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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
55/164

第54話:「以後、お見知りおきください」と徴税官が言った。




 2日をかけて、夕方に馬車は北西域で最大のビーノ村に到着した。


「おー。これは……村じゃないね」


 エクレアが言う。


 領都とまではさすがにいかないが、石造りの家が建ち並ぶ大通りもあり、人口もそこそこ多いようだ。僕たちのほかに馬車も何台か走っており、魔法奴隷たちの往来も多い。北西域の中心地だ。


 僕は――――視線を感じていた。


 身に着けている緑のコートに集まる視線だ。


 僕の馬車の近くを通りすぎる魔法奴隷たちが、ちらりと僕を見て視線を外していく。その視線の意味を、僕はまだ知らない。北西域で騎士がどのように振る舞っているかによるからだ。


「騎士様のところにあいさつにいくんだよね?」


 ラフィアが首をかしげる。「場所は分かるの?」


「予想はつくかな」


 僕は大通りを進んで、1番大きな建物に目を付けた。そこには緑色の大きな布がかけられている。「たぶんあそこだ」


「ラフィアは馬車の番をしてて」

「うん」

「エクレアは――――」


 振り返った荷台に、青い髪の少女の姿はなかった。


「さっきなにかを見つけて降りていったよ?」

「す、素早い……」


 アートの材料でも見つけたのだろうか。

 少し心配だけれど、どうすることもできない。


 僕は馬車を建物のそばに寄せた。御者台から降りる。足に伝わる地面の感触は、ピータ村の地面とも、領都の石畳とも違った。まったく知らない場所に来たということを僕は改めて実感する。


 建物の扉は上質な木材で作られていた。


 中はずいぶんと広いけれど、人影はない。食堂みたいなスペースもある。騎士たちは任務に出ているのだろう。

 僕は『ご用の方はこちらへ』と書かれた羊皮紙の案内に従って、小部屋の扉の前に立った。

 ノックする。


「……どうぞ」


 中から、くぐもった男の声が聞こえた。


「失礼します」


 燭台しょくだいの明かりがともった室内は、広い。


 応接セットのような配置のソファとテーブルが手前にあり、奥のほうには書類を難しそうな顔で読む騎士がいた。中年の犬人族ドグアだった。ぎょろり、と視線だけでこちらを見る。


「ん? ……ああ。連絡にあった従騎士か……名は……」

「従騎士第2階、タカハです」

「ああそうだそうだ。タカハという名だったな。うん。ご苦労」


 それっきり、騎士は書類作業に戻った。

 ……え? それだけ?

 肩透かしを食らった気分だ。僕も資料を受け取っていた。騎士の名はファラムという。北西域の駐屯任務の総括をしているはずだ。僕は騎士ファラムが指導をしているうちの4つの村を担当することになる。

 当然、仕事に関するなんらかの助言があるはずだと思っていた。


「騎士ファラム……」

「ん?」


 犬人族ドグアの騎士がやはり視線だけで僕を見る。よく見るとその首や腹まわりにはたっぷりの脂肪がついている。


「ああ。地図か」

「いえ、受け取っています」

「長旅で食料が切れたか」

「それも、十分に」

「では、なぜいつまでもそこに突っ立っている?」


 あきれたような態度。

 いやいや、呆れたいのは僕のほうだ。


「任務の内容について説明をしてもらえないでしょうか。僕は従騎士ですし、駐屯任務についてしっかり理解しているわけではありません」


 ふむ、とファラムは脂肪を蓄えたあごに触れた。


適当だ・・・

「……は?」

「適当にやってくればいい」

「適当、ですか」

「その村に寝泊まりし、まあ嫌われない程度に立ち回れ。招集があれば従騎士、えっと、なんといったかな?」

「タカハです」

「そうだそうだ。従騎士タカハに先に連絡をしてから、招集に向かう。拠出する魔法奴隷を選抜しておくこと。パルム村は最近、魔法奴隷の質が落ちているからまずはそこに向かうといい。あー、パルム村いいなパルム村。そこ行こうか。これは私からの命令とする。……ほかに質問は?」

「えっと……」

「ないな。ない。あるはずがない。では話は終わりだ。すまんが、約束があるのでな」


 コン、コンコンと変わったリズムで扉がノックされたのはそのときだった。

 瞬間――ファラムはびくりと体を硬直させた。それもつかの間、機敏な動きで扉に近づいたファラムはコートのしわを直して、扉に手をかける。


「こんばんは、ファラム卿」


 扉の向こうにいたのは若い男だった。

 おそらく人間ヒューマン。黒にも紫にも見える長髪と、猫が笑ったような細い目が印象的だ。服は一応ティーガだけれど、高級な素材と手間がかけて作らていることが分かる上等な一品だった。


「ニンセン様、ようこそおいでくださいました」


 ニンセンは苦笑する。


「くり返し申し上げてしまいますが、私は父が務めた領城の仕事を継いだだけの若造です。招集にもいかず、こうして人々から集めた物に寄生している身。間違っても、様をつけて呼ばれるような人物ではありません」

「しかし、ニンセン様は市民のなかでも飛び切りの秀才と聞きおよんでいます」

「勉学しか私にはなかったのですよ。どうか『徴税官』と呼んでいたければと」

「……わかりました、ニンセン徴税官」

「ありがとうございます」


 そこで、薄い目が僕をとらえた。


「ファラム卿、こちらのかたは?」

「ああ。従騎士です。騎士の見習いですな。『実習』という後進指導の一環でして」

「はじめまして」


 ニンセン徴税官は胸に手を添える宮廷風の挨拶を僕に向けた。


「ニンセン、と申します。北西域より集めた税を領都とやりとりする、徴税官という職務についています」

「こんばんは。従騎士、タカハです」

「以後、お見知りおきください」


 ニンセン徴税官は柔らかく微笑んだ。

 そうか。この人がリュクスが『仲良くしておけ』と言っていた税を管理する文官だ。顔はしっかり覚えておこう。

 その向こうで、騎士ファラムが僕を追い払うような仕草をしている。イラッとしながらも、潮時だろうと判断した僕は、礼をしてその場を下がった。


「ファラム卿、領都からの連絡をお持ちしました」

「ふむ……?」

「それがですね――――」


 僕はそこで扉を閉める。

 人影のない食堂を横切り、外へ。

 夕方を過ぎた大通りにはあちこちでかがり火がかれ、歩くのには問題のない明るさだった。御者台に座ったラフィアの耳がぴょこっと揺れた。


 僕は御者台に近づきながらも考えていた。

 ニンセン徴税官、か。穏やかで理性的な雰囲気の文官だった。騎士ファラムといいバランスがとれているのかもしれない。お近づきになるのは難しそうだけれど……。


「……話はまとまったのか?」


 いつの間にか馬車に戻ってきていたエクレアが言った。

 んしょ、というかけ声とともに、エクレアは大きなカバンを背負いなおした。ガラガラと中の荷物どうしがぶつかる音が響く。すごく重そうだけれど、エクレアはふらついたりはしていない。


「どこに行ってたの?」


 エクレアはひらひらと手を振った。


「聞きこみだよ。聞きこみ。肉体奴隷たちの住んでる場所が分かった。ボクはそこに行って話を聞いてくる。っていうか潜りこんでくる。2人は任務、だっけ? 半月後くらいにここで会えるかな?」

「8日後って決めておこう。8日後の夜だ」

「オッケー。ボクをおいて帰るのだけは勘弁してくれよな。じゃ」


 嵐のようにまくしたてると、エクレアはあっさり夜のビーノ村へ消えていった。

 いつもの軽口を飛ばす余裕すら、なさそうだった。


 『肉体奴隷たちの住んでる場所が分かった』とエクレアは言った。エクレアはもともとの場所を知っていたはずだから、その移動は明らかな異常、ということになるのだろう。


「エクレア、大丈夫かな……」


 ラフィアの小さな呟きに、僕は返事をすることができなかった。



――



 ビーノ村の宿屋で一泊した翌日、馬車を騎士ファラムに預けて、代わりに馬を2頭借りることができた。

 僕とラフィアは北西域のさらに北方、北限山脈を目指して進んだ。夏のど真ん中であるはずなのに、僕たちを追い越していく風はどこか涼しい。高原の風のようだった。

 街道は分岐を繰り返すたびに次第に細くなっていく。

 そして――――


「私は、こっちだね」


 ラフィアが分岐に立てられた看板をのぞきこむ。『オウロウ村』と古い木の板には書かれていた。


 一応、オウロウ村も僕が担当することになった4つの村の1つだから、昨日の夜のうちにもう1度騎士ファラムのもとを訪ね、資料を借りてある。当然のように、かなり面倒くさそうにあしらわれた。やる気ゲージがみるみる減衰していく。

 その中で、僕の目を引いたのは、オウロウ村にまつわる童話。


「『双剣のロウガ』の出身地、か……」


 優れた魔法使いでありながら剣の魅力に取りつかれたロウガは、国中の武闘大会や戦場で名をあげるが、最後に唯一愛した女性をそうと知らずに殺してしまう……。そういう悲劇的なストーリーの童話の主人公が生まれたのが、この村だとされていた。


「ロウガの『双剣術』『暗闘術』は今もオウロウ村の狩猟団にも伝えられてるらしいの」


 結局、領都に居た武術の達人は、ラフィアに『双剣術』が向いていると判断したらしい。今だってラフィアは剣を持っているわけではないから、ぱっと見はただの町娘だ。木剣を握らせればガーツさんにも勝っちゃうんだけど……。

 ラフィアは『狩猟術を身につけ、広めることで飢える人を1人でも減らしたい』と言った。その旅は1人で歩む道になるだろう。だから、自分の身を守るための武術は必要だ。そもそも、狩猟術と武術は重複している部分も多い。


 それがラフィアのやりたいことなら。

 僕は応援しよう。


「タカハ、村長さんにはちゃんとご挨拶しなくちゃだめだよ」

「もちろん」

「寝坊するとだらしない人だって思われるからね」

「当たり前だって。自分で起きられるよ」

「ほんとかなぁ……?」


 僕は思わず苦笑していた。心配性の姉さんだ。


「ラフィアも気をつけて。修行は大変だと思うけど、身体だけは大事にしてほしい」

「うん。分かった」


 殊勝しゅしょううなずいたラフィアは、慣れた手つきで手綱を引いた。


「じゃあ、またね。タカハ」


 あっさりと背中を向けるラフィア。

 次第に小さくなっていくラフィアの背中を見つめながら、ゆっくりと寂しさと不安が押し寄せてきた。


 冷静に考えると、これから僕が挑もうとしているのは、かなりすさまじい任務だ。

 辺境地帯の奴隷の間には騎士への悪い印象があるだろうし、僕はまだ14歳。

 奴隷たちの間に入り込んで、教育や農業を広めなければならない――――


 ぶんぶんと首を振って、不安を追い出した。


 その拍子に、視界に緑のコートが映りこむ。騎士団の証。魔法奴隷たちの被支配の象徴でもある。

 この布を魔法の国が脱ぎ捨てるために。

 僕は自分の選択が最良の一手だと信じている。


 駐屯任務。

 やることははっきりしている。

 『虹の大魔法使い』ウィード様に会う。

 村人たちと仲良くなり、彼らの生活を向上させる手伝いをする。


「行くか、パルム村」


 自分に言い聞かせるように、そう言った。




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