第55話:「それどういういみ~?」と森の村の幼女が言った。
森の中のパルム村は、僕の出身のピータ村によく似ていた。どこか懐かしさを感じながら、その門をくぐる。すぐに村人の1人が僕の緑色のコートに気付き、わらわらと家から村人たちが出てきた。
「村長さんはいらっしゃいますか?」と僕は近くの村人に問う。
みすぼらしい格好をした中年の人間の女性が顔を真っ青にして、人垣の中へ消えていった。
しばらくして、人垣が2つに分かれると、その向こうから年老いた人間がゆっくりと進んでくる。腰は曲がって、杖をついているけれど、緑の瞳は僕をじっくりと観察していた。
「騎士様、ようこそパルム村へ。村長のアーレンです」
「自分は従騎士第2階、タカハといいます。騎士ファラムよりこの村の『駐屯任務』を仰せつかりました」
「……その『駐屯任務』というのは具体的にどういったことなのでしょう?」
「パルム村は、人口に比べて食料や戦力を生み出す力が低いと判断されました。そのため、僕がしばらくここで指導をして、その改善を図りたいと思います」
「失礼ながら従騎士様、お歳は?」
「14です」
人垣にどよめきが広がった。
当然だと思うし、そんなことに動揺はしない。
僕は村人たち全員にぐるりと視線を送る。
「自分は魔法を深く学んできました。また、領都で開発された食料難を解決するための方法をいくつか用意してあります。すべてがこの村のためになる自信はありませんが、損はさせないつもりです」
「……わかりました」
村長は言った。
「立ち話もなんです。どうぞ、わが家へ」
人垣の間を進み、木組みの家にたどり着く。
僕と村長が入ったときにはすでに村長の奥さんがお茶を用意しておいてくれて、僕は村長とソファで向かい合った。
「つまり、我らの村は問題を抱えているということでしょうか」
「そうなりますね」
僕は用意してあったいくつかの質問をぶつけてみることにした――
1時間ほど話しこんだだろうか。
村長の話を総合すると、パルム村の2つの問題が見えてきた。
1つは周囲に森が少なく、狩猟団がうまく機能していなかったこと。
もう1つの問題は招集での損害率がほかの村の平均に加えて明らかに高いこと。
その2つは互いが原因であり、結果だった。
招集で後進を育てるべき年齢の魔法使いたちが命を落としてしまえば、彼らが知っていた知識は村から失われる。それは狩猟団についても同様だ。
そして、狩猟団の効率が悪いせいで、村人たちは慢性的に食糧不足の状態に陥っている。生きることに精いっぱいで、魔法や基礎教育を子どもたちに施している時間がない。
やはりピータ村と決定的に違うのは、魔法や狩猟の技術を後の世代に伝えていく体制だろう。
…………考えはまとまった。
「村長、村人たちを集めていただけますか?」
――
「まあ、こんなことだろうと思ったけどね……」
呟く。
「ねーねー騎士さま~。それどういういみ~?」
村長が貸してくれた集会場。
木造の建物としてはかなり大きいそのスペースには、僕と、5歳くらいの犬人族の女の子が1人いるだけだった。
小麦色の柔らかそうな髪の中から、可愛らしいおにぎり型の耳が飛び出している。犬の中でも完全に柴犬みたいな雰囲気の少女は、きらきらした視線を僕に向けている。
『魔法への理解を深めてもらう』。そういうテーマで授業のようなことをしようと思っていたが……来たのは女の子1人。てか村長、あんたも来ないってどういうことだよ……。
厳しいな。
14歳の騎士。受け入れられるのには時間がかかるだろう。
僕はちょうどいい位置にあった犬人族の少女の頭をぽふんと撫でた。「んふふ~」と嬉しそうだ。
たぶんこの子は、親にナイショでここにいるのだろう。
悪い噂を立てられても厄介だ。おうちまで送り届けることに決めた。
「1人来てくれただけでもとっても嬉しいな、って。お名前は?」
「ミーネです!」
全力のピース。
か、かわいい。
「ミーネちゃん、おうちの人は『騎士のところに行ってもいい』って?」
「うんっ」
「そ、そっかー」
そんな許可が下りるとは思えない。
「そうだ、今日の僕の生徒はミーネちゃんだけだから、ミーネちゃんのおうちで魔法を教えてあげるよ。連れていってくれる?」
「えー。へんな騎士さまー。いいけど~」
犬人族らしい機敏な動きで、ミーネちゃんは集会所を飛び出した。
細い通りをためらわず少女は進んでいく。ついていくのはなかなか骨が折れた。
たどり着いたのは、ちょうど僕の実家くらいの大きさの家の前。
その中は……戦場のように賑やかだった。
「マリシアああッ! あんたノームの服をとったでしょ!」
「そんなことするわけないじゃん! お母さんのバカッ!」
「じゃあだれがノームを裸にしちゃうのよ!?」
「……うあ?」
「ああああああッ! またそんなことしてえええええッ! 勘弁してよおおおおおおおッ!」
自分の家の前でくるりと僕を振り返ったミーネちゃんは、やれやれといった様子で肩をすくめた。ウインクのおまけつきだった。ませてるなあ。
「あらっ? ミーネ、帰ってきたの? ――って、騎士さまっ!!」
家から出てきたのは、どうやらミーネちゃんの母親のようだった。犬人族の母親は、肩幅がずいぶんと広いことをのぞけば、かなりの美人に属するだろう。きりっとした目元が魅力的だ。
「ごめんなさいねえ。子どもが多くて、騎士さまの集会には行けなかったのよう。アンタだけでもお話を聞いてきなさいってミーネには言ったんだけれど……」
お母さんはしばらく考えて、言った。「だれも来なかったのね?」
「ミーネちゃん以外は……ははは……」
「ここの村の人はね、みんな頭が固いのよ。でも、あたしとミーネは直感してるの。『この騎士さまは悪い人じゃない』って」
「……え、あ……」
「うちの家系は鼻が利くのよ」
腕を組んで笑ったお母さんは、まさに聖母だった。
後光がさして見える。
「あたしはネイエ。旦那は狩猟団の仕事に出てて――――」
「おかあさああああん!!」と家の中から声がした。
ネイエさんは大きくため息をついて、真剣な目で僕を見た。
「騎士さま、お願いがあるんだけれど」
「なんでしょうか?」
「ミーネに魔法を教えてあげてくれないかしら?」
一瞬考えて、断る理由がまったくないことに気付いた。
「はい、いいですよ」
「やったあっ!」
僕はミーネちゃんを連れて集会所に戻った。
だれも居なかった。
……というわけで。
記念すべきパルム村での初仕事は、幼女の家庭教師に決定した。
――
ミーネちゃんの家庭教師を終え、僕は村長の家に戻る。
『虹の大魔法使い』について尋ねるためだ。
ウィード様の名を告げるなり、村長は目を丸くした。
「その名をどこでお聞きになったのです?」
「僕の魔法の師から話を聞きました。パルム村の優れた魔法の使い手であったと。ぜひ、任務に際して、ウィード様のお話をききたいと思いまして」
「従騎士様、残念ですが、『虹の大魔法使い』ウィード様はすでに――」
「……まさか、亡くなっているのですか?」
「はい……」
「……」
これは、マズいな。
ゲルフとヴィヴィさんは北西域に『軍団』の手を広げるための中核的な存在として、ウィード様を頼りにしてた。僕もそれを前提でこの地での駐屯任務を選んだのだ。
となると……本当にヴィヴィさんが言っていたとおり、僕が魔法奴隷たちをまとめあげるしかないのか。
できるのか。
そんなこと。
僕に。
「しかし」と村長は言った。「その魔法は、受け継がれております」
がたんっとテーブルが音を立てる。
僕は思わず立ち上がっていた。
「だれに受け継がれたのか、分かりますか?」
村長は人差し指を窓の外に向けると、そこに見える北限山脈のほうを示した。
「この村の外れには『孤児院』が立っています。それはウィード様の遺産を使って建てられたものでしてな……。その管理を任されている、『孤児院の魔女』殿が、ウィード様だけの魔法を、受け継いでおるはずです」




