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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
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第61話:「みんなはぐれないで!」と僕は指示を飛ばす。




 馬を下りた僕は、背負った杖を手に持ち、炎を上げる孤児院へ一直線に走った。孤児院の外の畑には子どもたちが集められ、8歳くらいの少年少女がもっと歳の小さい子どもたちをあやしている。


「きしさまっ」「きしさまぁ!」と泣きじゃくる小さな子どもたちが呼んでくれる。


「畑にいれば安心だ! 絶対みんなはぐれないで!」


 僕はこの場の最年長と思われる少女に声をかけた。


「メルチータさんとルドルフは!?」

「ま、まだ中です!」

「……ッ」


 僕は燃え上がる孤児院を見た。燃えているのは、パルム村側の1面だけのようだ。重要な部分が石造りだから、あまり燃え広がってもいない。建物が燃え落ちるということは少なくともないだろう。

 メルチータさんとルドルフは優秀な魔法使い。

 大丈夫。

 僕は消火をするべきだ。


 急いで炎が激しい部分に回りこむ。


「”水―12の法――”」


 単位魔法ユニットは『水の12番アクアスフィア』、大水球を生み出す、中級魔法。


「”―今―眼前に ゆえに対価は 10”!」


 僕の目の前に、僕の身長ほどもある水球が一瞬で顕現けんげんした。

 イメージするのは火元への疾走。果たして、水球は僕の意図に応えた。ずんと大水球が着弾し、水しぶきを散らせる。爆発的な水量が炎を押しつぶす――――


 かにみえた。


 まるで、炎の巨人が布団を払いのけたかのように、僕の放った大量の水の下から、炎が再び立ち上がる。


「どうなってる……ッ!?」


 かなりの水量だったはずだ。

 もう1発叩きこむか。そうすれば……。


 不意に、僕は気付いた。

 炎の根本になにか・・・がある。

 孤児院の木製の壁に黒く粘りついている物体。

 あれが、炎の起点だ。


 1秒にも見たない思考の時間で、僕は冷静さを取り戻していた。

 火に水をぶつけた。それは火は水に弱いというイメージに依存した、無意味な行動だった。

 火は、生き物。

 空気がなくなれば、どんなに大きな炎であっても窒息する。


「”土―1の法―2つ―今―眼前に ゆえに対価は 12”!」


 『土の1番サンドスプレッド』は、実戦では敬遠されがちな、砂粒を地面から飛ばす魔法だ。単位魔法ユニットの状態ではきわめて威力が低く、撃ちだされるスピードもゆっくりだから、使い勝手が悪い。

 だが、孤児院の建物を壊せないこの状況では最適解だ。


 僕の爪先のあたりから解き放たれた砂粒は、まるで濁流だくりゅうだった。密度の高すぎる砂のシャワーが孤児院の壁面を塗料のようにおおっていく。

 炎はしばらくもだえるように砂嵐の下から顔を出したけれど、やがて力を失い、消えていった。


 僕は一息をつく。

 孤児院の正門側に回りこんだ。

 小さな子どもたちは大声で泣いて、年上の子どもたちがそれをなだめている。


「タカハくんッ!」


 孤児院の中から綺麗な金髪をすすで汚したメルチータさんが出てきた。


「土で消すなんて考えたわね。……ありがとう。ほんとうに助かりました」

「いえ。それより、みんなは無事なんですか?」

「ええ。リュックの寝坊をこんなにも本気でしかりたかったことはないわ」


 僕は小さく笑った。冗談が言えるなら大丈夫だろう。


「メルチータさん、これを……」


 僕はメルチータさんをうながし、孤児院の壁に近づいた。押し固められた砂粒をかき分け、その下にあるものを見つける。

 1番炎が強かった部分。

 その炎の起点には、僕の胴体くらいの大きさの、黒いなにか・・・が、張りつけられていた。


 メルチータさんの目が大きく見開かれる。


「――――『土の9番フランブル』ね。間違いない」


 メルチータさんが地面から木の枝を拾って、物体をつついた。ボロボロと炭化した部分が崩れて現れた中身は、土っぽい色合いだ。つうん、と前世でいう灯油やガソリンのような臭いがする。


 『土の9番フランブル』は、わずかな範囲の地面を『可燃物』に変質させる単位魔法ユニット。招集では集団戦術として有効活用されることも多い。


「可燃化させた地面を、投げつけたのかしら? 魔法で運んだ? そこまでは分からないけれど、孤児院の壁に押し付けた。そして、火をつけた」


 言い切ったメルチータさんはうつむいた。

 その肩がどうしようもなく震えだす。


 僕はそれを支えた。14年間で僕はメルチータさんの身長を追い越している。両手で支えたメルチータさんの肩は、こんな悪意を受け止めるには、あまりに小さかった。


 僕は逆に、驚くほどに冷静だった。

 怒りの感情は振りきれ、一周回って動揺していない。心臓だけが締め付けられて、速いリズムで拍動を続けている。


 悪意。

 それも、ただの悪意ではない。

 これは魔法使いがもたらしたものだ。

 たくさんの子どもたちが眠る孤児院を、犯人は魔法を使って・・・・・・、燃やしたのだ。


「タカハくん……ごめん……裏手に連れていって……」


 僕はメルチータさんの肩を支え、子どもたちから見えない角度までゆっくりと歩いた。孤児院の影にかくれたメルチータさんは崩れ落ち、その場で嘔吐おうとした。


「……ッ!? ……うぅ……はっ、はっ……はぁっ……」


 僕はゆっくりと背中をさする。

 メルチータさんの背中はいつまでも小さく震え続けていた。


 僕の中には、確信に近い直感があった。

 ラフィアとエクレアに協力をお願いしよう。

 あること・・・・を確かめる必要がある。




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