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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
67/164

第66話:「気付かれないように追って」と僕は命じる。




 収穫祭の数日後。

 僕は――僕たち・・・はパルム村の周囲をとり囲む森にいた。


 夜の森の中を物音を立てないように歩く。

 そして、森が途切れるギリギリで身体を伏せる彼女に近づく。


「エクレア……お疲れさま。交替だよ」


 僕はベースキャンプから運んできたれたての紅茶をエクレアに手渡す。エクレアは強張った身体を起こすと、木製の容器を受け取った。


「ん。さんきゅー……コレは沁みるな……」


 重装甲版ツナギのようなものをエクレアは着ていた。そうでもしなければ、秋の夜の屋外で、じっとしていることなどできない。

 いつの間にか作ったゴーグルはエクレアのお気に入りになっているようで、今もかけている。

 そのゴーグルが…………湯気でくもって・・・・いった。


「うわわ……」


 もぞもぞと動いてゴーグルを外すエクレア。

 慌てるエクレアも珍しいな、と思いつつ、僕は遠慮なくながめる。


「ぎょ、ギョーシすんなって。照れるだろ? 惚れるだろ?」

「そんな簡単に!?」


 僕は、孤児院を見た。荒野にぽつりと立つ孤児院は、もうすぐ子どもたちが眠りにつくのだろう。ガラスの向こうに見える燭台の明かりが1つ、また1つと減っていく。


 ――――孤児院を夜通しで見張るようになってから3日目。

 今のところ、なにごとも起こっていない。

 僕は紅茶を口に含んだ。どこか甘い香りと苦味。領都から持ってきていたイーリの葉はもう少しで切れてしまう。


「エクレア」

「ん? どうした?」

「エクレアって、何歳?」


 エクレアは目を丸くした。


「タカハお前……レディーに歳を訊くのか?」

「いやいや。この前、自分はオトコだって言ってたじゃん」

「それはそれ。これはこれ」


 僕は苦笑した。


「ま、タカハやラフィアの前後2歳ってことで」


 なるほど、16歳か。


「あ、タカハ。失礼なコト考えただろ? 分かるんだからな」

「今の条件で1番大きな年齢だって思ったんだ」

「このやろ」


 エクレアが僕の肩のあたりを打った。その力はあんまり強くなくて、そこで改めてエクレアが女の子だという事実を思い出す。軽い口調で次々しゃべるくせに、妙な自信もあるから、同性のように気楽なのは間違いなくて。

 そのとき、背後の茂みががさりと揺れて僕とエクレアは身体を硬直させた。


「あれ? ラフィア……?」


 もこもこと大量の綿を編みこんだ服を着たラフィアが、森の中から姿を見せた。先ほどまでは長い夜に備えて眠っていたはずだった。


「交替の時間じゃないことは分かってる……んだけど」


 ラフィアは淡々とした表情に戻すと、ベージュ色の耳を揺らして僕らのすぐ近くに座り込んだ。


「なんの根拠もないよ? だけど、私はそろそろだと思う・・・・・・・・

「……どうして?」

「今が眠る直前の無防備な時間で、3日目ともなれば子どもたちの気も緩むから。それに、犯人はできるだけ早く仕掛けたいはず、だよね?」


「そーだな……」エクレアが孤児院のほうを見ながらうなずいた。「ラフィアと一緒に調べたことは、タカハの予想どおりだったからな」


 僕は緑のコートの襟元を直して、腕を組んだ。

 僕がラフィアとエクレアに調べてもらったこと。

 それは――――北西域の中心地、ビーノ村を出入りする税の流れ・・・・だ。


「明らかに、北西域の各村から運ばれてくる量と、領都へ運び出している量が違ってた・・・・……」とラフィアは言う。「荷馬車の数を数えるだけで分かったくらいだから、ものすごい差があるんだと思う」


 北西域内の各村から集めた税が、すべて領都へ届いていない。

 それは、あってはならない事態だった。


「ま、もちろん、その一部は今回の大街道の整備計画に使われてるんだろうさ」


 エクレアがラフィアの言葉をぐ。


「でも、それにしたって、領都へ献上してる量が少ない。少なすぎる・・・・・。肉体奴隷たちの待遇もよくなるわけだ。信じられない量の税がこの北西域のどっかに消えてるんだぜ?」


 この北西域の中で、税に関連する部分にかかわることが出来る人物はごく限られている。


「ニンセン徴税官かな……?」

「ボクはあの太った犬人族ドグアの……騎士ファラム? だっけか? あのオッサンも怪しいと思うけどな」

「タカハは……いつからおかしいって思ったの?」


 僕はラフィアの目を見る。


「最初の違和感は、大街道を北限山脈まで・・・・・・通す計画だって聞いたときかな」


 ニンセン徴税官は税収を抑えてまで大街道を整備する計画を連絡してきた。

 『領都からビーノ村までの間』ならば納得もできた。

 けれど。

 その長大な計画は、まさにこのパルム村にまで続いている。


 はっきり言って、ムダな公共事業というやつだった。パルム村に馬車が来ることはほとんどない。馬車同士がすれ違える道を整備するなんて、ムダの塊のような計画だ。


「次の違和感は、僕がニンセン徴税官に孤児院の案内をしたとき。あの人は、孤児院から・・・・・税を・・とりたてない・・・・・・、っていうことを個人的に決定したんだ」

「えっと……?」

「考えてみて。あの人は徴税官・・・なんだ。税をきっちりと取り立てるのが、あの人の仕事。魔法奴隷の『人数』と『所在地』は招集を行うために騎士団が把握してて、ムーンホーク城にも情報提供されている。だから、領都の側はどれくらいの税が収められるべき・・かきっちり把握してるんだよ」

「にもかかわらず、あの徴税官サマは、あっさりそれを値切ったってことだな」

「あのときの僕は、孤児院に同情しすぎていたから、放火されるまでその違和感に気づかなかった。でも……やっぱりおかしいことが多すぎる。それで、2人にはああいう調査をお願いしたって流れだね」


 僕の胸の中に、確信とともに黒い感情のようなものが広がった。


「この仮説が正しいなら、ニンセン徴税官や騎士ファラムですら今回の事件のほんとうの黒幕じゃないのかもしれない。領都側で税収を計算する人が、少なくとも1人は絡んでいるはずだし……」


 結局のところ、1番肝心な彼らの動機が分かっていない。

 この張り込みだって見当違いの時間のムダという可能性もある。


「ま」とエクレアはいつもどおりの軽い口調で言った。


「――――あいつに・・・・聞いて・・・みようぜ・・・・


 エクレアの薄青の瞳は、荒野の1点を捉えていた。


 僕は目をらした。

 パルム村の周囲をとり囲む森のほうから、黒い人影が孤児院に近づいてく。1人。足運びから見て男だろう。フードを深くかぶっているようだ。夜の闇に紛れ込んでいる。孤児院の中からあれを見つけられるとは思えなかった。


「――――ッ」


 慌てて。

 僕はラフィアの肩をつかんだ。


 僕の体ごともっていかれそうなほどの力で、ラフィアは飛び出そうとしていた。


「落ち着いて、ラフィア。あいつは間違いなく実行部隊だ。ニンセンでもファラムでもない。泳がせないとダメだ」

「……ごめん」


 ラフィアは両手をきつく握りしめて、数回深呼吸をした。


「……わたし、あの人が孤児院に火をつける瞬間を見る。あの人がだれに報告するのかを見る。そうしたら――」

「そうしたら、好きにしていいから」


 ラフィアは大きく目を開いて、孤児院のほうを見続けた。

 その綺麗な瞳に、どんな汚物よりもけがらわしい紅蓮の炎が映り込むのは、そのすぐあとだった。

 ぎり、とだれかの歯がきしむ音がした。

 僕の奥歯だったかもしれない。


「”風―12の法―引き伸ばした1つ―今―眼前に ゆえに対価は11”」


 僕は詠唱をする。対象はラフィア。

 『風の12番シルフウィスパー』は『伝令』の単位魔法ユニットだ。魔法をかけた者とかけられた者は距離が離れても会話をすることが出来る。4マナの修飾節モディファイ”引き伸ばした”を編みこみ、持続時間は30分ほどになる。


 これで、僕とラフィアは無線通信ができるのと同じ状態になる。


「ラフィア、気付かれないように追って」

「……うん」


 犯人の人影が荒野を突っ切り、森に戻ってくる。

 もふもふとした服を脱ぎ捨てたラフィアは、ティーガをひるがえし、枝の1本に飛び乗ると、森の中へものすごいスピードで突っ込んでいった。


 僕とエクレアは犯人が完全に森の中に戻ったのを見届け、孤児院のほうへ、荒野を走る。


「ラフィア、だんだん人間から離れてないか……」


 エクレアがぽつりと言って、僕は少しだけ笑う。

 僕たちは全力で孤児院に向けて走った。

 前回と同じく『土の9番フランブル』を起点とした炎は赤く、大きく燃え上がっているように見えた。


 けれど、たどり着くころには。

 消火はほとんど終わっていた。


 炎を上げるパルム村側の壁の前には、孤児院の・・・・子どもたちが・・・・・・集結していた・・・・・・のだ。


「もう一息だ! 次、6歳組!」


 指示を飛ばすのは長身の少年、ルドルフ。

 その号令に応えるように、5人の小さな子どもたちが1歩前に出て、集中する。


「「「「「”土―1の法―1つ―今―眼前に ゆえに対価は6つ”!」」」」」


 横一列にならんだ子どもたちの足元から『土の1番サンドスプレッド』が放たれる。無数の放射が重ね合わせられることで、可燃物を起点とした炎はほとんど抑え込まれていた。


「次、8歳組!」


 列が入れ替わり、3人の子どもたちが前へ。


「「「”土―1の法―2つ―今―眼前に ゆえに対価は12”」」」


 あざやかに2倍化された撃ちだされる砂粒サンドスプレッドの重ねあわせが、炎の息の根を止めた。

 子どもたちは全員、荒く息をついている。

 それを取り戻された夜の静寂が優しく包んでいた。

 けが人は誰1人として居ないようだ。


 そして、この炎を消し止めたのは、子どもたちだ。


「みんなッ!!」


 孤児院の扉からメルチータさんが出てきて、状況を理解できずに目をぱちくりとさせている。


「メルちゃん先生!」

「遅刻~」「寝坊だよ~」

「み、みんながどこにもいないから、どうしちゃったのかと思って……。あ、れ……? 火事は……? 燃えてたよね……?」


 けらけらと子どもたちが笑って、メルチータさんは唖然あぜんとしている。


「先生、騎士様ッ!」


 そう言いつつ、牧場のほうから走ってくるのはレイチェルだった。

 赤毛の少女は2頭の馬の手綱を引いている。


「犯人を追うんですよね? 私たちが行くより確実だと思うから……この馬を使ってください!」


 準備がよすぎて、驚いたなんてもんじゃなかった。僕は手綱を受け取って馬にまたがると、エクレアを後ろに引っ張りあげる。既にレイチェルはメルチータさんの背中を押していた。


「メルちゃん、乗って!」

「ちょ、ちょっと待って! どうなってるの?」

「犯人は僕の身内が追撃中です。僕らにはレイチェルの用意してくれた馬もある。追いますよ。メルチータ先生」


 ようやく状況を理解したメルチータさんが、慌てて馬に飛び乗った。


「メルちゃん」


 鈴が鳴ったように響く、芯のとおった声だった。

 レイチェルがメルチータさんの手を掴んでいる。


「――――ゼッタイに。犯人、やっつけて」


 メルチータさんは、すっと表情を消した。内なる炎を燃やした魔法使いの目をして、孤児院の魔女はレイチェルの手を握り返す。


「当たり前でしょ! 任せておきなさい!」

「騎士さま~!」「先生~!」「がんばって~!!」


 僕たちは子どもたちの声援を背に、パルム村の森の中へ引き返した。

 暗い獣道を慎重に走り抜ける。


「ラフィア、状況は……?」


 僕は『風の12番シルフウィスパー』でつながったラフィアに声をかける。

 ややくぐもった声が帰ってきた。


『犯人はパルム村を迂回うかいして……今、馬に乗ったよ。街道をビーノ村の方向へ進んでる。勘付かれてはない。走るんじゃなくて、早足くらいのペースかな。行けるところまで森の中から追跡するね』

「分かった」


 ラフィアは無言になる。

 追跡を再開したようだ。


「……?」


 馬に揺られるメルチータさんがぶつぶつとなにかを呟いている。


「……パターン……13の6……氷冷系飛来魔法……防御パターンは……反撃に1秒の半分……選択可能な単位魔法ユニットは……8番、9番……残存回路パスから……」


 全部が魔法に関する考察だった。でも、それを呟くメルチータさんはどこかとろけたような表情をしている。本当に魔法が好きなんだな。戦場では頼りになりそうだ、と思う。

 森を抜け、僕たちはパルム村の広場へ。

 孤児院のほうが明るくなったことに気付いた村人たちの一部が、広場に集まっていた。そこに僕たちは飛びこんだことになる。


「村長!」

「騎士様!」


 僕は手綱を引いて、馬を止めた。


「孤児院がふたたび放火されました! 消火は終えていますが、今は子どもたちしかいません! 支援をよろしくお願いします!」

「騎士様は!?」

「犯人を追います!」

「心得ました。……みな、孤児院へ向かうぞ!」


 おうッ、と力強い声が、夜のパルム村に響き渡る。


 ばらばらと村人たちが動き始めるのを尻目に。

 僕たちはパルム村の大通りを走り抜け、街道を疾走した。




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