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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
66/164

第65話:「みんなで踊るのよ」と犬人族の奥さんがはしゃぐ。




 オウロウ村のガフロウ村長に続けて、僕はエリテ村、ニン村の代表者たちと会談し、駐屯任務への快諾かいだくをとりつけた。

 パルム村長は会談のすべてに付き合ってくれて、僕がそのことを謝ったところ……。


「いえ、騎士様に恩を売っておくのも悪くないかと思いましてな」


 村長は食えない笑みを浮かべた。


 収穫祭は料理がなくなったところで終わりを迎え、他の村の代表者たちがあらためて僕と村長に礼を言って帰っていく。

 最後はオウロウ村の面々だった。


「アーレン様、騎士様、世話になりました」


 ガフロウさんの言葉に合わせて、若者たちがきっちりと頭を下げる。きっと素晴らしい狩猟団なのだろうと僕は確信した。モヒカンに見習わせたい。

 整然とした動きでオウロウ村の人々が集会所を出て行く。

 その最後尾にいる彼女の青い瞳が――僕をとらえた。


「タカハ、こっち」

「え?」


 ラフィアは僕の手をつかみ、集会所の外へ。

 秋の夜の空気はびっくりするくらい冷たく、澄んでいて――果てしなく広がる星空が見える。

 知っている星座は1つもないけれど、たまに見上げる星空が綺麗なのは異世界でも一緒だ。


「タカハは従騎士様だから、やらなくちゃいけないことがあると思うんだ」


 ラフィアの声音はどこまでも真剣だった。


「分かってる。メルチータさんに、会いに行ってくるよ」

「うん、話をきいてあげて」


 孤児院に襲いかかった悪意はあまりに巨大だ。

 今の僕にできることは……きっとそう、話を聞くことくらい。


「僕の方こそ、無理を言ってごめん。エクレアにも声をかけて、よろしく・・・・

「任せて」


 ラフィアは大きく頷いた。


「孤児院に火をつけるなんて、どんな理由があったって許されない。他のだれが許したって、私は許さないから」

「ありがとう。……帰り道、気をつけて」

「心配ご無用だよ」


 ラフィアはいたずらっぽい表情で、両腰に吊るした双剣のさやをぽんぽんと叩いた。忘れていた。ラフィアはかなり強い・・のだ。


「……これは一本とられましたな、姫」と僕はおどける。

「分かれば良いのです、騎士よ」


 ラフィアは集会所の方を少しだけ見て、言った。


「みんな、笑ってた」

「……え?」

「あんなことがあったのに、孤児院の子どもたちも、村の人たちも、笑ってた。これ、全部、タカハがやったことなんだよね?」

「……僕は手を貸しただけだよ」

「ううん。すごいよ。わたし、ちょっと感動しちゃった」

「ラフィアを感動させるの、そんなに難しくない気がする。だって僕が朝寝坊しなかったら感動するでしょ?」

「あー、うん。するかも」


 どちらからともなく噴き出し、僕たちはひとしきり笑う。


 笑い声が消えて――――星空が迫ってきたような沈黙が、僕たちの間に広がった。


 僕がほんの一月この村で過ごしただけで、食べ物のことも、魔法のことも、どんどんいい循環が生まれている。

 騎士団はこんな簡単なことがなんでできない――?

 呆れ、戸惑い、そして、やっぱり怒り。

 騎士たちは、市民たちは、何を見てる?

 自分たちの都合のいい世界に浸っているだけなのだろうか。


 だって、もし、彼らの目が曇っていなかったら。

 ラフィアは今ごろ魔法を使えていたはずなんだ。


 淡く微笑んだ姉さんは「……じゃあ」と言って僕に背を向ける。ふわりとティーガのすそが揺れ、ベージュ色の髪が広がる。

 よどみのない足取りで、ラフィアは僕から遠ざかっていった。



――



 僕は集会所に戻った。

 よそ向きの歓迎を終えた村人たちが、テーブルを集会所の隅によけ、楽器を用意している。


「みんなで踊るのよ」とネイエさんは楽しげだ。「騎士様もどう?」


 なるほど。収穫祭の最後はダンスで締める。素晴らしい様式美だ。


「すぐに戻ります。……そのときは1曲、ぜひ」

「あら嬉しいわあ」


 集会所の別室を探し、そこにメルチータさんの姿がないことを確かめた。となると……というか、考えるまでもないか。


 僕は集会所を出て、足を北へ向けた。

 すぐにパルム村の周囲を囲む薄暗い森の中に包まれる。何度も往復をしたせいで、細い獣道の癖を僕は覚えている。しん、とした夜の森は、どこか幻想的だった。童話のような孤児院に続く道だからだろう。


 森が途切れて。

 厳然と僕を見下ろす北限山脈と、荒野が広がる。

 そこにぽつり、と立つ孤児院には、明かりが灯っている。


 僕はゆっくりと歩を進めて、畑を回りこみ、孤児院の正面に立った。


 新しい木の壁を張り替えれた孤児院はひっそりとしていて、違和感しかなかった。当然の違和感だった。孤児院の価値は建物じゃない。真の価値は、ここで精一杯生きている子どもたちと、その先生なのだから。


 僕は孤児院の扉をノックした。

 返事はない。けれど燭台の明かりが見える。

 僕は扉を開けた。


「……タカハくん」


 テーブルに座っていたメルチータさんが、驚いたように僕を見る。

 明かりに照らされて、つやつやした金色の長髪が輝いている。


 だが、目元や、まゆや、ほほには、世界に対する困惑がどうしようもなくにじんでいた。


「来てくれたんだ……?」

「寂しかったですよ。メルチータさんが居なかったから」


 明るい口調で言って、僕はメルチータさんの隣に座った。


「もう。からかわないでー」

「なにをしてたんですか?」

「……考えごと、かな」

「孤児院のことですか?」

「そうだね。これからの孤児院のこと、私のこと」


「メルチータさんは……魔法の研究がしたいんですよね?」


「あ……」


 そう言って、メルチータさんは僕を見る。


 瞬間、僕は思い出した。

 メルチータさんと14年ぶりに再会した、孤児院の玄関。

 子どもたちにオトコ友だちがいないことをからかわれたメルチータさんを見た瞬間に抱いた、あの印象。


 ――――微笑むメルチータさんの瞳の奥のほうに、僕はどこかもろいなにかが見えたような気がした。

 ゲルフの諦念とも、ラフィアの絶望とも、エクレアの後悔とも違う、なにか――――


 そのなにか・・・が今、ふたたび、僕の目の前にあった。

 それは、緑の大きな瞳に差しこんだ影であり、感情だった。


 決めつけていいのか分からないけれど。

 僕はその正体を表現する言葉を1つ見つけた。


 それは――――孤独だ。


「もしかしてこの前? 私、言っちゃってたかあ。あははー。ダメだね。やっぱりお酒はダメだよ。たまにどうしても飲みたくなっちゃうんだけどね。子どもたちの教育上よろしくないしね。決めた。もう飲まない。みんながここに帰ってきたらもうお酒は――――」


「メルチータさん」


「はいっ!?」


 僕は、緑の瞳を覗きこむようにして見る。


 言おうかどうか一瞬、迷って。

 決めた。


「僕はすでに7系統すべての魔法が使えます」


 瞬間だった。

 メルチータさんの瞳から嘘のように影が消え去った。


「タカハくん、それがどういう意味・・・・・・か、分かってるの?」


「”土”、”水”、”火”、”風”、”空”、”識”、……”時”」


「――――!!」


 詠唱の始まりとなる属性指定節。

 これは、7系統それぞれの訛りの難しいところを詰め合わせた発音になっている。

 『対訳』の力をもつ僕にとってそれは少しも難しいことではないけれど、僕は14歳だ。

 あのゲルフだって、2系統目を使いこなせるようになったのは17歳。成人したとき。

 メルチータさんの無表情の下で、思考がものすごい速度で走り回っているのを、僕は感じている。


「あり得ない……。そんな魔法使い! 伝説だって軽く――……ッ!」


 ……ああ、とメルチータさんは悩ましげな吐息をついた。


「……うらやましい、なぁ……」


 メルチータさんはうつむいて、たしかめるように僕を見て、それから、もう1度俯く。

 頭の中でいろいろな考えを走らせているに違いない。


 僕は沈黙の時間の中を待った。


 メルチータさんは俯いて、僕を見て、目をそらして。

 最後に、――顔を上げた。


 翡翠の瞳は、透き通っている。


「タカハくん。話しておかなくちゃいけないことがあるの」


 孤児院の魔女はきっぱりと言った。


「私、いつか――――君のことを恨んだ」

「……はい」


 知っていた。

 覚えていた。

 それは14年も前の記憶だけれど。


「タカハくんが居なければ、わたしがゲルフ様から第7系統――時属性の魔法を教わるはずだったって思ったから。……事実、たぶんそう。ゲルフ様はタカハくんがいなかったら、わたしに教えてくれていたはず」

「……」

「でも、同時に、魔女としてのわたしは、ゲルフ様の気持ちもよくわかる。わたしがゲルフ様だったら、あの日のメルチータには発音を教えていない。――だって時属性はゲルフ様にとって秘儀の中の秘儀で、ゲルフ様にはタカハくんが居るんだから」


 だからね、とメルチータさんは続ける。


「わたしは、魔女の道を極めることをやめようと思ったんだ」


 僕には、何も言うことができない。

 でも、せめて、想像だけはさせてほしい。

 その決意には――どれほどの痛みが伴ったのだろう、と。


「そんなとき、孤児院のことを知った。『虹の大魔法使い』ウィード様がパルム村に戻って頑張っているって。だから、ここしかないって思って、わたしは孤児院の魔女になった。みんなと過ごす日々はほんとうに楽しくて、あっという間に10年も経った。……ぶっちゃけるとね、恋は、ちょっとしたかったけど」


 そう言って、メルチータさんが『恋』という言葉を軽く笑い飛ばしたとき、僕は自分の勘違いに気付いた。

 メルチータさんは、最初からずっと恋愛をするつもりがなかったのだ。

 だって、すぐ隣にパルム村がある。メルチータさんと年が近い男だって何人もいる。その全員がメルチータさんをノーということはありえないと僕は自信をもって断言しよう。

 単純にあの自虐は、手の込んだ、使い込まれた、冗談だったのだ。


 そして、メルチータさんは、この十数年という時間を全部、孤児院の子どもたちのために注ぎ込んできた。

 魔法に打ちこんでいたころのメルチータさんとなんら変わらない姿勢で。

 脇目も振らず。

 一心に。

 ――――ただ、子どもたちのために。


「でも、最近かな、気付いちゃったんだ」


 メルチータさんは。

 それがまるで罪であるかのように、痛ましい表情をした。


「私――それでも・・・・魔法が好き、みたいなんだ」


 知っている。

 覚えている。

 だって、メルチータさんがそう言ったのは、つい先日なのだ。


「たくさんの魔法の知識を集めて、マナに触れて、呪文を唱えたい。場所はどこでもいいんだ。招集へ行ったら大活躍できる自信がある。イメージトレーニングはばっちりだからね。それに、魔法に関する歴史のことも研究してみたい。気になることがたくさんあって夜も眠れないの。私たちがいつも使っているこの魔法の起源はどこ? マナってなに? 欠番になってる単位魔法ユニットの対価は? その効果は? どうやったら7系統の使い手になれる?」

「……」

「でも、私のこの願いは裏切りだと思うんだ」


「……違う」僕は首を横に振った。「それは絶対に違いますよ」


「ううん、違わないよ、タカハくん。私がいないと生きていけない子どもたちがいる。その子たちのことを考えないわけにはいかない」


 僕は一瞬、言葉を飲みこんだ。

 でも、すぐに別の言葉が見つかった。


「両立はできるはずです」

「え……?」

「少しずつ仕事を任せればいいんじゃないでしょうか。子どもたちにも。そして、空いた時間を魔法のことに使う。メルチータさんはそうしてもいいはずだ」

「で、でも……」

「では、こうしましょう。メルチータさん、僕は従騎士です。このパルム村に駐屯任務に来た。だから、パルム村の食糧事情を完ぺきなものにして帰ります。これから先、子どもを捨てる可能性なんて微塵も存在しないほど、十全なものに」

「……ぁ」

「パルム村だけじゃない。この周辺のいくつかの村で駐屯任務をこなす予定です。そのすべての村の状況を改善することをお約束します。そうすれば、――申し訳ないですけど、孤児院はいずれ閉院しなければならなくなる」

「……」

「魔法のこともお手伝いできそうです。発音ですよね。教えます。それに僕は領都に住んでいるから、メルチータさんが欲しがっている魔法の資料があれば送ることもできる。あと、他には――……メルチータさん?」


 メルチータさんは。

 どこかぽーっとした表情で、僕を見ていた。

 しかも、スリープ状態から復旧するまできっかり3秒はかかった。


 踏み込みすぎた、かもしれない。


「…………ごめんなさい。迷惑でしたか」

「あっ、ち、違うの……!」


 メルチータさんの顔がやけに赤い。

 耳なんて真っ赤だし、胸に手を当てている。

 ちらちらとこちらに向けられる緑色の視線はどこかうるんでいた。


 ……そうか。

 ここまで僕に打ち明けるつもりはなかったんだ。

 それを僕が聞いてしまったから、恥ずかしく感じているのだろう。


「大丈夫です。言いふらすような趣味はありませんから」

「いや……っ! ええと、これは、そういうのじゃないっていうか……! 私も分らないっていうか……! いやそもそもこれは年齢差が……うーん……」

「年齢差……?」


 少し、分からない。

 僕が伝えられる知識に年齢という変数が介在することはないはず。

 メルチータさんが年齢で僕を低く見積もるのなら、残念だ。


「なにか関係ありますか?」

「だ、大丈夫! とにかく!」


 んんっ、と咳払いしたメルチータさんはすまし顔を取り繕った。とにかく顔が赤い。……けれど、さきほどまでとは表情が全然違って、僕はとりあえず安堵する。


「その、魔法の話、だけど……」


 今度は僕が動揺する番だった。

 上目遣いの緑の瞳は透き通っていて、しかも、潤んだまま。

 そもそもが美人だし、この表情はやりすぎだ。


「発音とか、文献のこととか……お願いしてもいい?」

「もちろんです」

「やった! ありがとう! タカハくん!」


 メルチータさんは目をキラキラと輝かせて僕の両手をとった。その笑顔は僕が0歳だったときと少しも変わらない。メルチータさんはいろんなことを考えて、いろんな表情をするけれど、笑顔はとても純粋だ。


「元気、出たみたいですね」

「…………え?」


 しばらく表情を凍りつかせたメルチータさんは、ゆっくりと僕の手を放した。


「私……そんなに?」

「はい。たぶん、5歳の子どもだって空元気だと分かりますよ」

「……そっか」

「メルチータさん、僕はいくらでも魔法の実験台になります」

「ほんとっ!?」


 緑色の目が輝いた。

 反応が分かりやすくてありがたい。


「ただ、孤児院の件、きっちりケジメをつけてからにしましょう」

「あ……」


 メルチータさんは大きくうなずいた。


「……犯人を捕まえるっていうことね?」

「そうです。犯人を捕まえるまで、僕はパルム村の駐屯任務を離れることも出来ないですし、メルチータさんの楽しい楽しい個人授業を受ける気分にはなれないですから」

「…………いよぉしッ!」


 メルチータさんは謎の掛け声とともに立ち上がった。


「犯人をとっちめる! 孤児院の子どもたちとの微妙な空気を解消する! そして……タカハくんに魔法を教えてもらう!」

「はい、もちろんです」


 僕は微笑んだ。

 そんな僕をメルチータさんはしばらく見つめる。


「……タカハくん」


 そして、魔法の奇跡に初めて触れた少女のように無防備な表情で、首をかしげた。


「ずっと気になっていた。ゲルフ様の子どもが従騎士になるなんて、おかしいと思っていたの。パルム村でもすごく計画的に動いているみたいだし……あなたは、何をしようと・・・・・・しているの・・・・・?」

「それも……孤児院の件が片付いてから、ということで」


 お茶を濁す。

 とりあえずですね、と僕は言った。


「子どもたちには予定通り孤児院に戻ってもらいます」

「……そうね。そうするしかない」

「僕の推測ですが……犯人は近いうちにもう1度仕掛てくると思うんです」

「同感よ。前回の放火で、犯人は何も得ていないもの」


 僕がする程度の考察は、とっくに終えているのかもしれない。


「私は孤児院をそれまでと変わらず運営すればいいのね?」

「それは、犯人がもっとも嫌がる展開でしょうから」

「うん。分かったわ」


 りんとした雰囲気で、メルチータさんは僕にうなずいた。

 そうする彼女のさま孤高・・だった。高山に1輪で咲く花のようで、北限山脈のようで、竜のような雰囲気。

 さっきまでの、孤独の影におびえるメルチータさんとは違っていて。

 僕はそんなメルチータさんに思わず右手を差し出していた。


「パルム村のほうでは今、みんなが収穫祭の打ち上げをしています」

「……タカハくん?」


「その席で――――僕と1曲踊っていただけませんか」


 一瞬だった。

 メルチータさんの顔が炎でも出そうなほどに赤くなる。

 けれどメルチータさんは緑の瞳でしっかりと僕を見て、言った。


「……喜んでお受けします。騎士様」



――



 ちなみに。

 メルチータさんのダンスは壊滅的だった。

 これは余談。




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