第46話:「本当になんにもしてないよ」と僕は答える。
「目立つなとあれほど言ったじゃろう」
「……仕方ないじゃん。ラフィアが大変なことになったんだから……」
僕の隣で椅子に座っているゲルフは、仰々しい二つ名が嘘のようにそわそわしていた。すぐ近くの扉の中では、ライモン公爵によるラフィアとマルムの『面接』が行われている。
ゲルフの雰囲気は完全にあれだった。
3者面談を待つ、親。
「ライモン公爵は気むずかしいお方じゃ。懐は広いが、興味の方向はめちゃくちゃで、どこでお怒りになるかがまったく読めぬ。……ああ、2人は大丈夫じゃろうか……」
たしかに、地雷原みたいな人だとは僕も思う。
帽子を外したり、杖を立てかけたり、椅子から立ち上がって廊下を往復したり――戦場では眉一つ動かさない『暁の大魔法使い』とは思えない仕草に、僕は笑いをこらえる。
いつもなら僕のその表情にツッコミが入るのだけれど、今日はそれもない。
「――――お待たせしました」
不意にかけられた声に、僕とゲルフは同時に体をびくつかせた。老年の執事が扉を開けていた。
「どうぞ、お入りください」
ゲルフは駆け足と思われないギリギリのスピードで、扉に飛び込んだ。
「お。『暁』。どうせ廊下をうろうろしてたんだろ?」
「失礼はありませんでしたか。もし失礼があればわしの責任ですゆえこの身をもって――」
ゲルフは気付いていない。
ラフィアもマルムも、ライモン公爵だって、穏やかな表情をしていることに。
「――――2人とも面白いな。気に入った」
素早くゲルフは伏せていた顔を上げた。
「だから、特例をやることにした。領内のどこを歩き回ってもいい。何を学んでもいい。その代わり、成人になったとき、おれに何を見たのか説明するっていう約束だ。つまり、だいたい『大魔法使い』とおんなじような身分に、子どもたちもしてやろう」
「……あぁ……なんと……」
ゲルフは帽子をとって深い一礼をした。
背筋が伸びた完ぺきな礼だった。
「よし。じゃあ、決まり。あとは家族で仲良く相談するといいよ」
ライモン公爵は素早く立ち上がった。
そのまままっすぐにこちらへ向かってきて、扉を出て行く。
――――その寸前、ゲルフの隣で、足を止めた。
囁きを、僕は聞き取れた。
「……領内のどこを歩き回ってもいい。何を学んでもいい。おれは、お前にもそう言ったな?」
「それが『大魔法使い』の称号の真の意味と心得ております」
「……それで、おれ、わすれちゃったんだけど」
「といいますと」
「お前の願いは、なんだっけ?」
僕は表情を変えないのに必死になった。
ゲルフの真なる願い。
それは領都の裏側で暗躍する『夜明けの軍団』の理念に他ならない。
「公爵様の美しき緑の領の民を、1人でも多く守る。そのために騎士団に顔を出し、招集に出向いてきました。――それは、お約束したあの日より変わっておりませぬ」
ゲルフは表情を変えず、そう返事をした。
ライモン公爵は茶色の瞳でじっとそんなゲルフを見つめ――その肩に、ぽんっと手を置いた。
「今後も活躍を楽しみにしてるよ、大魔法使い」
「…………はっ」
次の瞬間、ライモン公爵はにたりと笑って僕を見た。
「タカハも、1年ごとにおれに報告にくることっ! いいなっ!?」
「は、はい!」
わはははー、と笑いながら、ライモン公爵は部屋を出て行った。
「き、緊張……したー」とマルムがソファに沈み込む。対照的にラフィアは「そうかな」と首をかしげている。そのまま2人は雑談を始めた。
それを尻目にゲルフがぽつり、とこぼす。
「……あのお方は、成人した折より、ああいう方じゃった」
「……見抜かれてる、ってこと」
「あるいは、そう見せかけておるのやもしれぬ。なにがあのお方を喜ばせるのか、怒らせるのか……1つはっきりしておるのは、『面白い』という言葉が大のお気に入りということくらいじゃ……」
ゲルフは雑念を追い出すように、首を振った。
「それは、いい。とにかく……今回手に入れたものは大きいぞ。公爵閣下からの特別許可証など、『魔法の国』の全土を見渡してもそうそう見るものではない」
笑い合っている2人の少女を見て、ゲルフは微笑んだ。
「その……なんじゃ」
「ん?」
「……よくやったな、タカハ」
僕は肩をすくめて答えた。「本当になんにもしてないよ」
「話を聞くかぎり、そうじゃろうな」
「……って言われるとムカつくなぁ……」
ふっとゲルフはかすかに笑って、ラフィアとマルムの方へ近づいた。
「では、ひとつ盛大に祝うとしようか。お嬢さん方、領都でいちばん料理がうまい店、行ってみたくはないかな?」




