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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
53/164

第52話:「ちと風当たりが……」と老魔法使いは肩をすくめた。




「美味しい! これ、美味しいよ! ラフィアちゃん!」


 リュクスのテンションがさらに上がっていく。


 僕の従騎士の宿舎の一室は、男たち3人にラフィアを収容しても、それほど圧迫感をおぼえない。ラフィアやってくれている整理整頓のおかげで、部屋は見違えるほどに広くなっていた。

 入っているもの体積は変わらないはずなのに、これはいったいどういう現象なのだろう。


「ふふっ。おかわりもありますから」


 煮玉子みたいな、としか形容のしようのない料理は、たしかに美味しい。この世界独自のスパイスの香りにもだいぶ慣れてきて、それどころか癖になりつつある。そんな僕の好みを知ってか知らずか、ラフィアの料理はいつも僕のツボをぐいぐいと押しこんでくるのだ。

 フォークを使って黙々と料理を口に運んでいたプロパが顔を上げた。


「うん。これは城に出仕しても文句を言われないレベルだ。オレが太鼓判を押すよ、ラフィア」


 プロパが。

 あのプロパが。

 他人を褒めた……だと……ッ!?


「素直に言えばいいのに。ラフィアちゃんの手料理を毎日食べられるタカハが羨ましすぎるってさ」

「ばっ……! な、なにを言ってるんだ……! タカハとラフィアは姉弟の関係だろうが。ラフィアの手料理を毎日食べるのは当然のことだ」

「え。そういう話?」


 リュクスはあっさりとラフィアに顔を向けた。


「で、ラフィアちゃんはどんなやつがタイプなの?」


 実にリュクスっぽい質問で、僕は感動すら覚えていた。


「タイプ、ですか。うーん、タイプは……」


 エプロンをつけたラフィアはお盆を胸の前に抱えている。

 その視線は、じっと――僕に注がれていた。


 こ、これは。


「……」


 きた。

 きてしまった。

 ついに、個別ルート突入だ。


 皆まで言うな。分かってる。冷静に考えれば、ラフィアが誘拐されたあの1件、幕を引いた僕の手腕は完ぺきだった。

 たしかに中核となる部分はラフィアが自分で解決したよ?

 けど、その周辺の僕の対応もなかなかのものだった。

 腐れ外道騎士を降格させ、貴族のドラ息子も父親からの制裁の刑に処し、僕は公爵閣下に顔を覚えてもらって、ラフィアとマルムは特別なあの書類を手に入れた。


 ……デキる。デキすぎだ。

 これは間違いなくモテる。

 僕、こっちへ来てから前世の数倍輝いてる。


「年上の人、かな」


 …………ん?


「うん……、たぶんそう。自立してて、頼りになって、わたしのことを大切にしてくれる人。そんな人が、タイプです」


 ええと。

 なんで僕を見ながら言うんでしょうか。

 なんでそんな素敵な微笑みを浮かべていらっしゃるんでしょうか。


「ふははっ」プロパが皮肉めいた流し目を僕に送った。「生活をラフィアに依存し、精神的にもラフィアに依存し、そのくせ出してもらった食事に『美味い』の一言すら言わない、どこぞの従騎士様とは正反対のようだな」


「……」


 ……泣きそう。


「年上ってどのくらい?」


 リュクスはがっつきすぎ、とつっこむ気力もない。


「けっこう、年上かも。……うーん、おとーさん――」

「ゲルフさまだとっ!?」と肩を揺らすプロパ。

「は言いすぎだけど……あ! 騎士団長さん! かっこいいですよね? あの黄金の目とか! 緑のコートが風になびいてる感じも素敵で……!」


 …………マジか。

 ロイダート団長、たぶん、もうすぐ40歳くらいだぞ。間違いなく17歳を2回は超えていて、そこからどうかっていうくらいだ。

 まあ、たしかに、カッコいいとは思う。

 けど、それは男子的なかっこよさではないだろうか。レイピアに雷をまとわせて戦うあの感じとか。


「ラフィアちゃん……それはいろいろ不幸になるパターンだよ……。団長、奥さん一筋だからね……どっちに転んでも……」

「いいや! ラフィアの目は狂っていない! そこでロイダート団長を例に出すとは流石だ! ああいう騎士に、オレはなりたい!」


 プロパの基準がほんとによく分からないと率直に思う。

 てか地味にアピールしてる?


「……その前にだ」


 あっさりといつもの冷静な口調に戻ったプロパは、青い瞳をまっすぐに僕に向けた。


「明後日から始まる実習だが……タカハ、お前、どういうつもりなんだ?」


 明日、夏休みが明け、僕たちは第2階の従騎士になる。


 第2階以降の従騎士の生活は、座学がほとんどなく、『実習』がメインになる。それは任務を正騎士と一緒にこなす、という形式だ。領内の情報伝達などの簡単な任務であれば従騎士1人に任せられることもあるけれど、ほとんどは任務を担当する正騎士についていくことになる。


 しかも、第2階の実習は、従騎士が自ら・・参加する任務を選択する。

 第1階の終わりあったペーパーと実技の試験に加えて、従騎士の時代の行動が評価されて、正騎士に任命されることになる。

 だから、この任務選びはとても重要だ。


 任務の性質はさまざま。

 だけど、従騎士が実習先を選ぶ基準はおそらく1つ。

 『正騎士との関わりが多いこと』だ。


 正騎士たちに気に入られるのは、ある意味で従騎士が正騎士になる1番の近道だったりする。従騎士のうちにだれもを納得させるような手柄を上げることは難しいからだ。


 プロパは魔法奴隷の出身ながら、『瀑布の大魔法使い』の直接の弟子として、正騎士たちからも一目置かれている。最前線であるサンベアー領の赤色騎士団に行く予定らしい。

 つまり、実際の戦場に立つ、ということだ。

 こういう任務は当然ながら危険で、意志がある従騎士しか選ばない。けれど、確実な実績として評価されるという利点がある。


 リュクスは、公爵閣下の七男というポジションに加えて、圧倒的な人当たりのよさと雰囲気で、正騎士の期待を集めている。ムーンホーク城との交渉、領内の各村長との会合、そういった人と人との対話が主となる任務に参加する予定のようだ。

 これは年の単位でじっくりと取り組み大きな成果を狙わなければならないしけれど、領内に豊富な人脈を構築することができる。


 そして、僕は――――


「考えあってのことだろうな?」プロパは僕に言った。

「こればっかりは……俺も反対させてもらうよ。あんまりいい手とは思えない」


 リュクスの切れ長の瞳にもいつになく真剣な色が宿っている。


「それでも、今年はこれをやろうと思う」


「ふん、出世が遅れて、あとで吠え面をかくなよ。……まあ、不安になったら招集の任務に来ればいい。オレが話をつけてやらないこともない」

「地方だから、税を管理する文官と親しくするといいよ。あと、奴隷との関わり方も気をつけて。タカハの想像以上に、その緑色のコートは嫌われているからね」


「それにしても、よりによって、なんで北西域なんだ?」


 プロパの言葉に、僕は曖昧な微笑を浮かべた。


 この1年間。

 僕は、このムーンホーク領の辺境地帯へ向かうことを決めていた。



――



「『虹の大魔法使い』?」

「名を、ウィード殿という」

「頼みっていうのはその人に関わること?」

「うむ」


 数日前、僕はゲルフに呼び出されていた。

 集合場所はヴィヴィさんの家。

 つまり、ゲルフの『軍団』に関わる用件だった。


 今日もまた上品な微笑を浮かべているヴィヴィさんが、ゲルフの足りなさすぎる言葉を補足する。


「北西域の北端、ほとんど北限山脈の足元のあたりに、パルム村という小村があります。ウィード様はそちらの出身で、十数年前、領都を離れて隠居をされました。タカハさんにはウィード様に会って、私たち『軍団』の理念をお話しし、説得してきてほしいの」


 『虹の大魔法使い』ウィード様は、ゲルフやヴィヴィさんと同じく招集で名を上げ、ムーンホーク城に召し抱えられた文官だったのだという。

 『鉄器の国』との前回の小競り合いが収束したところで隠居をすることを決めた大魔法使いは、北西域で孤児院を営んでいるらしい。


「簡単に言ってしまえば、わたしたち『軍団』の力が北西域ではやや弱い印象なのね。北西域は村と村の間隔がまばらで、土地も細いのです。騎士団の介入も雑で、治安がよいとは言い難い地方。ですが、私たちの勝利のためにはムーンホーク領すべての奴隷たちを束ねる必要があります」


「その核となる人物として、『虹の大魔法使い』を担ぎ上げる――ってことですか?」


 2人の魔法使いが深く頷いた。


「従騎士の第2階以降は、自分で自由に任務を選び、そこで正騎士とともに仕事をこなせるのじゃ。もし、希望がないのであれば、行き先に北西域の駐屯任務を選んでほしい」


 辺境の村の駐屯ちゅうとん任務。


 村人たちの生活のレベルが低いため、招集であまり人数を出すことができない――そういう村の農業や学問、魔法を指導することで、長期的な視点でムーンホーク領の戦力を増加させようという……まあ、なんというか、すごくぼやっとした任務だ。


 短期的になにか成果を得られるわけではない。

 長期的にも上手くいっているのか、評価をするのは難しい。

 つまり、評価されにくい任務だ。

 加えて、おそらく正騎士との関わりもほとんどない。

 正騎士となって出世をしようと思うのなら、駐屯任務を実習の行き先に選ぶのはあり得ない選択肢と言えるだろう。


 だが。


「いいよ。とくにやりたい任務があるわけではないから」


 僕はあっさりと言った。


「……それはいいんだけど、僕が行く以外に連絡をとる方法はなかったの?」

「そのくらい北西域では『軍団』の力が弱いということじゃ。信頼できる者をつないでゆく、という形式で進めているゆえ、人口がまばらなのが大きな足かせとなっておってな。……その点、『大魔法使い』の称号をもつウィード殿なら、自由に歩き回ることができる」

「タカハさんに北西域の魔法奴隷のみなさんをまとめあげてもらう、というのも手ですけれど」

「そんなもの無理に決まっておるじゃろう。14歳の従騎士なぞ、奴隷たちからすれば目の上のたんこぶ以外のなにものでもあるまい」

「……それ、これから頑張って任務に就こうとする子ども相手に言うことかな……」

「そうですよ。私の見立てですが、ゲルフ様には難しくとも、タカハさんならできるような気がします」

「……ヴィヴィ殿、最近、ちと風当たりが……」

「あら? そうかしら?」


 ふんわりした微笑を浮かべられ、反論の言葉をなくすゲルフ。これは強い。ソフィばあちゃんに匹敵する強さだ。


「駐屯任務は、多くの騎士が避けようとする任務じゃ」


 騎士団の内情も多少知っているゲルフ。


「そもそも、みな領都に居たがるのよ。物が多く、住みよい街じゃからな。加えて、駐屯任務には実績を評価しようがない、という側面もある。……じゃが、わしは駐屯任務こそ騎士の重要視するべき仕事じゃと思う」


 農業、狩猟術、学問、魔法を指導し、村を成長させる。

 そうすることで、国を豊かにしていく、着実な一歩。

 少し考えれば、ゲルフの言うとおりだということに誰でも気付くはずだ。


 でも、騎士団はその努力を放棄し続けてきた。

 その結果が今の支配体制であり、騎士団の内部の腐敗であり、魔法奴隷たちの中にくすぶり続けている反発だ。


「教育に関してはなにも言うことはない。学問も魔法も、お前がおもったとおりに広めれば、よい結果が返ってくるじゃろう」


 おっと。

 これ、褒められてる?


「狩猟術に関しては村ごとのしきたりが大きく異なるゆえ、難しい部分がある。しかし――農業には活路があるはずじゃ。これを持ってゆきなさい」


 ゲルフが黒いローブの懐から取り出したのは、2つのものだった。

 ジャガイモのようなごろっとした植物と、なにかの種のようなもの。


「近年、北東域で開発に成功した植物でな。こちらがプナン芋、もう一方がオーツ麦。温暖なサンベアー領から仕入れた後、寒さに強い苗を選び抜いてある。北西域でも間違いなく育つじゃろう。なにかの足しになるやもしれぬから持って行きなさい」


 僕の中で、少しずつゲルフの評価が変わっている。

 とっつきにくい老人だ。愛想も悪いし、言葉もあまりきれいじゃない。でも、頭の中ではいろんなことを考えて、肝心なところはしっかり押さえてくれる。

 僕の育て方だって、そうだった。魔法はすぐに習得させず、体力をつけさせた。従騎士としての実習ではこの体力に大いに助けられた。


「ありがたく、使わせてもらうよ」


 貴重な植物の種物を背負い袋の中にしまう。


「それと、もう1つ伝えておくことがある」

「ん?」


「ついに、我ら『軍団』の存在が、騎士団にかぎつけられたようじゃ」


「…………え?」


 ゲルフは微動だにしなかったけれど、ヴィヴィさんはかすかに眉をよせた。


「南東域で、先走ってしまった方がいたのです。秘匿ひとくされるはずだったいくつかの資料が、騎士団の側にわたってしまいました」


 ヴィヴィさんは淡い微笑みをゆっくりと溶かして、それでも、温かい視線を僕に向けた。


「2重、3重、4重、5重……私たちの企みの全貌がつかみきれないようにするための、さまざまな防衛策は打ってあります。それに、私とゲルフ様が『軍団』のメンバーだとは、さすがに騎士様も思っていないみたい」

「敵の胃袋の中で作戦会議をしておるようなものじゃからな」


 ゲルフはかすかに肩を揺らした。

 でも、僕は追従する笑いを浮かべることができなかった。


 裏を返せば、『軍団』の全容が明るみに出てしまえば、ゲルフも、ヴィヴィさんも、僕も、大罪人として処刑される。

 それは明白な未来だ。


「1年や2年でどう、ということにはならないでしょう。しかし、数年のうちに決定打を放てなければ、いずれ追いつかれるでしょうね」

「……」

「ま。わしもヴィヴィ殿も数年のうちに天寿を全うするからよいのじゃが」


 ヴィヴィさんが顔を近づけてきて、僕の耳元でささやいた。「女性に平気でこういうことを言ってしまうデリカシーのなさ。タカハさんは見習ってはいけませんよ?」

「魂に刻みます」


 ぶえっくしょい、とゲルフが大きなくしゃみをした。そのあと、ずるずると鼻を鳴らす。デリカシーのかけらもない仕草に、僕とヴィヴィさんは苦笑を交換した。


「今の体制を最も守りたいのは、騎士だけではない」

「……市民たちも、ってことだね」

「そうじゃ。この領都で、自らの身内とのつながりを用いて、ずるずると腐敗し続ける。それが、市民にとっては1番うまみがあるのは自明」


 ……カビの生えたチーズが、僕は嫌いだ。


「タカハ、市民出身の騎士には気をつけよ。とくに、騎士団長の右腕と目される騎士エリデ。あの騎士様は徹底した市民至上主義じゃ。頭も切れる。『軍団』に関わった魔法奴隷を処罰したのも騎士エリデじゃと聞く」


 騎士エリデ、何度か見たことがある。

 少し太った猫人族カティの騎士だ。緑色騎士団に2人いる副団長の1人。30歳くらいで、緑色騎士団の『繊細な右腕』と称される騎士だ。その名前を頭の裏側に刻みつけておく。


「それで」


 僕はもう1段階、声のトーンをひそめた。


「具体的に『軍団』が用意している決定打・・・っていうのはどういうものなの?」


 この体制をひっくり返す一撃。

 奴隷たちを束ねる手法。

 それは――――


「――――今は、語れぬ」


 ゲルフはゆっくりと首を横に振った。


「じゃが、小さな事実が歴史を動かすというのはよくあることじゃ。騎士たちの不意をつき、奴隷とさげすまれてきた人々を束ねる手は、おそらく唯一これだけじゃろう」

「動き出すときのカギはタカハさんになると思うの」


 ヴィヴィさんが温かい手のひらを僕の両手に重ねた。


「だから、それまで。どこまでもまっすぐに、素晴らしい従騎士様でいてくださいな」




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