第62話: 「みなさんの力を貸してください」と孤児院の魔女は言う。
その日は、嵐のような忙しさだった。
現場の検証をメルチータさんと行った後、パルム村の村長と意見を交換し、子どもたちをパルム村に避難させることに決定した。
「今日、皆さんに集まってもらったのは他でもありません」
夕方。
パルム村の集会所。
僕は、無理を言って、パルム村の全村民に集まってもらった。
「知っている人も多いと思いますが、パルム村の北にある『孤児院』が今日の早朝、放火されました」
ざわ、ざわ……と。
不気味な森の中にいるときのような囁き声が、村人たちの間で広まる。
僕はそんな村人たちの様子を観察した。怪しい動きをした人物はいない。
ま、こんなことでボロを出すような人が魔法を使った放火を行うはずはないか……。
「発見が早かったため、さいわい子どもたちに怪我人はありませんでした。今は集会所の別室で休んでもらっています。では……」
僕は一歩、身体を引いた。
「孤児院の管理人の、メルチータさんです」
深緑のローブを揺らして、メルチータさんが僕の隣に立った。
「みなさん、お久しぶりです」
メルチータさんは凛とした声で言う。
10数年前、パルム村が冷夏に見舞われたとき、村に滞在していたメルチータさんは、子どもが捨てられることに耐えられず、『虹の大魔法使い』とともに孤児院を建設した。その後、村人たちとの付き合いは継続していたはずだけれど……パルム村そのものに対しては『お久しぶりです』ということになるのだろう。
消えないかさぶたのような微妙な関係だった。
「少しだけ、話をさせてください。私たちの、孤児院の話です。
…………孤児院では、毎日、事件が起こります。
私の魔法の授業がイヤで北限山脈に逃げこんだ女の子がいました。眠る場所がきっかけで殴り合いのケンカを始めてしまった男の子たちがいます。孤児院の中で恋愛をして、大人顔負けの傷つきかたをする子もいます。複数人で1人をいじめたりするようなこともありました。領都に出ることを夢見てなんども飛び出そうとした子どもがいます。
そのたびに。私は子どもたちと同じくらい傷ついて、でも、私なりに乗り越えてくることができたと思います。
私は、あの場所が大好きなんです」
僕も、村人たちも、少し驚いてその話を聞いていた。
「孤児院を始めたとき、私は、みなさんのことを非難しました。あのときの私は、幼く、なんでも自分の手で出来ると思っていた。……当然、私1人の力では孤児院を維持することはできず、村長さんをはじめとするたくさんの方の支援のおかげで、孤児院は現在まで続いています。
今回のことでもそうです。
現状、私1人では、子どもたちを守ることができません。
こんなことを私に言う権利はないのは分かっています。
でも、それでも……」
孤児院の魔女は深く頭をさげた。
「どうかみなさんの力を貸してください」
沈黙が海のように広がって、時間が凍りつく。
――――かに見えた。
「いや、先生。心外だねえ」
声。
中年の妖精種の奥さんだった。
「あたしたちがそんなに冷たい人間だと思ってたのかい?」
「……え?」
「胸をはっておくれよ、先生」
妖精種の奥さんの表情は穏やかだ。
「あたしは先生のことをこれっぽっちも悪く思ってない。なんていったって、先生のおかげで、私は息子ともう一度家族になれたんだ。今はビーノ村のほうに稼ぎに出てるけどね。あの子はいつでも先生のことを話していたよ」
「アギルくんには……最後まで嫌われてたのかと……」
「そんなはずないじゃないか。あの子だって、孤児院が大好きだったんだから」
「…………あ」
「よし」犬人族のヌインさんが膝を打って立ち上がる。「パルム村狩猟団はしばらく休みだ。クロッカのおかげで蓄えもたっぷりあるし……大仕事が出来たからな」
「孤児院の修理っすね!」モヒカンが少年のように言う。
「そうだ! いいよな? 村長、騎士様」
「止めることが出来るはずはあるまい」
僕も頷き返す。
「……うちは毛布が余ってるぞ!」
「じゃあ、私は子どもたちに機織りを教えようかねえ」
「若いのは狩猟団にスカウトするか……?」
わいわいと村人たちが提案を始めた。
メルチータさんはその様を呆然と見ている。
ゆっくりと、メルチータさんに村長が歩み寄った。
「相変わらず気負いすぎだと思うよ。孤児院の魔女殿」
「え、そ、そうでしょうか……?」
にこやかな村長の言葉を受けて、メルチータさんはちらりと僕のほうを見た。
「分かんないですけど、孤児院の話はちょっとクサかったんじゃ?」
「~~ッ!」
メルチータさんの顔が首のほうから一瞬で赤くなった。アニメみたいだった。赤い直線が上昇してくるというありがちな演出そのまま。
「いや、でもですね。僕は感動しました。すごくいい話だって思いましたから」
「ニヤニヤしてる……」
「し、してないですよ」
「うう~」
やりとりを聞いていた村人たちがどっと笑う。
「……で、協力ってのは具体的にどういうことをすればいいんだ?」
メルチータさんは表情を引き締めて、ヌインさんを見る。
「今朝、不審な人影をみかけなかったか、情報があれば教えていただきたいのです」
「犯人探しってことだな」
「犯人は魔法を使って孤児院に火をつけました。魔法使いが関係していることは間違いありません。どんな些細なことでも構いませんのでお願いします。しばらくはパルム村に滞在させていただくので、私に声をかけてください」
「……ちなみに、なんだが。この中に犯人がいると思うか?」
ヌインさんの直接的なその言葉は、重要な問いかけだった。
僕は、可能性はもちろんあると思う。
孤児院にたどり着くには、パルム村を横切るか、パルム村の周囲の森を抜けなければならない。村人の犯行であるならば、目撃証言はほとんど挙がらないはずだ。1番簡単に疑えるのはパルム村の村人のだれか。
だけれど――――
「私は、その可能性がきわめて低いと考えています。なぜなら、みなさんが放火することに利点はないからです」
メルチータさんの言葉に、僕もまったくの同意だった。
孤児院は村長さんなどの一部の人を支援を受けつつ運営されているが、つまりは善意の寄付だ。そして、その他の点では、孤児院はパルム村に一切の迷惑をかけていない。
対して、招集で家族を失ってしまった子どもを孤児院は面倒を見ている。
村という単位ならば、孤児院の存在はメリットのほうが大きいはず。
個人的な恨みが動機ならば想像することもできないけれど、子どもたちやメルチータさんがそんな恨みを買うとも思えないし。
「よろしくお願いします」
メルチータさんはもう1度深く頭を下げて、その場は解散となった。
すぐに知り合いの村人たちがメルチータさんを取り囲んで、心配と同情の言葉を投げかける。
ときを同じくして、僕にも少々不愉快な声がかかった。
「あ、騎士さま~騎士さま騎士さま騎士さま」
「……うっさいな、モヒカン」
にへら、と笑ったモヒカンがすぐ近くにいた。
「騎士さま、孤児院の子どもたちってどこにいるんすか?」
「え? 隣の部屋だけど」
「あざっす~」
モヒカンは揺れるような足取りで隣の部屋に向かった。
僕もついていくことにする。
扉を開けると、子どもたちがだいたい年齢ごとに固まって静かに会話をしていた。隣で大事な会議が行われてると分かっているのだろう。モヒカンに見習わせたいくらいの行儀のよさだ。
「みんな、話し合いは終わったよ」僕は声をかける。
「せんせーのところに行ってもだいじょうぶですか……?」
「行っておいで」
数人が部屋から飛び出していった。元気な子どもたちは村人の輪に加わり、賑やかな声がその場で弾ける。
「よぉ。レイっち、ルドっち!」
モヒカンがレイチェルとルドルフに声をかけた。
……そういえば。
2人と同い年のモヒカンは、2人と同じように孤児院にいた。
ルドルフが言っていたのを僕は思い出す。
「レイっちって……そのあだ名、変だからやめて~」
赤毛のレイチェルが耳をふさいだ。
「レイチェル、僕たちも言い返せばいいよ」
「あ。そだね」
長身のルドルフとレイチェルは息を合わせた。
「「久しぶり、モヒカン」」
「ばっ! バカにしてんだろっ!? こんなカッコいい髪型、そうそうねえんだからな!」
それはどうだろう、と僕は思う。
同時に、僕はモヒカンの本名を知らないことに気付いて、心の距離が果てしなく遠いのだと再認識した。
「1つだけ言っとくぞ? 俺からモヒカンをとったらどうなると思う?」
「ハゲだな」とルドルフ。
「なにも残らない」とレイチェル。
モヒカンが崩れ落ちた。
「……ルドっちの優しさを感じたぜ。ルドっちは優しい。ルドっちは」
「だ、だって事実だよね……?」
レイチェルが追い打ちをかける。
仲いいんだな。
「――――ルドルフ、レイチェル」
モヒカンでも僕でもない声が割りこんできたのは、そのときだった。
僕は振り返る。そこにいたのは、妖精種の少年、リュック君だった。
「どうした? リュック」
穏やかにルドルフが問いかける。
対するリュックは――両手をきつく握りしめていた。
そして、ごくりと唾を飲み込む。
よく見れば、額には少し汗が浮かび、息も浅い。
それは、ふつうの状態じゃなかった。
「今日の朝、さ……」
リュック君はつっかえながら言った。
「2人は、どこに居たんだ?」
……え?
ルドルフとレイチェルは言うまでもなく。
モヒカンすらも沈黙して、動きを止めた。
「朝、ぼく、おしっこをしたかったから目がさめたんだ……。外にでて、もどろうとしたとき、2人が外にでてきた。牧場にいったんだと思ってた。でも、火事になったのはそのすぐあとだった」
「…………リュックの言うとおり」
ルドルフに表情という表情はない。
「僕とレイチェルはそのとき、牧場にいた。孤児院が燃えてることに気付いたとき、僕たちは外からそれを見ていた」
「なんで、あんなに朝早くに?」
「雲の感じを見て、今日は晴れると思ったんだ。晴れる日はできるだけ長く羊を外に出しておいてあげたい」
「いつもなのか?」
「待って。リュック」
遮ったレイチェルの目は悲しげだった。
「私たちのことを疑ってる?」
リュックは目を丸くする。「ち、ちがう! ちがうけど……――」
「どうしたの?」
メルチータさんが部屋に入ってきた。不穏な空気に気付いたのだろう。表情が固くなっていく。
僕は簡単に状況を説明した。
「…………」
僕の説明を聞き終えたメルチータさんはゆっくりと息を吐き出した。
ここまで悲しげな弧を描く眉を、僕は見たことがない。
「あり得ない。そうだよね? 2人とも」
「はい」とルドルフが答えて、レイチェルは首を縦に振った。
「この話は私が預かる。リュック、今から少し話そうか。2人は待ってて」
「僕も立ち会います」
メルチータさんはゆっくりと僕を振り返った。強張った表情を見るだけでわかる。メルチータさんは疲れきっている。
「ありがとう。助かるよ。……タカハくん」
メルチータさんは力なく微笑んだ。




