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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
69/164

第68話:「……は? なにこれ?」 と彼は子どものような口調で言った。




「とりあえず、罠はなさそうだけど……」


 暗く、地下へと続いていく階段の入り口をラフィアがきょろきょろと観察している。


「魔法はどうですか? メルチータさん」

「人の動きに反応して起動するような修飾節モディファイは存在しない、はず……。だれかが見ていないかぎり、魔法を使われることはあり得ないと思う」


 僕は目を細めてひんやりとした空気が漂う階段の奥を見た。

 階段は、一直線。

 天井が低く、明かりもないから暗い。

 唯一の光は、一番奥のほうで炎が壁を照らすオレンジ色。

 距離はざっと20メートルといったところか。


「……行こう」

「先行するね」


 と言って、前に進みかけたラフィアの白い手を、僕は掴んだ。


「タカハ……?」

「ダメだ。このまっすぐな階段じゃ、ラフィアでも撃ちこまれた魔法をよけられない。……僕が行く。合図をするまで待ってて」


 僕は防御の単位魔法ユニットを心の中で決めて……階段に飛び込んだ。

 足音を立てない限界の速度で走る。

 腰をかがめ、腕を振り、視線は正面へ。


 階段の半分を過ぎた。


 炎が壁と床を照らしている階段の終わりが徐々に大きくなってくる。

 耳が風を切る音と、自分の荒い息遣いがいやに大きく聞こえる。


「……ッ!?」


 オレンジの炎が照らす平らな通路まで、あと5メートル、というところだった。


 ――――炎が照らす壁に、こちらへ歩いてくる人影が映った。


「”風―2の法―2つ―今―眼前に ”」


 問答無用で詠唱を開始する。

 僕は計画に参加させられた人間ヒューマンの魔法奴隷を――その怯えた瞳を、思い出していた。

 この人影が魔法奴隷ならば……命を奪いたくはない。

 『風の2番ヘビィウインド』ならば問題ないはずだ。


「なにものだッ!?」


 僕は階段を下り切り、人影と対峙たいじする。

 僕の目が、人影の正体を捉える。

 犬人族ドグアに特有のおにぎりのような耳。

 引き締まっているはずの首や胸の筋肉は、脂肪に埋もれていた。

 飼い殺され、肥え太り、野生の鋭さを失った哀れな犬を強烈に連想させる。


 よりにもよって、だった。


 騎士、ファラム。


 呆然とする顔と、忌々しい緑のコートに、僕は。

 遠慮なく2倍化した魔法を叩きつけた。


「”ゆえに対価は14”――ッ!」


 瞬間、解き放たれたのは、単なる突き進む突風ヘビィウインドではない。同一のイメージを2倍に重ね合わされた、風の槌とでも呼ぶべきものだった。


「ごぺぁっ!!?」


 まるで土属性の魔法のように純粋なエネルギーの衝突を受け、騎士ファラムの体が吹き飛ぶ。僕は階段を下り切った。騎士ファラムが飛ばされていった通路は、さらに明るく、広い空間へ続いている。


「タカハくんっ!」


 メルチータさんが先頭で階段を下りてきた。

 ラフィア、エクレアの順で続く。


「行きましょう!」

「はい!」


 僕とメルチータさんは並んで、通路を走り抜けた。

 通路の向こうは明るく、まぶしい。

 目を細めて、光に飛びこむ。トンネルを抜けたときのように、明るさの違いが一瞬、視界を奪った。


 広い空間だった。かなり直方体に近い形だ。大きな木組みのコンテナがいくつも置かれている。2階建ての建物の高さ、幅と奥行きは小学校の25メートルプールくらい。壁の材質は土というよりも、洞窟のように削りだした岩の印象だった。そして、不自然なほどに白っぽい。白っぽい壁が、いくつか置かれたランプの明かりを乱反射させて、空間の中はかなり明るかった。


 部屋の奥に立ち、僕らを待っていたのは。

 探していた2人だけでは・・・・なかった・・・・


「これはこれは」


 流れ続ける川のように穏やかな口調で、ニンセン徴税官は言う。

 ゆったりしたイエルに近い灰色の服。黒とも紫ともつかない長髪の下から、笑った猫のように細められた目がこちらを見ている。

 僕は、ぞっとした。

 この目からは……どんな感情だって分からない。誰もが笑った猫のようだと思い、その印象のままに通り過ぎていく。


 その足元には、無様に起き上がろうとしている騎士ファラム。


 2人の両側には、それぞれ10人ずつの魔法奴隷たち・・・・・・が居た・・・

 性別も、種族も、年齢もバラバラな彼らの共通点は、杖を持たされ、ボロボロの服を着ていることだろう。


「みなさん。この4名が盗賊団に・・・・加担していた・・・・・・犯罪者たちです」


 こいつ、なにを言ってる――ッ!?


 言葉を聞いた合計20人の魔法奴隷たちは、決意を瞳に乗せて、杖を握りしめた。怯えと、正義の怒りが入り混じった魔法奴隷たちの視線のせいで、僕はなにが起こったのかを推測した。


 『――――本日が期限です。残念ながら、徴収は絶対です』

 『ですが、あなたの生活にその余裕がないことは私にも分かります』


 『1つ、提案があります』


 『私に従って仕事をすれば……取り立てを免除しましょう』

 『あなたの家族は飢えに苦しむことなく、あなたの家族が村を追われることもない』

 『ええ……。それは』


 『少し魔法を使っていただくだけの、簡単なお仕事です』


 取り立ては一切の容赦なく行われる。

 そうしなければ、税の価値そのものが揺らいでしまうからだ。

 だが、もし。

 取り立てを自らの裁量で決めることが出来るのならば。


 魔法奴隷を従えることは――――あっけないほどに、簡単だ。


 ニンセンが両手を広げ、神への祈りを捧げるように言った。


「慈悲は無用! 生死は不問! これは北西域のすべての民のための戦いです! みなさん、詠唱を開始してください!」


「やべーぞタカハッ!!」

「……ッ!!」


 エクレアとラフィアが身構える。

 僕は脳内の魔法書をひっくり返して詠唱を考えた。


 20人近い魔法使いの魔法を受け止めるだけの単位魔法ユニット。防御力で言えば『土の11番ランドウォール』……だけれど、あれは土属性の魔法を防ぐことはできない。しかも、倍数魔法にするしかない! 単位魔法ユニットのコストは3、『堅牢な』は4、『今』が2、『眼前に』が2……で、何倍にすれば――――


「みんな」


 動揺をこれっぽっちも感じさせないメルチータさんの声に不意をつかれて、僕の暗算は完全に崩壊した。


「私と同じように動いて」


 3人の前に出たメルチータさんは、ずらりと整列した20人近いの奴隷たちを鋭い緑の視線で見る。

 奴隷たちは合唱団のように、一斉に詠唱をした。


「”土―2の法――”」「”水―1の法――”」「”風―6の法――”」「”火―3の法――”」「”土―6の法――”」「”土―2の法――”」「”水―6の法――”」「”空―5の法――”」「”風―6の法――”」「”火―1の法――”」「”空―5の法――”」「”水―2の法――”」「”風―2の法――”」「”火―3の法――”」「”土―2の法――”」「”火―3の法――”」


 うわんうわんと響く詠唱は羽虫のようだ。

 だが、僕らの前に立ったメルチータさんは魔法奴隷たちの詠唱の2節目まで、少しも動かなかった。

 こくり、と孤児院の魔女は1度だけうなずき。


「”土―2の法―今―眼前に ゆえに対価は9つ”」


 素早く詠唱を終えた。


 メルチータさんの正面の足元から、地面を割って、土の色を反映した白っぽい『土の2番アースランス』が生える。


「……へ?」とエクレアが言い。

「メルチータさん!?」とラフィアが動揺した。


 攻撃ではなかった。

 だが、防御に使えるともとても思えない。僕ら4人が身を隠すには地面の槍アースランスは細いし、そもそも脆すぎるはずだ。


 地面の槍アースランスの向こうには整列した魔法奴隷たち。

 そして、その手元に次々と出現する火球や、土の槍や、稲妻の種火――――


「おやおや……」とニンセンがわらう。「自棄やけですか?」


 もう僕の詠唱は間に合わない。

 20数発の魔法が僕らに向けられ、なすすべはない。

 だれが見てもはっきりと分かるほどに絶望的な状況だった。


 けれど――――僕には不思議な安心感があった。


 奴隷たちの魔法が、今、放たれる。


「こっちへ」


 瞬間、メルチータさんは左側を指差し、5歩分の横歩きをした。

 僕たちはそれに続く。

 ぽつりと取り残された白っぽい地面の槍アースランスと、5歩左に移動しただけの僕ら。


 結果として。


 ――――1発の魔法すら、僕たちに当たることはなかった。


 最初にこちらに到達したのは、風の『雷撃系』魔法。だが、それはメルチータさんが立てた地面の槍アースランスに引きつけられ、すべてのエネルギーを出しきって消滅した。

 残りのそれぞれの属性の魔法は、先ほどまで・・・・・・僕たちが立っていた場所の壁を、親の仇でも討つかのように粉砕している。炎が炸裂し、氷の槍が弾け、未知の塊が壁を削り取る。すさまじい音と衝撃が、地下のこの空間を揺らし続ける。


「ほとんどの魔法は直進する・・・・。指揮官が、それをふまえた指示を出さなかったからね」


 メルチータさんは1足す1の答えを説明するような口調で言った。


 集められた魔法奴隷たちは、恐怖に怯え、視野が狭まっている。

 僕たちの位置を直接狙ってくるのは道理だった。

 まっすぐに向かってくる『火の1番フレイムボール』を避けるのは容易い。

 で、あるならば、20個の同じような魔法を避けるのだって、容易いはずだ。


 魔法奴隷たちだけでなく、ニンセンやファラムですら、一瞬、呆然とした。


 この好機を逃す手はない。


「エクレア!」

「りょーかいだぜ!」


 ゴーグルをかけたエクレアは、ツナギのあらゆるポケットから布でできた包みを次々と取り出した。頑丈な布地は細い糸で縛り上げられている。

 一見しただけならば雑巾のようですらあるが、それは、魔法使いたちの言葉を奪う・・・・・武器だ。


「そらッ」


 放物線を描いて飛んでいった香辛料の爆弾は8つ。


「ラフィア。奴隷たちを無力化。あの2人は……拘束する」

「善処するよ……ッ」


 腰を低く落としたラフィアは腰のさやから双剣を抜き放った。双剣には黒い塗料が吹きかけてあるせいで、影をつかんでいるように見える。ラフィアは特殊なスリットの入ったティーガを翻し、回りこむようにして奴隷たちの列に突撃した。


「メルチータさんは」

「サポートに。――――”水―3の法―広範なる1つ―今―彼方に 対価は11”」


 メルチータさんの『水の3番フラッシュコールド』が、ニンセンやファラムの位置を中心に冷気を展開した。

 散発的に次の詠唱をしようとしていた魔法奴隷たちの一部がびくりと驚き、時間が生まれる。

 胡椒爆弾が炸裂したのは、そのときだった。

 まき散らされた灰色の雲が頭上から魔法奴隷たちに降りかかり、彼らから言葉を奪った。涙とくしゃみの地獄が広がる。


「なにをしているのです!? 魔法を! 詠唱を!」


 叫ぶニンセンすらもわずかに吸いこんだ灰色の空気に粘膜をやられ、咳込んでいる。その隙に、ラフィアは敵陣に飛びこんだ。


「すぅッ――!」とラフィアがすばやく息を吐き出しつつ、双剣を握りこんだ拳で1人の魔法奴隷のあごを殴り上げる。

 かく、と電源を落とされたように、中年の魔法奴隷が崩れ落ちた。

 ラフィアは次の奴隷のうなじ、その次のこめかみを流れるような動きで殴打していく。

 どちらの魔法奴隷もあっさりと意識を刈り取られた。


『――――器用すぎる』と、オウロウ村の村長はラフィアを評した。


 僕はそれが間違いでないと実感する。知識としてどこを殴れば気絶させられるか知っていることと、それを失敗なくこなすことの間には天と地ほどの差があるはずだ。


 僕は杖を構えた。


「”風―2の法―2つ―今―眼前に”」


「あれは……まずい! ニンセン様ッ!」


 僕の2倍化『風の2番ヘビィウインド』の詠唱を聞きつけた騎士ファラムは、防御の詠唱すら間に合わないと判断したのか、額に脂汗を浮かべながらニンセンの前で両手を広げた。


 いやいや、と僕は内心に呟く。

 お前にはあとでたっぷり話を聞くからな。


「”ゆえに対価は14”――ッ!」


 僕は、魔法をラフィアが突撃したのと反対側に広がる約10人の魔法奴隷たちに向けて放った。

 2つの『風の2番ヘビィウインド』を重ねて、1つの風の槌にする。ごう、と巨大な獣の咆哮ほうこうのような音が響き、目を開けることすらできない魔法奴隷たちを吹き飛ばした。巨大な腕がなぎ払ったみたいだった。壁やコンテナに打ちつけられた魔法奴隷たちは、うめき声を上げながらゆっくりと身体を起こす。


「死にたくない人は逃げてください――!!」


 メルチータさんが杖を構え、声を張った。


「ここまでの攻撃は、すべて手加減を加えてあります。ここから先の攻撃は――――ぜんぶ本気を出します!!」


「…………うわああああああああッ!」と1人の魔法奴隷が怯えるように逃げたのが皮切りだった。


 中年の人間ヒューマン、若い妖精種エルフの青年、猫人族カティの老婆……動ける魔法奴隷たちが我先にと部屋のすみへ向かっていく。僕たちが入ってきたのと反対側の通路だ。ぎゅうぎゅうと互いを押しこむようにして、魔法奴隷たちは逃走した。


「貴様らッ! 待たんか! 徴税官様のために戦えッ!」


 逃げようとする最後の魔法奴隷をファラムがミスリル剣で脅すが、さらに怯えを増した魔法奴隷たちは悲鳴をあげてファラムをすり抜けていく。


 後に残されたのは。


 コンテナとそこからまき散らされたたくさんの木の実。

 ラフィアが気絶させた数名の魔法奴隷たち。

 そして、騎士ファラムと徴税官ニンセンだった。


「…………は? なにこれ?」


 ニンセンは反抗する子どものような口調で、そう言った。




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