第53話:「異世界万歳」と僕は両手を広げる。
そんなわけで、僕は北西域での駐屯任務に向かっていた。
正騎士たちが敬遠するこの任務は、あっさりと従騎士である僕1人に任せられた。北西域のうち北限山脈に近いオウロウ村、パルム村、エリテ村、ニン村の4つを、僕が、僕1人で面倒を見ることになる。
すごい雑さだと思う。
だって僕、14歳の若造だよ?
とはいえ。
僕1人の任務であるということは望んだ展開でもあった。
有効活用させてもらおうと思う。
目的は3つある。
1つは、『軍団』の一員、魔法使いのタカハとしての目的だ。パルム村に住まう『虹の大魔法使い』ウィード様に会い、『軍団』のことを伝える。ウィード様が加勢してくれるのならば、北西域でのその活動を手伝う。
もう1つは純粋に魔法奴隷出身の従騎士として。僕はこの駐屯任務、手を抜くつもりはなかった。魔法に関する知識や農業のことで僕の知識が村の人々の役に立つならば、僕はそれを与え続けようと思う。
そしてもう1つは。
運転手、ってことになるだろうか。
僕は今、荷馬車に揺られている。騎士団から貸し出されている小型の馬車は、それでも1つの家族とその生活必需品をまるごと運べるほどの広さがある。
領都に近い街道は整備されていて、進むのに苦労はない。
進路は北西。
見渡すかぎりの草原とぽつぽつと見える森は絵画のよう。
吹き抜けるような青空と雲は、ビルや電線が邪魔をしないと、こんなにも広い。
汚れなど知らない、気持ちのいい風を肺にいっぱい吸い込む。
うーん、異世界万歳。
「気持ちいいねー、タカハー」
よどみない動きでラフィアが僕の隣に座った。
「ふわぁ~」
兎人族の少女はそのまま伸びをした。しなやかに体が反り返る。僕はティーガに生まれた奇跡的な凹凸を思わず凝視してしまった。どうして男と女の子はこんなにも違うのだろう。同じ人間であるはずだ。これが進化なのか。これが歴史なのか。
ポエムを生み出しそうになっていた僕をよそに「……わふぅ」とラフィアは可愛らしいあくびを漏らした。耳がくたりと垂れ、眠そうな目尻には涙の粒がたまっている。そして、僕を見て「えへへ」となぜか照れる。
なんだこの生き物。
僕のメーターは振り切った。
もう、いいよね。楽になっても。
姉弟でも愛があればなんとかなると思うんだ。
「ターカハーッ!」
姉さんに対して遠慮なく邪念を膨らませていた僕の背中に、女の子だとしても少なすぎる体重が衝突した。
「できたッ! これ! 見て見て! できたんだよッ!」
「えっ……な、なにこれ……?」
エクレアは金属と木材が絡みあうごちゃっとした手のひら大の塊を僕に押し付けてくる。
「観賞用のアート!」
僕は手渡されたそれを凝視した。枯れた木の根っ子、廃墟のミニチュア、錆びた排水管の寄せ集め……そうとしか形容しようがなかった。僕にはどうやらセンスがないようだ。肩を落とす。
「この角度から! モチーフはドラゴンなんだって!」
「前衛的すぎるよ!」
男同士の、それも親友の距離感。ツナギのような服は生地が分厚いせいで触覚としてはほとんどなにも感じないけれど、エクレアの首筋のあたりからは果物のような匂いがする。
「エクレア、今更なんだけど……本当に領都を抜け出してきて大丈夫だったの?」
僕がやったのは、この馬車を借りたことと、正門を従騎士コートでスルーさせてもらったことの2つだけだ。
エクレアには本来、領都の中で仕事がある。
薄青の髪の少女はへへん、と笑った。
「ボクってばほら、人望があるから。影武者がいっぱいいるんだよ」
「そんなわけある!?」
とりあえず言って、でも、ありうるかも、と思い直した。コロッセオのあの人気ぶりを見れば、エクレアが領都でかなりの人望を集めているのは間違いない。
「それに」エクレアは少し頬を膨らませた。「ボク、どう見たってまだ成人してないだろ?」
「……あ」
そうか。魔法奴隷の義務である招集と徴税が発生するのは、17歳の成人を迎えてからだ。
肉体奴隷の仕事も同じ。
「……あーもーキズついたなー。タカハにキズつけられたなー。キズモノだなー」
「深刻な方向に意味が変わってるよ!?」
「しょうがないよ。ボク、あきらめてる。だって『ご褒美はボクだよ?』だもんな。タカハ、そーいうのがいいんだもんな」
「言い出したのはエクレアだからね!?」
エクレアはニヤニヤと笑っている。
その向こうで、姉さまが「くふふっ……」とお腹を押さえながら肩を震わせていた。
どこにツボったんだろう……。
僕は強引に話題を変えることにした。
「てことは、今のエクレアはどういう立場?」
「見習い、みたなモンかな? シゴトの時間は成人してるやつらの半分くらいだぜ。それに騎士の管理もテキトー。……だから、ボクなんだ。ボクしか、動けない」
エクレアは自分の小さな手のひらを見ながら、言った。
「ボクだって成人したら時間がなくなる。ひどい待遇で壊れるまで働かされる。だから、今のうちにボクができることをやろうって思う。北西域のあいつらがひどい目にあってるのなら、手を貸せるのは僕だけだ」
「エクレア」
さっきまでツボにはまって抜け出せなかったとは思えないような、さっぱりとした表情で、ラフィアが言う。
「わたしにも手伝えることがあったら言って」
「ラフィアは、ドコに行くんだ?」
「北西域のオウロウ村っていう小さな村。狩猟術と武術が得意な人がたくさんいて、わたしは双剣術を教わることにしたの。肉体奴隷の話は、わたしも他人事じゃないから」
「おお! ありがとな!」
エクレアは、にかっと少年のように笑った。
もしかして、エクレアがあれほどの肉体奴隷たちの中で浮いていないのは、この笑顔のおかげなのかもしれない。そう思わせるくらいには引力のある笑顔だった。
「タカハのアツい視線をかんじるぜっ!」
「見惚れた! 正直見惚れた!」
「え!? ち、ちがう……! ぼ、ボクはオトコだ……!」
「……2人とも元気だね……」
馬車は青空の下を、ゆっくりと進んでいく。




