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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
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第59話:「感謝の言葉も不要ということになりますね」と徴税官は言う。




 その日、パルム村に珍しい来訪者があった。


「今回は、みなさんにお知らせがあります」


 黒とも紫とも見える長髪と、猫が笑ったような細い目の、人間ヒューマン。ビーノ村で騎士ファラムをたずねてきた領都出身の市民、ニンセン徴税官だった。


 ニンセン徴税官は村人たちを前にして、壇上だんじょうから言った。


「ムーンホーク領都からのお達しです。今年から1年間の徴税を、2割少なくします・・・・・・・・


 村人たちはぽかんとした表情で、しばらく徴税官を見上げた。

 だが、徐々にニンセンの言葉が理解され、どよめきが広がっていく。そのまま歓喜の声に変わる。


「2割……ッ」「余裕ができるな!」

「ティーガを仕立て直せるわ……!」

「いや、布団を手に入れよう! 毛布も!」


 木の葉がこすれ合うような村人たちの声を、ニンセン徴税官が手のひらで制した。


「――――しかし、要請があります」


 村人たちは沈黙した。

 要請というが、実質は命令に近い。


「ビーノ村からここ、パルム村までを貫く大街道だいかいどうを整備する予定が進行しています。オウロウ村、パルム村、エリテ村、ニン村まで、馬車がすれ違うことのできる幅をもった街道を整備する計画です。パルム村からは、そこに、労働力を提供していただきます。具体的な人数と数字は、改めて――」


 広場のすみっこのほうで、僕は腕を組んでニンセン徴税官の言葉を聞いていた。


『食べ物の代わりに、労働力によって税を納めよ』。これはつまりそういう命令だ。僕の頭のなかでそろばんが弾かれる。2割の税減とはいえ、その代わりにこのくらい人数を持っていかれると辛いな、とあたりをつける。


「タカハ様」

「は、はいっ」


 僕は動揺した。

 目の前には、演説を終えたばかりのニンセン徴税官が居た。計算に集中しすぎていたようだ。


「お仕事をお邪魔してすみません。村人たちを作業員としてお借りすれば、騎士団の駐屯ちゅうとん任務が遅延してしまうのに……」

「いえ、するべきことはいくらでもありますから」

「なかなかおもしろいことをやられているようですね」


 徴税官は目を細めて、村の全体を見渡みわたした。


「狩猟団も以前とちがう活気がありますし、それにあれは……畑ですか?」

「はい」


 農業は最近、ムーンホーク領都の周辺で、研究が進められている。


 公爵閣下が大好きな『プナン芋』や小麦によく似た『オール麦』が十分に食用に出来、かつ、収穫量も多いと報告されていて、僕はゲルフにそのサンプルをもらってきていたのだった。

 村のすみの少し日当たりがいい部分に、狩猟団の奥様方の協力の下、畑が作られている。麦のほうは冬を超える必要がありそうだが、プナン芋は冬の前に1度収穫ができる予定だ。木の実の収穫と比較して農業の有効性があれば、爆発的に広まるだろう。

 真面目にやれば、駐屯ちゅうとん任務、面白いかもしれない。


「公爵閣下が力を入れられているのです。農業は」


 領都事情に詳しいニンセン徴税官が言う。


「最近の閣下は――その、誤解を覚悟で言いますが、お人が変わられたみたいに内政に取り組んでおられます。反対も多いですが、私は合理的だと思います。貨幣経済と農業には、未来への大きな活力を感じるのです」

「活力……」

「つまり税収につながるということですが」


 ニンセン徴税官はちらっと舌を出した。


 それを聞いていた一部の村人たちが「徴税官様、勘弁してくださいよ~」「頭のいい方だから、ちょろまかしたり出来ないんだよな」と笑いかける。


「頂いた税は、私が自ら量を数えてますからね」

「真面目なお人だ。前の徴税官様とは大違いだよ」

「職務ですので……。みなさん、今後ともよろしくお願いしますね」


 村人たちが散っていった。

 確かに、ニンセン徴税官にはお金を預けてもいいと思わせるような、不思議な安心感がある。


「そうだ、タカハ様。もしよろしかったら、孤児院まで案内していただけないでしょうか」


 僕は首をかしげた。「少し、遠いですが」


「見ておきたいのです。つい最近まで、私はその存在を知らなかったものですから」

「……わかりました」


 僕はうなずいた。

 馬を2頭借りてきて、森の中の細い道を北へ進む。

 しばらくして森が切れた。

 視界いっぱいに広がる北限山脈と、その手前の裾野すその。ぽつりと建つ孤児院。周囲には畑がある。この前たずねたとき、僕は疑問にも思わなかったけれど、メルチータさんは独自の知識で畑をつくったのだろう。やっぱりすごい人だ。


「今はパルム村との関わりは……?」

「続いている、との話でした。招集で孤児となった子どもを引き取ってもらうことがあるとか」

「そうですか……」


 ニンセン徴税官は細い目をさらに細めて、北限山脈を見上げる。


「壮大ですね。素晴らしい景色だ。心が洗われるようです」

「はい、そう思います」

「……お時間を頂いてすみません、タカハ様」


 僕と徴税官はしばらく馬の背に揺られた。


「タカハ卿」

「はい」

「私は決めました」


 ニンセンは真剣な表情で言葉を続けた。


「孤児院の先生は成人した魔法奴隷です。そして、私は徴税官だ」

「……あ」

ですが・・・、私はあの孤児院のことを知りません・・・・・。知らないものから税を取り立てることはできないので、私が彼らに関わることはもうないでしょう」


 僕は驚いて徴税官を見た。

 それは、個人的な裁量で、あの孤児院から税を取り立てない、という決定だ。

 今はメルチータさんだけだけれど、16歳のルドルフとレイチェルはすぐにでも成人する。その税を免除する、ということだ。


「……ありがとうございます」僕は言う。

「その感謝の言葉も、不要ということになりますね」


 ニンセン徴税官は肩をすくめて笑った。



――



 朝は狩猟団の指導、日中は木の実仕事を手伝い、夕方には魔法の授業を行う。それが日課となっていた。1日が終われば、よれたティーガのようになる。心地よい疲労感だった。


 なかなかに濃密だったパルム村の7日目も、もうすぐ終わろうとしていた。


「――風属性の基本的な攻撃魔法は、2種類に分類されます。『風そのもの』と『雷撃系』の魔法です。このことからも、風属性が招集ではやや使いにくい魔法であると理解できます」


 集会所で毎日開催している僕の『招集での魔法』という講義は出席者も増えて、今は村人たちの約半数くらいがいる。40人くらいかな。年上の人たちがふんふん、と話を聞いてくれるのは、なかなかに面白い状態だった。

 僕はほんとうに駐屯任務にハマってしまうかもしれない。


「えー、なんでっすかー?」


 うえーいと手を挙げたモヒカンが僕の話をさえぎった。

 イラッとするが、モヒカンにこそ理解してもらうことが重要だろう。


「『風そのもの』の攻撃力がきわめて低いことは理解できますか?」

「んー、まー、なんとなく?」

「気体をぶつけたとしても、敵の戦力に大きなダメージを与えることはできません」


 僕は人差し指を立てた。


「で、あるならば、実際に招集で使えるのは『雷撃系』……と思われますが、こちらは制御が難しいという問題がある。……モヒカン!」

「わひゃいッ」


 モヒカンは、今の数秒で眠りに落ちかけていた。


「なぜ、『雷撃系』は制御は難しいのか」

「んー、そりゃ、あれでしょ?」


 ぽりぽりとモヒカンは首をきながら言った。


「雷は高い木や鉄に落ちる。だからその……テキトーにぶっ放せば、味方にも当たっちまう。……そういうことじゃないっすか?」

「せ、正解だ……」


 おー、と村人たちが拍手をした。モヒカンはまんざらでもない表情をした。


「ですが、この村に伝承されている『精霊言語』は風属性の1系統のみです」


 土、水、火、風、空、識、時。

 7つの属性がある精霊言語は、そのそれぞれによって、発音が微妙に異なる。

 いうなれば、精霊様それぞれのなまり。

 その訛りを表現するのは極めて難しく、多重属性の使い手という時点で、かなり優れた魔法使いと評されるのだった。


 個人的には攻撃と防御のバランスが1番とれているのは土属性だと思っていて、土属性の精霊言語を広めたいのだけど、時間の問題で不可能。

 となれば、できるのは、村にある属性をどのように活かすかを助言することだ。

 パルム村の場合は風属性の1系統、だから。


「基本的に、風属性の使い手の役割分担は攻撃です。初心者は『風の8番ストームエッジ』、慣れている人は『風の6番ライトニングボルト』をメインで使用し、他の村の出身の土属性の使い手に守ってもらうようにしてください」


 大人たちが一斉にメモをとる。……こういう知識をだれにも与えられないまま、この人たちは戦場に引っ張り出されていたのだ。

 僕の生まれ育ったピータ村はかなり恵まれていたのかもしれない。子どもたちは自分の教わる精霊言語を下位4系統の中から選ぶことができたし、ゲルフとソフィばあちゃんは上位3系統の発音まで操ることができた。

 僕は窓の外を見た。もうすぐ日が落ちる。


「今日は、このくらいにしましょう。明日は、防御魔法と味方同士の連携について考えます」


 羊皮紙を編んだ魔法書を閉じ、言う。

 集会場の空気が弛緩しかんする。


 その、寸前だった。


「騎士様、ちょっと待ってくれ」


 す、と挙げられた手が、時間を止めた。

 ゆっくりと立ち上がったのは犬人族ドグアの男だった。鋭い視線と、すらりとした手足、だが、体幹たいかんの筋肉は隆々りゅうりゅうとしている。ドーベルマンの風情。名前は知らないが、狩猟団の人だということを思い出す。


「ヌインだ。まずは……いつもうちのミーネが世話になってる。礼を言う」


 犬人族ドグアの男性の足元ではミーネちゃんが眠りこけていた。そのとなりには僕にウインクをしてくれるネイエさん。

 ネイエさんの旦那さんか。


「で、だ。――――単刀直入に、腹を割って話そうや」


 自分の眉がぴくりと動いたのを感じる。


「……腹を割って、ですか」

「ああ。質問に、すっぱりと答えてくれ。あんたは・・・・なにを・・・企んでる・・・・?」

「……」


 僕は腕を組んで、鋭すぎる視線を受けとめた。


「ほかの騎士様は、俺たちに魔法を教えたり、狩猟団の技術を高めたり、そんなことはしてこなかった。目的があるんなら、はっきりさせてほしい。ぞわぞわするんだ。返せもしねえ借りを勝手に押し付けられてるみたいな感じがするんだよ。なあみんな。そう思うだろ?」


 狩猟団の人たちを中心に賛同する声が挙がる。

 ネイエさんはおろおろと視線を彷徨さまよわせ、ミーネちゃんが薄目を開ける。

 村長は静かな視線を僕に向けていた。


 ちょうどいい、と僕は思う。

 緑のコートの留め金を外す。ティーガの右腕を、僕はまくり上げた。


「これを」


 村人たちが動揺するのがはっきりと分かった。

 僕の右肩に刻まれた、服従の証、奴隷印を彼らは見ている。


「僕は、ほんの1年前まで魔法奴隷でした。僕の村はさいわい、狩猟団がとても効率よく運用されていて、僕は魔法の師匠にも恵まれた。……だから、他の魔法奴隷が、意味もなく死ぬのは見ていられないんです。食料が足りない、招集での戦い方が分からない……そんな理由で、魔法使いの命が失われるべきじゃない」


 僕はヌインさんの目を見つめ返す。


「これは、まぎれのない本心です」


 しばらく、集会所を沈黙が埋め尽くした。

 動いたのは――ヌインさんだった。

 ヌインさんは座っている村人たちの間を歩いてきて、僕の目の前に立つ。


「信じさせてもらいますぜ……?」

「僕はまだ従騎士です。出来ることは限られていますが、すべてのことをします」


 ヌインさんは右手を差し出してきた。

 僕はそれを握り返す。

 ごわついた固い手のひらだった。


「騎士様、もう1つよろしいですかな?」


 村長が言った。


「ウィード様のことをご存知だった、その魔法の師というのは……?」

「師匠は『暁の大魔法使い』、ゲルフです」

「おお、ゲルフ殿の?」

「はい」


 村人たちの何人かも反応した。北西域の村にまで知り合いが居たのか……。

 まったく、と僕は内心にため息をつく。

 ゲルフへの感情はごちゃごちゃとしていた。


「まさに『暁の騎士』様ですな」


 村長が冗談めかして言った。




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