第63話:「収穫祭をします」と僕は言った。
妖精種の少年リュックは『ルドルフとレイチェルが牧場のほうへ出ていったときしか見ていない』と言った。
対するレイチェルとルドルフの2人は『牧場にいた』という主張を変えなかった。そして、『牧場は孤児院から北限山脈の方向にあるから、犯人の姿は見えなかった』と。
疑いだしたら、だれでも疑える状況だった。
けれど――
「……『土の9番』まで教えたのは、あの2人だけだから」
メルチータさんは思考の読み取れない少し暗い表情で、そう言う。
こっそり解析の魔法で子どもたち全員のステータスを読み取ってみたが、結果は同じ。『土の9番』が習得済みになっていたのは、ルドルフとレイチェルの2人だけだった。
もし、内部の犯行ならば、ルドルフ、レイチェル、そして、メルチータさんのいずれかにしか実行できないことになって――――
「……やめよう」と僕はだれにでもなく呟いた。
内部の犯行、という可能性は限りなく低いはずだ。
僕はそう信じている。
――
確信も、新しい情報も得られないまま、数日が過ぎた。
その数日で、急かすように季節は秋に変わった。北限山脈から吹き降ろす氷の竜の息吹のような風が、村人たちの足を家に急がせる。そのせいで、村の広場はどこか寂しい印象だった。
孤児院の燃えた壁板は、パルム村狩猟団の協力のもと、新しいものに張り替えられて、子どもたちは孤児院に戻るための準備を進めている。
そんなある日の日中。
僕は村長の家にいた。
「――――収穫祭をします」
部屋の中には村長、そして、狩猟団のヌインさん。
冬の蓄えや家の中で出来る手仕事の相談のために集まっていた場で、僕は2人に言った。
「祭、ですか……?」村長は首をかしげる。「冬が近づいた今に?」
「だからこそです。ヌインさん、蓄えのほうはどうですか」
「騎士様が1番お詳しいだろうに」とヌインさんは苦笑した。
「僕、褒められたい性質なんですよ」
「あ、犬人族っぽいな、そこは。……例年に比べて、動物の肉の保存方法や、木の実の処理の精度が格段に上がったから、蓄えは十分です。クロッカもあるし」
「で、これは畑のプナン芋の収穫を抜きにしての状態です」
そう。
今のパルム村にはかなりの食料的な余裕がある。
僕の視点から見て、節約できるところをきっちり切り詰め、増やせる部分をきっちり追求しただけだ。
けれど、思った以上に効果的だったようだ。
僕は声をひそめた。
「収穫祭の目的は3つ。1つは村人たちの慰労という意味で。もう1つは孤児院の子どもたちを励ましてあげたいからですね」
「まあな。その点では、いい計画だと思うぜ」
「最後の1つはなんですかな?」
「宣伝効果です。『あの従騎士が来た村は食料に余裕ができる』……そういう風に触れ回ってほしい。次の駐屯任務をよりスムーズに行えますからね。ですので、他の村からも人を招きたいと思っています」
村長は目をくわ、と開いて硬直し、ヌインさんは「まいったねえ」と呟いて遠くを見た。
「あんた、ほんとうに14歳かい?」ヌインさんが言った。
「ご想像にお任せしますよ」
「……ったく。末恐ろしい騎士さまだぜ」
「どうでしょう、村長」
ふるふると、ゆっくり村長は首を振った。
「断れるはずがありますまい。だれも、損をしないのですから」
「村長に号令をかけてもらうそのお手間が、損といえば損でしょうか」
「ふむ……。そうだ、騎士様。その損とはつり合いませぬが、質問を1つ」
村長は身じろぎをして、さらに膝をつめてきた。男3人のヒソヒソ話だとしても、かなりの至近距離と言えた。村長は衰えを感じさせない鋭い視線で、僕の目を見てくる。
「実際のところ――騎士様は今回の放火事件、どうお考えですか」
「……」
僕は素早く村長とヌインさんの表情を盗み見た。
薄められた可能性の1つとはいえ、この2人も完全にシロとは言えない。
「1つだけはっきりしているのは、放火が重罪であることです」
「……それはそうでしょうな」
「肉体奴隷の命を奪った者と同程度の罰だったと記憶しています。犯人だと発覚すれば、悲惨な未来が待っている。それを承知で犯行に及んだにしては……なんというか中途半端な印象がします」
村長はきょとんとした顔をした。
「中途半端、ですか……?」
「ええ。孤児院が目障りならば、もっと入念に燃やしていたはずです。『土の9番』を何度も使えばいいだけですからね。……裏を返せば、犯人にはあの中途半端な量の魔法を使う理由があった」
目を閉じたネイエさんがドーベルマンを連想させる皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「……わかったぜ、騎士様。言いたいことがさ」
「はい。例えば、犯人が孤児院の子どもたちに危害を加えたくないと考えていた……とか」
村長が驚いたように膝を打つ。
「あくまで考えの1つですが」
僕は腕を組む。
犯人が中途半端な量の魔法を選んだ理由……か。
孤児院は燃やすけれど子どもに危害を加えるつもりはなかった。
もしくは、燃やすこと自体が目的か。
それは……犯人にしか分からないこと。
けれど、僕の中には放火された日に抱いた『確信に近い直感』が残っていた。
僕のこの直感がもし正しければ。
犯人は近いうちにもう1度仕掛けてくる。
「…………ま、その前に収穫祭ですね」と僕は言った。
ヌインさんがため息と笑いの中間のような空気を吐き出した。
「繰り返すがな、あんたほんとうに14歳かい?」
「ご想像にお任せしますよ」




