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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第2部
52/164

第51話:僕たちは互いに握ったその手を離さない。




「…………本当にやるの?」


 リュクスが、珍しく心配そうな表情をして言った。


「やる」

「当たり前だ」


 僕とプロパの声は重なった。


「模擬戦って言ったって、どうせいつもみたいにヒートアップして、お互いボコボコになるまでやるんじゃないの……?」


 隊舎の正面。

 運動場に僕たち3人はいた。


 僕とプロパは模擬戦闘用の木剣を持って向き合い、リュクスはそれを横から見ている。


 初夏を感じさせる日差しがまぶしい。

 従騎士たちの夏休みの最終日。日中。この時間、多くの騎士たちは任務に出払っているから、練武場に人影はない。


「だからさ~、だれか騎士に立ち会ってもらったほうがいいんじゃない? 俺、2人のこと止めらんないよ?」


「ルールを決めよう、プロパ」僕は言った。

「どんなルールだ?」

「そうだな……魔法は1度まで。木剣を手放したら負け。木剣を体に打ち込まれたら負け。こんなところでどう?」

「妥当だ。魔法を無制限にしたら、タカハが大ケガをしてしまうからな」

「僕じゃないよ。プロパが、でしょ?」

「ふっ」

「はははっ」


「……やっぱお前ら仲いいよ」


 リュクスはため息をついた。「10歩でいいの?」


「うん」「問題ない」

「どっちがタイミングを?」

「……」「……」

「……俺が銅貨を投げるから、表だったらタカハ、裏だったらプロパで」


 リュクスはイエルのポケットから硬貨を取り出すと、空に向かって放り投げた。きん、と音を響かせて着地したコインは……裏。プロパのタイミング。


 僕とプロパは木剣を体の正面に構えたまま、近づく。

 沈黙のまま、僕たちはコツッと刃先を触れさせた。


 そのときだった。


「――――なにをしている?」


 朗々とした声が、僕らの動きを止める。

 僕たちは声のほうを振り返って、絶句した。隊舎から出てきたばかりと思しき人物は――騎士団長、その人だった。


 僕はわけもなく、唾を飲みこんだ。


 団長はレイピアと魔法への防御力を有する小盾に加えて、普通の両刃剣を背負っている。完全武装に近い。


「こっ、これはですね、団長」

「ああ」

「えっと、その……なんといえばいいか」

「いや。いい。見ればわかる。……どうした。続けないのか?」

「……え?」


 僕もプロパと同じくらい驚いた。


「面白そうな取り合わせだと思ってな。見物していこう。打ち合い続けるわけではないのだろう? 勝負はすぐにつく」


 騎士団長は大きな緑のコートを揺らして、リュクスのすぐそばに立った。

 リュクスは肩をすくめて騎士団長を見上げる。


「従騎士リュクス、心配するな。万一のことがあれば私が止める」

「……ありがとうございます」

「今になって思えば、こういう年齢の模擬戦にはかけがえのない価値があった。まして相手がともに切磋琢磨する仲間であるならばなおさらだ」

「団長はどちらが有利とお考えですか?」


 司会とコメンテーターになった2人をよそに、僕とプロパはもう1度剣先をぶつけ合った。


 互いに背を向け、1歩ずつ進む。

 互いに10歩。合計は20歩の距離。


「体格、剣術はいずれも従騎士タカハのほうが1枚上手だろうな。だが、従騎士プロパがその事実を理解していないはずはない。しかも、たがいに1度しか魔法を使えないのならば、その魔法をどれにするのか、いつ唱えるのか、そこが見どころとなってくるだろう」

「単純なぶつかり合いにはならない、ということですね」


 現場からは以上でーす、とでも続けそうな口調だったが、リュクスはさすがにそこで沈黙した。

 ざり、と靴が地面を削る。僕は振り返る。プロパがこちらに振り返ったのも、同時だった。


 タイミングは、プロパが持っている。


 僕が地面に剣先をつけ、プロパが同じことをすれば、模擬戦は始まる。


 僕の心臓が心地よくテンポを上げていく。両手で握る布の部分には、汗がじわじわとしみ込んでいく。


 22年に加えて14年を生きてきて、それでもこんな子どもっぽい理屈が僕の中には眠っている。


 プロパの木剣のリーチが気になる。

 1つだけの魔法をどれにしようか悩む。

 呼吸を整えたいと思う。


 けれど……僕はそのすべてを忘れた。


 プロパの木剣のリーチは打ち合えばわかる。

 1つだけの魔法はその場になったら決めるだろう。

 呼吸は駆け出した瞬間に乱れる。


 視界はクリアで、体は滑らかに動く。


 さあ。勝負だ。


「……ッ」


 僕は、剣先を地面に触れさせた。

 プロパが動いたのは――その瞬間だった。

 そのまま――プロパは地面を・・・削った・・・剣先・・を思い切り僕のほうへ跳ね上げた。


 当然、まとわりついた砂利があられのように僕に迫る。プロパがその砂利の向こうから、こちらへ向かってくる。奇策。それも、この瞬間に繰り出せる一手としては最上級の、だ。


 だが。

 僕はひるまずその砂利の中へ突っ込んだ。


「な――ッ」


 服に砂利が降り注ぐ。顔にも何粒か。

 だけど、この程度、鉄器の国の重弓部隊がほこる矢の攻撃と比べれば、本当に子どもだましだった。

 瞬く間に僕とプロパの距離は消滅し、スピードに乗った僕は上段から思い切り木剣を振り下ろした。


「……ぐっ」


 最高の一撃をプロパは横向きにした木剣で受け止めている。だが、相当な手ごたえがあった。プロパの苦しげな表情がそれを裏付けている。

 プロパの砂利を使った攻撃は妙手だった。

 あの技を予想することなんてできなかったし、もちろん動揺もした。

 プロパの失敗は、あの技で僕が怯むと・・・・・予測していた・・・・・・ことだ。


 ぎりり、と互いの木剣がきしむ。つばぜり合い。


 至近距離で見るプロパの白い顔は、上気している。プロパの青い瞳を見た。その目には、同じくらい真剣な僕の顔が映り込んでいる。

 瞬間。

 プロパの口元が弧を描いた。


「”――――待機解除”」

「!?」


 ”待機解除”。

 それは、修飾節モディファイの1つである”待機”と対になる『精霊言語』だ。

 ”待機”を編み込んだ詠唱を、発動させるキーワード。

 引き金のような言葉。


 さっき砂利を巻き上げた――あの瞬間に。

 プロパは詠唱を終えていたのだ。


 僕はとっさに飛び退いた。


 同時に、先ほどまで僕が立っていた地点から、まるで消火器をまき散らしたかのように、白っぽい霧が拡散する。ほぼ一瞬で僕はその霧に飲み込まれた。

 雲の中に居るみたいだ。

 若い雲じゃない。嵐を呼ぶような、濃い雲。

 木剣の剣先すら見通せないほどの視界。


 プロパの作戦は――――読めた。


「”火―3の法―”」


 単位魔法ユニットは『火の3番マグナスフィア』。炎をかき集めた大火球を呼ぶ、火属性屈指の高火力魔法、6マナ。


「”今―彼方に”」


 発動時間指定”今”、2マナ。

 発動位置指定”彼方に”、3マナ。

 6+2+3。


「”ゆえに対価は 11”」


 僕は、その大火球をあえて自分から遠いところに生み出した。周囲の霧を一瞬で蒸発させるような熱量と光量が、ただちに顕現する。


 僕は火属性の使い手だ。

 火属性の魔法は例外なく、光を放つ。

 霧の中で、目立つ。

 プロパはそれで僕の位置を突き止めるつもりだったに違いない。


 ――ざざっ、と響いた足音は。

 僕の背後から・・・・・・


 振り返りざま、剣を横向きに構える。その瞬間、両の手のひらに電気ショックのような衝撃が炸裂した。

 びぃんっ、と響いたすさまじい衝撃に両手の感覚が消失する。


「ぐっ……」


 僕の肩を狙ったプロパの切り下ろしはものすごい威力だった。

 そのまま、つばぜり合いへ。


妖精種エルフは、目と耳がいいんだよ……!」


 僕が詠唱をした時点で、プロパは僕の居場所が分かっていたのだ。

 読みすぎた。プロパの作戦はもっとシンプルだった。


 なら……!


人間ヒューマンは、力が強い……!」

「ぐっ……!?」


 つばぜり合いの姿勢から体重の軸をずらしつつ足払いをかける。プロパは完全な受け身をとって立ち上がろうとするが、追撃。――それは読まれていたのか、プロパは僕に背を向けたまま突きを繰り出してくる。

 弾いて、踏み込むのと同時に、一気に攻め切る――ッ!

 僕は両手に力を入れ――――


「……あ」


 瞬間。


 僕の視界で、力をなくした両手から剣が滑り落ちていく。

 からん、からん、と。

 地面に木剣を取り落としていた。

 プロパの木剣を払った攻撃で、僕の握力は限界を迎えていた。


 現実を理解するのに、ずいぶんと時間がかかる。


 …………負けた。

 僕は、負けたのか……。


 幼少期をゲルフに鍛えられた僕は、確かに体格で勝っていた。けれど、プロパが繰り出した一手一手にはそれをひっくり返すだけの力があったのだ。


 ゆっくり晴れていく霧の中で、僕は息を吐き出した。

 プロパを見る。


「オレの負けだ、タカハ」

「……え?」


 プロパの足元には木剣が落ちている。

 それは、プロパが持っているはずの木剣だった。


「オレも落とした」プロパが手首をさするようにしながら、唇を尖らせた。「オレは地面に倒れているが、お前は立っている。実戦なら、オレの負けだろ」


「従騎士プロパ、この勝負は引き分けだ」


 騎士団長の言葉は僕の想いと同じだった。


「剣が落ちたのはほぼ同時だった。過程は重要だが、結果は変わらない。従騎士プロパは従騎士タカハの木剣を叩き落とした。従騎士タカハも従騎士プロパの木剣を叩き落とした。同じルールの中でだ。ならば、引き分けでしかない」


 騎士団長は緑のコートをひるがえした。


「素晴らしい勝負だった」


 金色の大きなたかが遠ざかっていく。


「……というわけで、引き分けだな」


 リュクスが僕らを立たせながら言った。


「ほらほら握手しろって」

「……」

「……」


 僕は少し近づいて、プロパにしびれる右手を差し出す


 プロパがゆっくりと僕の手をつかんだ。

 そして。

 ――――僕らは互いの手に思いっきり握力をこめた。


「ッ!!」「うっ!」


 あだだだだッ。痛いいいいッ!

 しびれてる分、痛みがダイレクトに伝わる。


「ありがとう、ございましたッ……従騎士、プロパッ」


 ぐいっと僕は右手に力をこめる。

 プロパの白い顔が一気に青くなった。額のあたりに脂汗が浮かんでくる。


「従騎士、タカハッ……こちらこそ、礼を言うッ」


 お返しとばかりにプロパは握力をさらに増した。うぎゃああああああッ。

 けれど、緩めたほうが負けるような気がした僕は、痛みをこらえながらもプロパの手を握り返す。

 プロパも放すつもりはないようだ。


「みんなー! ごはんできたよー!」


 ラフィアの声が聞こえた。

 とててっ、とこちらに近づいてくる足音も。


「……え? なにしてるの?」


 ラフィアのちょっと引き気味の声に、リュクスが軽い口調で答える。


「男はバカってことだね」

「リュクス……そういう、一般論に、落としこむな」

「友情を、深めてるんだ、ラフィア」

「えっと、気が済むまでやっててくださーい。……リュクスさん、行きましょう」

「ラフィアちゃん、今日はなにを作ったの?」

「エゼリの卵を茹でてから煮込んでみたんです。ちょっと自信作かも」

「美味しそう!」

「2人とも冷める前に帰ってきてねー」


 足音が遠ざかっていく。

 僕は右手の痛みのあまり、ふらふらとしてきた。


「……プロパ」

「なんだ?」

「せーので放そう」

「ふん。合理的だな」

「いくよ。……せーのッ」


 どちらも、放さなかった。


 僕はプロパを見る。

 プロパも僕を見ていた。


 ぎりぎりと僕らの右手はきしむ。


 ……近くの森から、間抜けな鳥の鳴き声が聞こえた。




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[一言] 魔法ありでも互角ってことは無いよな?クソみたいなライバル設定のために無理な設定にすんなよ?
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