなかった。瞬時にニンセンの前に立ったラフィアは、目にもとまらぬ速さで双剣を振りぬく。


「――か――ひぅ――」


 鮮血の赤が、ほんの少しだけ舞った。

 ラフィアが振りぬいた双剣は――――ニンセンの喉の正中、気管のみをピンポイントに切り開いていた。

 肺から送り出され、声帯を振動させるための空気は、その手前にできた脇道から外へ抜けていく。ニンセンは必死に『精霊言語』を続けようとするが、空気が声帯まで届かない。

 だから、言葉を続けることはできなくて。


「……ッ! ……ッ!!?」


 詠唱の失敗、と精霊様が解釈するには十分な時間が過ぎた。

 徴税官の周囲でいくつかものマナが動き、まるで意思を持つ1つの集合体のようにニンセンの近くに収束する。そして、制御を離れたこの世界のエネルギー体が魔法使いに――噛みついた。

 ニンセンの体内をマナの粒が貫通していくのが分かる。マナ回路パスを外れたマナがその体内で暴れ回っている。ニンセンは地面に倒れ、悶絶もんぜつした。聞いた者に回路パスが削られていく痛みを伝染させるかのような、苦悶の叫びとともに。

 仰向けに倒れたニンセンは荒い獣のように息をついていた。


 その吐息すらなじるように、ざり、とブーツが地面を踏みしめる音が響く。


 無様な姿になった徴税官に近づいたのは、メルチータさんだった。

 メルチータさんは感情のない緑の瞳で徴税官を見る。


「正直に答えてくれれば、命まではとりません」

「……ッ……ッ……!」

「あなたが、孤児院の放火を命じたのですか……?」


 ニンセンの細い目がメルチータさんをとらえる。

 肩で数度、呼吸をしたニンセンは――首を縦に振った。


 メルチータさんは肩を落とす。

 金色の前髪が顔にかかり、表情が見えなくなった。

 その肩が震える。どうしようもなく、震えている。


 メルチータさんは、詠唱をした。


「……”土―9の法―今―眼前に ゆえに対価は9つ”」

「……~~ッ!!」


 『土の9番フランブル』。

 小範囲の地面を、可燃物に変性させる土属性の特殊魔法。

 つうん、と鼻を刺すような臭いは、ニンセンが尻もちをつくその真下から。


「たくさんの子どもたちが命を落とす可能性があった……。みんなが暮らしていただけの場所をあなたが燃やした……。どうせ最低な理由なんでしょう? だったら――――ここで、罰を」


 メルチータさんはさらに、小火球フレイムボールを生み出し、ニンセンに突きつける。


「ッ!! ~~ッ!!?」


 壊れた機械のように首を降り続けたニンセンは、涙をまき散らし、失禁しながら――――意識を失った。


「……情けない人」


 メルチータさんはそう吐き捨てると、小火球フレイムボールを別の角度に放った。役目を果たせなかった魔法が花火のように地下室の壁に弾ける。

 ここが地下であったことを思いださせるような、しんとした無音が、僕たちを包んだ。


「……もう、いいですか?」と僕はメルチータさんに訊いた。

「ええ……」


 僕の目を見たメルチータさんは、淡く微笑んだ。


「孤児院が襲われることはもうなくなった。それで十分よ。気絶したこんな男相手に使うほど、私の魔法は安っぽくないわ。……騎士団がきっちり裁いてくれるんでしょう?」


「かっけーな、メルチータ」と、エクレアが言った。


「え? カッコいい……?」メルチータさんはぎこちない仕草で頬に人差し指を添えた。「それを言うならラフィアちゃんのほうが素敵だったと思うけど……」


「えへへ……」

「ラフィアはなー、まあ、うん、特殊だから。てかヘンだから」

「ちょっとエクレア、それどういうこと?」

「ヤバイ、クビを切られるぞ! 逃げろ!」

「え? ええッ?」


 押しつぶすような緊張感から解き放たれ、わちゃわちゃと遊びはじめたパーティメンバー。僕もようやく一息をつけた。

 数秒ほど考え、僕は今後の行動を決めた。


「――――僕は、騎士団本部へ戻ります」


 エクレアの首根っこをつかまえたラフィアがこちらを見て、目を瞬かせた。「……でも、領都は遠いよ?」


「夜通しで走れば、日が上る前に着くはずだ。ある程度の階級の人に連絡をとれば、小部隊を編成して動いてくれると思う。そこからは最速で戻ってくる。……3人にはこいつらの身柄を押さえておいてほしいんだ」


「……あ」


「他にも協力者が居るかもしれない。魔法奴隷たちを逃がしたことで勘付かれている可能性もある。……最悪、パルム村やオウロウ村に逃げこんで」

「ブタ犬にクズ男と一緒か……。気乗りのしない逃避行だぜ」

「ついでに、適当に話を聞きだしておいてくれる……?」


 瞬間、3人の瞳がギラリと輝きを増した。わ、ワルい。みんな表情が悪役だ……ッ。完全に捕食者の目。

 ニンセンとファラムがどれほど耐えられるか楽しみだ。


 そうと決まれば、迅速に動く必要がある。


「行動開始」と、僕は手を打った。




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