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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
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第67話: 「最初に断っておく」と僕は実行犯を睨みつけて言った。




 パルム村とビーノ村の中間のあたりでラフィアを拾い、僕たちは慎重に前を行く犯人の姿を追った。静かに馬を進め、たどり着いのは……やはりビーノ村だった。

 僕たちはビーノ村の入り口に馬を置き、人通りの絶えた大通りに入る。

 亡霊でも通りそうな暗い大通りは、僕らを誘っているようにすら見えた。


「私が」

「うん」


 言い終わるが早いか、ラフィアは影のように大通りに溶けこんだ。

 ラフィアが先行し、その合図に従って僕たちも進んでいく。僕、エクレア、メルチータさんは、尾行に関してはずぶずぶの素人だ。その点、ラフィアには安心感がある。


 何度目だろうか、ラフィアが建物のそばで手招きをしている。そのときは僕たちが近づいてもラフィアは手招きを続けていて、つまり――そこが目的地。


 僕は自分の肩を見た。

 コートの緑色を、僕は見る。

 それと同じ色・・・の垂れ幕がかけられた、ビーノ村で1番大きな建物が、僕たちの目の前にあった。

 北西域に来た最初の日、任務の報告に戻ったあの日……僕を迎えてくれた北西域の騎士団拠点だ。


 結局そういうことか、と僕は内心に吐き捨てる。


 ラフィアは唇に人差し指を当てて、そのあと、建物の中を指差した。

 僕たちは大通りから建物の側面に回りこみ、聞き耳を立てた。木の枠にはめ込まれたにごったガラスは、見通すことはできず、燭台しょくだいが灯っているという事実くらいしか分からない。


 聞こえてきたのは2人の人間による会話だった。


「し、しかしですね、騎士様……」


 くぐもって聞こえる男の声は、若い。


「あれが盗賊団の食料庫・・・・・・・であるなら、どうして自分はパルム村の中を通ってはいけなかったのです?」

「『パルム村には反乱分子が紛れ込んでいるからだ』と説明したな。ええ? 覚えておらんのか?」


 答えた声は、間違いなく――――騎士ファラムの声だった。


「それに……盗賊団の食料庫に火をつけるのに、どうして『完全に燃やしてはいけない』のです? もしかして、あの建物の中にはふつうに人がいたのでは……」


 僕は手のひらが白くなるまで握りしめた。

 ファラムが魔法奴隷をだまして使ったんだ。

 そして、孤児院に火をつけさせた。


 実行犯を捕まえていただけだったら、しらを切り通されていたに違いない。

『だれだ? その魔法奴隷は……?』

『パルム村の孤児院が……あってはならないことだ……』

 同情の表情をして、そういう言葉を平気で言ってのけるファラムの顔が、僕には簡単に想像できた。


 今すぐ部屋に飛びこんで殴りかかりたい。

 そんな衝動を抑えるのに、僕は必死だった。


「あー。きみ。きみきみ。名はなんといった?」

「……ライズです、騎士様」

「そうだ。おおそうだったなライズ君。きみのところには、たいそう可愛らしい娘さんがいるそうじゃないか。5歳だとか……?」

「き、騎士様……?」

「君はよく仕事をしてくれた。もちろん、私は約束を違えたりはしない。もちろんだとも。火を放ってくれただけで君が払えなかったぶんの税は免除しよう。――――だが」

「……ひっ」

「もし、このこと、他人に漏らしたのならば、残念ながら、きみの家族の未来までは保証できないぞ。なぜなら……きみは、税を収めることができなかったのだから」


 沈黙。


「まだなにか質問があるかね?」

「い、いえ……騎士様、ありませんが」

「では出て行きたまえ。ご苦労様だった」

「……失礼します」


 ややあって、扉が開く音が響いた。

 魔法奴隷の青年が出てきた音に違いない。


「ラフィア、エクレア、捕まえてきて」


 僕はささやいた。


「うんっ」「了解っ」


 2人が足音を消して、大通りのほうへ出て行く。沈黙の時間が10秒ほど続き、「……ぷぎゃっ」とかすかな声が聞こえた。


「まったく。これだから魔法奴隷は使えん。ああ厄介だ厄介だ」


 建物の中では騎士ファラムがぶつくさと呟いている。


「とりあえず、報告にいくか」


 やがて、大きな物が動く音がして、その部屋の中から人の気配が消える。

 僕はメルチータさんと目を合わせた。メルチータさんも首をかしげている。

 ラフィアとエクレアが、縛り上げた人間ヒューマンの魔法奴隷を連れて路地のすき間に戻ってきたのは、そのときだった。微笑んだラフィアに剣をつきつけられた哀れな魔法奴隷は、顔面を蒼白にして身じろぎすらしていない。


「まず最初に断っておく」


 僕は騎士団のコートを見せつけながら言った。


「僕は騎士ファラムの不正を暴くために、あなたを尾行していた。すべての罪状は確認している。よって……騎士の権利によって、あなたの命を奪うことすら、僕には許可されている」


 僕は従騎士だから、はったりだけど。


「質問には的確に答えること。大声を出さないこと。……いいですね?」


 魔法奴隷は額にじっとりと汗を浮かべてこくこくと首を縦に振った。


「外して」


 ラフィアが手早く魔法奴隷の猿ぐつわを外した。


「はぁっ……はっ……はっ……」


 荒く息をつく魔法奴隷は――やっぱり若かった。


「名を」

「……び、ビーノ村のライズです」

「あなたに今回の行為を命じたのは騎士ファラムとニンセン徴税官で間違いありませんね?」

「は、はい」

「なぜこのようなことを?」

「私の家は……物々交換の食料品店として生計を立てていたのですが、経営が厳しくなり、今年の税を収めることができなかったのです。……それで、騎士様に呼びだされて……この仕事をこなせば『今回の税を免除する』……と。盗賊団の食料庫を襲う、という仕事で、危険だけれどやる価値がある仕事なのだ、って説得されて……」

「いや~あっぱれなくらい腐ってるな、あの騎士サマ」

「許せない……」


 エクレアとラフィアが言った。

 メルチータさんは僕の後ろで彫像のように沈黙している。


「ニンセン徴税官はどのくらい関わってる?」

「すみません、そこまでは……。たまたま一緒にいるところを目撃しただけで。…………あの」

「はい?」

「お、おれはどうなるんでしょうか?」

「どうもしませんよ」

「お、おとがめ無しですか、よ、よかった……」


「でも、1つ忘れないで下さい。あなたが放火したあの建物は、17と5人の子どもたちが暮らしていた、孤児院です」


「…………え?」


 呆然とつぶやき返す魔法奴隷を僕たちは無視して、大通りに出る。そのまま、建物の扉を開けて中に入った。廊下を進み、騎士ファラムの執務室へ飛びこむ。

 人影はない。

 代わりに、それ・・が僕たちの目の前にあった。

 以前訪れたときは本棚があったはずだ。


 壁の一面では――――地下へ続く階段が、その暗い大口を開けていた。




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