第56話:僕は孤児院の魔女と、再会する。
「『孤児院の魔女』……?」
「はい。村の北方、北限山脈のふもとの裾野にあるのですよ、孤児院が」
僕は村長の目を見た。
違和感があった。すぐにその原因に気付いた。
パルム村の孤児院の話を、どうしてこんなに他人行儀に話すのだろうか。
「隠しても、しかたありませぬな……」
ゆっくり、長く、息を吐いた村長は、生気そのものを吐き出してしまったかのように、小さく、くたびれて見えた。
「わしらの村は、10数年前の冷夏のおり、食料が足りなくなりましてな。……どうしても養えないものたちの子どもを、山に置いてこようとしたことがあったのです」
「……ッ」
「いたし方ありませんでした。しかし、ほうっておけば、大人たちも衰弱していたでしょう。狩猟団が弱れば、さらなる悪循環におちいってしまう。私が、決断をしたのです」
ピータ村狩猟団の実力と安定感を僕は思い出した。
狩りの日の手伝いは大変だったけれど、ピータ村に居た間、僕は食料の不安を感じたことなんて、たぶん1度もなかった。
この国には、パルム村みたいな村も、もちろんあるのだ。
脱走した奴隷も、いたのかもしれない。
「そのころ、村を1人の娘っ子が訪ねてきましてな。ウィード様の魔法を学びにきた、妖精種の可愛らしい娘っ子でした……。彼女は、子どもを山へ置いてくるという決断をした私たちのことをさんざんに罵ったあと、ウィード様とともに廃墟になっていたその建物を改修し、孤児院を建てたのです」
そして、と村長は言った。
「年老いていたウィード様はその数年後、亡くなりました」
ソファに身を沈めた村長は目を細めて、窓の外の――孤児院があるという方角を見つめた。
「孤児院とは皮肉な名でしょう? 気性が激しい娘っ子でしたからなあ」
「今はもう、パルム村との関わりはないのですか」
「いえ。そんなことはありません。今でも、親が招集で亡くなった子どもたちを引き取ってもらっているのです」
「そう、ですか」
「私はよく顔を出すのですが……。設立の経緯のせいで、村人たちは感謝半分、恐れ半分といった感じで、あまり近寄らぬのですよ」
――
次の日の早朝。
僕は狩猟団の視察に出た。
集会場の裏手にかけてから、森の入り口付近までが狩猟団のスペースになっている。手入れされた武具と、狩人の衣、そして汗のにおいはどこの狩猟団でも同じだ。
けれど、パルム村狩猟団はピータ村狩猟団とまったく違っていた。
彼らは鍛錬ということをしていない。
パルム村狩猟団の日課は、朝の8時ころの時間に集まり、狩りに行く。そして帰ってくる。それだけなのだ。
それは甘えだ。狩りは大自然との闘い。自分の体を鍛えたり、武術を鍛えることなしに、狩りの成功率が高まることはあり得ない。
「騎士さま! あよっざまぁす!」
……ていうかガラが悪い。
大声で絡んできた目の前の人間なんて、意味もなくモヒカンだ。狩りをしてる間に木の枝に引っかかるに違いない。
刺青を入れている者も多い。奴隷印の周りにそれを延長したかのような紋様が刻まれたりしていて、センスを疑う。
「オシゴト、ちょー大変そっすね! 同情しまーす!」
僕の手はすぅっと背負った杖に伸びていた。
……はっ。いかん。
思わず、魔法をぶっ放そうととしてしまった。
危ない危ない。
「木の実や仕留めた獣の量を見せてくれますか?」
「はー? なんでっすかあ?」
「僕が従騎士だから」
「……ちぇ」
あっさりと僕に背を向けたモヒカンに続き、狩猟団の管理する木組みの倉庫をのぞきこむ。うずたかく積まれた木の実の山と、皮をはいだ鹿の新鮮な死体がぶら下げられていた。
「これで1日の量なら、悪くないか」
「……でたー。騎士さま特有のイヤミ」
「え?」
「それで、3日の量っす」
「3日かけて?」
「3日かけて」
「たったのこれだけ……?」
僕はため息をついた。
これでは効率が悪いと言われても仕方ないだろう。そもそも木の実の種類だって少ないし、狩りも上手くいってるとは言い難い。
そのとき、僕はあることに気付いた。
…………マジで?
「えらっそうなこと言ってるけどな! じゃあ騎士さまはできんのかよ!? 木の実をとったり、獣をとったりってことがさ!」
できるよ。生存術なめんなよ。
モヒカンは大声を出した。その声につられて、狩猟団員たちが集まってきて、モヒカンを制止する。だが、彼らの視線に込められた思いはだいたい同じだった。『騎士が俺たちに口を出すな』。
昨日の魔法のように、正攻法でものを教えようとすれば、失敗する。
なら。
「――――僕と勝負しましょう」
団員たちが動きを止めて、僕を見た。
「村人たちに多くの食糧を用意できたほうが勝ち、っていうゲームです。期限は今日の昼、太陽が天頂に上るまで」
「はっ」とモヒカンは言葉と空気の間のようななにかを吐き出した。「上等だぜ騎士さま。俺がひねりつぶしてやるよ」
「いや、なに言ってるのさ」
「あん?」
「君1人じゃ勝負にならないでしょ? 僕は、パルム村狩猟団そのものに勝負を申し込んだんだけど?」
ツン……ッ、と空気が凍り付いた。
20人近い男たちが作り出す、怒りの牢獄だった。
「僕が負けたら、そうだな。この緑のコートをだれかにプレゼントして、パルム村には近づかないと約束するよ。その代わり――僕が勝ったら、パルム村狩猟団は僕の助言をすべて受け入れること。……こんな感じでどう?」
誰も、言葉を発しなかった。
ぎらついた視線で僕を睨み、狩りの衣と武器を手に取った男たちは次々と出ていく。
やれやれ、と僕は内心に呟いた。
どうやら上手くいきそうだ。
――
「ネイエさん、こんにちはー!」
日が天中に達する1時間以上も前。
僕はパンパンに膨らんだ袋を背負い、ミーネちゃんの家の前にいた。
家の中から、肩幅の広い美人犬人族が出てくる。
「はーいっ。……あら騎士さま。どうしたの?」
「村長さんから聞いたんですが、村で1番大きな鍋をお持ちだとか……?」
「ああ。あれね。ビーノ村の腕相撲大会で優勝したときにもらったのよう。使う? いいわよ。ちょっと待ってて」
最初から最後まで可愛らしい口調だったけど、ネイエさん、ものすごいことを言ってたぞ。ビーノ村の、腕相撲、大会……優勝……?
「はい。どうぞ。気を付けてもっていってね」
チャーミングな微笑みのまま、ミーネちゃんくらいならすっぽりと入りそうな大鍋を、ネイエさんは片手で運び出してきた。受け取る。めり、と僕の体のどこからか音がした。がんばれ僕。
「あ~、騎士さま~!」
「こ、んにち、は。ミーネ、ちゃん……」
とててっと近づいてきた柴犬幼女に僕は微笑んだ。
冷や汗びっしりだけど。
「主人からきいたわよ~。面白そうな勝負をしてるらしいじゃない」
この状況で世間話――ッ!?
みちみちみち……といやな音が聞こえる。
耐えるんだ僕の筋肉。
「あんなにキラキラしてた夫を久しぶりに見たわ。あの緑のコートを火にかけるのが俺たちの夢だったんだあ! って……あらごめんなさい。すごく失礼なこと言ってるわねあたしったらはははッ」
自分の言葉で自分が笑えるという、まるで発電機のような性質は、このくらいの歳の女の人の特権だと思う。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで――」
瞬間、僕はバランスを崩した。「――あ」
「よっと」
ネイエさんが落下を始めた巨大な鉄塊を、いともたやすく受け止める。
「あらー? 騎士さま、意外と力ないのね……」
「……そう、ですね」
相手が悪い、とは口が裂けても言えない僕だった。
結局、ネイエさんとミーネちゃんの力を借り、僕は狩猟団のスペースのそばに、水をいっぱいに湛えた大鍋を用意することができた。
集めておいた枯れ木を組み上げ、火をつける。ぐつぐつと沸騰したところに、僕は背負い袋の中身をすべて放り込んだ。
「騎士さま……?」とネイエさん。
「おかしいよ~? それ~」とミーネちゃん。
2人は不思議そうに首をかしげていた。
――
太陽が正中に上った。
僕のすぐそばには、ぐつぐつと煮立っている大鍋。
対するパルム村狩猟団には、鹿の死体が2頭、猪が1頭。
それを、村長をはじめとするほとんどの村人たちが取り囲んでいる、という構図だった。
――――正直、圧勝だ。
「あんなホラを吹いたんだ。その鍋の中身を、教えてもらうぜ?」
モヒカンがびしり、と人差し指をつきつけてくる。
僕は大きな箸を使って、鍋の中を大量に泳ぎ回る木の実の1つを取り出した。黒っぽいが、どこか赤みがかった表面はごつごつしている。見た目の印象だけなら、巨大化させた前世のライチに近い。
僕と向き合う狩猟団員たちが、どっと笑った。
「こいつは傑作だぜ、騎士さま! クロッカを食う、だって……!?」
「なぜ?」
「だって、クロッカを食う獣はいねえ。つまり、人間には食えねえってことだ。……そんなの、常識だろ?」
「……」
僕は無言で、ゆで上がったクロッカの実を2つに割る。
中から出てくるのは、餅のように白く、ぷるんとした果肉だ。少し冷ましてから僕はそれを飲み物のように吸い込んだ。腹持ちしそうな柔らかい触感と、ほのかに甘い香り、若干の酸っぱさ。
……うん。いつものクロッカの味だ。
僕はもう1つを鍋から取り出すと、2つに割り、モヒカンに手渡した。
「どうぞ」
「……だ、だってそれ、クロッカ」
「怖いの?」
「んなわけねえだろうがッ!」
モヒカンは思いっきり果肉にかじりついた。
その表情が凍りつく。
目が大きく見開かれ、呆然と周囲を見渡す。
「……んだこれ。めちゃくちゃうめえ」
ざわざわと村人たちのつぶやきが伝染していく。
「大鉄鍋に一杯。狩猟団が捨てておいてくれたクロッカをぜんぶ茹でてある。今日の全員分の晩ご飯までまかなえるかな……?」
硬直する狩猟団員たちの前で、僕は言った。
「クロッカの実は食べられる、ということが常識です。そんな程度のことを知らなかった。これがどれほど村人たちを苦しめてきたか、自覚してください」
狩猟団員たちの肩が小さくなる。
「明日からは、僕が狩猟団に助言をします。いいですね?」
――
パルム村を出て、天を突き刺す北限山脈のほうを目指す。
森の中を縫うような細い獣道が唯一の手がかりだった。
僕は『孤児院』へ向かっていた。『虹の大魔法使い』の遺志を受け継いだ魔女が、パルム村の北で孤児院を開いているのだという……。
その人に『軍団』の協力を頼めるかどうかはまだ分からないけれど、話を聞く価値は確実にある。
不意に、森が切れた。
「う、わ……」
思わず、声が出た。
僕の目の前にそびえ立つ北限山脈は、神が世界を仕切るために置いた絶壁だった。
鋭く、高く、遠く――その頂には夏でも解けない氷の冠がかぶせられている。もやのように霞んで見えるのは、ああそうか、『眠りの国』との国境、大障壁という名の未知の大魔法。まあ、あれがなくても、ここを越えようなんて、だれも思いはしないだろうけれど。
森がとぎれ、地面は岩がちに変わっている。
岩でできた荒野――北限山脈の手前に広がった裾野。
その一角に、ぽつんと孤児院は建っていた。
木材を石材で補強している、そこそこに頑丈なつくりの孤児院。その手前には岩がちな地面を掘り返して作った畑と、さらにその向こうには羊たちを放った牧場が見える。
僕は荒野を進み、畑の間を歩く。
正面から見る孤児院は大きい。
扉まであと20歩というところだった。
「だれだッ! おまえッ!」
鋭い声が、矢のように僕の足元に突き刺さった。
「へんなふく! そのみどりダサい! 不審者!」
まだ5歳くらいだろうか。妖精種の男の子が、僕に杖を向けている。
「こんにちは」
「あっ! こんにちは!」
全力で挨拶を返され、僕は苦笑した。相手が不審者だとしたら、そんなに刺激しないほうがいいよとあとで教えてあげよう。
少年は孤児院の扉の前で、まるでそれを守護する剣士のように、僕の前に立ちふさがっている。
さて、この難関をどう突破したものか。
「どうしたの? リュック?」
柔らかい女の人の声が扉のむこうから聞こえた。
「あっ、センセー! 不審者がきた!」
「えー? 不審者さん? そんな失礼なことを言っちゃダメでしょう?」
頭の内側が引っかかれたような感覚がしたのは、そのときだった。
あ……れ……?
僕は、この声を――――
ギィィ……とかすかな音を立てて扉が開く。
まず見えたのは、茶色の編み上げブーツ。
そして、森の深緑のローブ、インナーはぴっちりとした茶色のティーガ。
きらきらと流れる金色の長髪と、大きな緑の瞳。
陶磁のように白い肌と対照的な、尖った耳の先の赤。
「あら? 騎士様……?」
緑のコートを見て少し警戒した彼女の名前を。
僕は知っていた。
「――――メルチータさん!」
僕が1歳になるまで。
ゲルフに――『暁の大魔法使い』に、魔法を教わっていたのが、彼女だ。
首を傾げたメルチータさんは、胸の前で腕を組んでから、自分の頭をとんとんと人差し指で打つ。
「黒目、黒髪……騎士さま、いや、魔法使いで……15歳くらい……――あ」
妖精種のお姉さまは満面の笑みを浮かべて、僕に言った。
「14年ぶりだね。タカハくん」




