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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第1部
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第44話:「それから、貴様らもだ」と貴族が僕たちを睨む。




 天幕がはらりとめくられて、2つの顔が現れた。


「……なにをしてるんだ、タカハ?」


 プロパの口調は不審と同情が入り交じったそれだった。その隣のリュクスも興味津々といった様子で僕の手元をのぞきこんでくる。


「ええと、会計係かな?」


 僕は天幕の隅っこで、羊皮紙の束に囲まれて、果てしない計算をしていた。その分、今日の莫大な儲け・・を実感するのも早かった。

 僕たちは、ブリズ村に戻って、商売・・をしていた。


「ファムの実でーす! こんな比率で交換していまーす!」

「……よろしくお願いしまーす!」


 天幕の正面からはラフィアとマルムの賑やかな声が聞こえてくる。続いて、交換商たちが商品に群がる怒号も聞こえてきた。「安いな!」「俺にもくれ! 1袋だ!」「おい! 待てよ! 俺が先だ!」


「おおっ、楽しそう! 俺も手伝っちゃおっと!」


 緑のコートを脱いで腕まくりをしたリュクスが、天幕の表に飛び出していく。さっきまでは野太い声が多かったが、リュクスが売り子として参戦したとたん、別の種類の――まあ要するに黄色い歓声が爆発して、僕は勝利の確信に酔いしれた。


 ファムの実は、希少な分、嗜好品として考えられている木の実だ。そして、保存にあまり向いていないという弱点がある。なおかつ、春先か秋口にしか採れないという特性も。

 だが、標高が高いファロ村ではそれが夏に手に入る。

 これを活かさない手はない。こうして交換した全部を保存可能な別の木の実に換えれば――あの貴族の度肝を抜けるような総量となるはずだ。実際、2つの集落の仲が悪くなる前はこういう商売もよく行っていたらしい。僕たちはそれを取り戻しているだけだ。


「ふん、暢気のんきなやつらだ」


 プロパはそう言い捨てて、僕の隣の木箱に腰を下ろすと、「……どれをやればいいんだ?」と言った。


「じゃあ、獣の牙と交換した分を数えてくれる?」

「ああ」


 にぎやかな天幕の表側の声を聞き流しながら、僕とプロパは羽ペンを滑らせていく。

 数十分の作業をして、ファムの実がもうすぐ売り切れそう、というところで、プロパがぽつりと言った。


頼まれていた物・・・・・・・は見つけたぞ」

「――――」


 先ほどまでとは別の種類の興奮と緊張が背骨の真ん中のあたりを焼いた。


「どこにあった?」

「処分する書類の中に紛れ込んでいた。裁断すらされていなかった」

「……本当に、助かるよ」

「この程度、借りたことにもならない。捨てられる前のゴミを拾っただけだ」

「そういうの、プロパ、嫌でしょ?」

「お前はオレのことを誤解している。オレは、勝つための手段は選ばないつもりだ」

「そっか。じゃあ、誤解してた」

「すぐにはっきりするだろう。ウェルム様の器の大きさと、騎士アーボイルの運の強さがな」

「……ふふっ」と僕はかすかに笑った。


 僕の隣で、妖精種エルフの青年もまた唇の端を持ち上げているような気配がしたけれど、顔を向けて確かめることはしなかった。


 そのとき。


「――――なにをしている!?」


 天幕の向こうから大声が聞こえて、歓声が一気に引いていく。


「……噂をすれば、だね」

「ああ。行くぞ」


 僕とプロパは同時に立ち上がると、緑のコートを羽織り、天幕の正面に出た。

 目の前に広がる光景は、海を割る、という表現がまさにぴったりだろう。

 売り切れる寸前のファムの実に群がろうとしていた交換商人たちが割れた海。それを渡ってくるのは、この北東域の徴税の責任者――騎士アーボイルだった。


「貴様……どういうつもりだ? 貴様はファロ村の狩猟技術を向上させるのではなかったのか?」


 騎士アーボイルの怒鳴り声を軽く受け流し、ラフィアは敢然と答えた。


「それはもう終わりました。騎士様」

「はっ……! 本気で収穫が倍になったとでも言うのか! 冗談にも――」

「はい。おっしゃるとおりです」

「……なに?」


「失礼ながら騎士様。『去年の2倍』という基準なら間違いありませぬ」


 荷物運びを手伝っていたファロ村の村長がラフィアを援護した。


「今日、交換した物をさらにビムの実などに交換して村に持ち帰れば――おそらく、去年の収穫の3倍はゆうに超えるでしょう。彼女が来て数日ですが、ファロ村の狩猟技術は大きく向上しました・・・・・・・・・

「そんな馬鹿な話があるか――ッ!?」


 騎士アーボイルは反論の材料を探そうと周囲を見回した。癇癪かんしゃくを爆発させる騎士を取り囲むのは、商売の邪魔をされた交換商たちだ。その視線は軒並み冷たい。


「…………従騎士! 貴様らだ! 貴様ら!」


 騎士の怒りの矛先は、僕たちに向かう。


「貴様らの仕業だろう!? 駐屯地で詳しく話を聞く! ついて来い! これは正騎士としての命だ!」

「「「はっ」」」


 僕たちは素早く騎士団の返礼を返し、騎士アーボイルに続いた。……いや、続こうとした。


「タカハ」


 緑のコートのすそを掴んでいたのは、ラフィアだった。

 青い瞳がどこか不安げに揺れている。

 僕は再会したときのラフィアがそうしてくれたみたいに、安心させるための笑みを浮かべた。


「ちょっとだけ待ってて。集計は裏手にまとめてあるから」

「分かった。……気をつけてね」


「なにをこそこそしゃべっている!」


 肩を怒らせた騎士の後に続いて、僕たちは割れた海を渡っていく。



――



「分かりやすく、正直に説明しろ! お前たちが来て何かあの娘に助言をしたのだろう!?」

「いえ……」

「自分たちは本当になにも……」

「そんなはずがあるか!」


 僕たち3人は困惑した様子で互いに顔を見合わせる。本当に何もしていないのだ。ファロ村の食糧事情を改善することに関しては。

 それを丁寧に説明しても、騎士の怒りは収まるどころか、むしろそのボルテージを増していった。

 騎士が通算17度目くらいの怒号を炸裂させようとしたそのとき、僕たちはブリズ村にある騎士団駐屯地へたどり着いた。


 だが――騎士の顔色はそこで赤から青に変わった。


「――――騎士アーボイル」


 駐屯地の扉の前で、傲然ごうぜんと騎士を見下ろしている姿がある。


「ウェルム様……」

「……」

「ど、どうされましたでしょうか? 太守のおつとめに関しては万事つつがなく進行しております。た、ただ……先日の奴隷の娘の件ですが――」

「そんなものはどうでもいい」

「で、では――」

「これを見ろ」


 公爵次男は上質な羊皮紙を騎士の足下に放り出した。

 砂糖菓子に群がる蟻のような機敏さで騎士アーボイルはウェルム=ディードの足下にひざまずいた。

 その姿勢が凍り付く。


 僕の角度から、ぎりぎり見えた。

 ――その書状には公爵閣下の直筆の署名がなされている。


「父上からのお呼び出しだ」


 これで――詰みだ。

 プロパとリュクスに探してもらった物。それはラフィアを呼び出した際に使われた偽の書類・・・・だった。公爵閣下の筆跡を模したサインが施されており、作りも正式な書類に酷似したそれを、プロパとリュクスにお願いして、騎士団本部に提出してもらったのだった。

 無事、公爵閣下のもとへと届いたらしい。


 ウェルムはゆっくりと騎士に近づき、その耳元でささやいた。


「なあ。どうして俺が父上に呼び出されねばならない?」

「……はっ」

「いつものように説明して見せろ。その減らず口だけがお前の取り柄だったろうが。聞いているのか、騎士アーボイル」

「ウェルム、様……」

「ああ、思い出したぞ。そういえば、お前、以前こう言っていたな?」

「……っ……」

「私の騎士としての生命はすべて、ウェルム様のもとにあります、と」

「……ど、どうか……! どうかご容赦を……!」

「ああそうだとも。これは情けだ。俺を『失点』させたんだ。命があるだけマシと思え。よく分かっているな?」

「……」

「安心しろ。悪いようには決してしない。騎士の立場だけがすべてではないだろう――?」


 がくり、と正騎士が肩を落とした。


「――――それから、貴様らもだ」


 貴族の視線は怒りと屈辱にまみれていた。


「従騎士の分際でこのような真似をして、どうなるか分かっているんだろうな? ……聞いているのか? おい! リュクス!」

「失礼しました。全く聞いておりませんでした、兄様」

「――――」


 ウェルム=ディードの表情が凍り付いた。

 対するリュクスはとても頼もしい鉄壁の微笑を浮かべている。


「今、なんと言った? 俺はウェルム=クラストル=ディードだぞ? 言葉遣いに、気をつけろ」


 ちなみにリュクスの言葉遣いは間違っていない。

 その内容で馬鹿にしているだけだ。


「兄様、もしや、お気付きではないのでしょうか?」

「あ?」

たかが貴族の分際・・・・・・・・で、四大公爵であるライモン=ファレン=ディード閣下の名を騙る偽の書状をお使いになった、その罪を」

「ち、父上は俺を許すに決まっているだろう!?」

許すはずがない・・・・・・・でしょう? それは国王陛下からこの緑の領を託された閣下の信頼にも関わるお話です」

「し、しかし……」

「あなたは踏み越えてはならない一線を、そうと気付かずに何度も踏み越えていたのですよ。……どうぞご自愛ください、兄様」

「……混ざり物がぁッ!」


 予定調和のようなタイミングで、ウェルム=ディードがリュクスに殴りかかった。だから、僕とプロパは動かなかった。動く必要はなさそうだったのだ。


「……!?」


 リュクスはキャッチボールのような軽い手つきで、貴族の右の拳をつかみ、止める。


「――――兄様」


 す、と。

 切れ長のリュクスの目元に、鈍色の刃のような光が宿った。


「俺は楽しく遊んでもらった・・・・・・・あの日のリュクスではありません。俺はまだまだ未熟の身。次はついうっかり、お怪我をさせてしまうかもしれません。お戯れは以降、ご勘弁ください」

「くっ……。離せ!」


 ウェルム=ディードはよろめきながらリュクスから距離をとると、結局、二の句も継げず、逃げ去るように駐屯地へ戻っていった。


「……」


 リュクスは無言でしばらくその扉を見つめた。

 その肩がかすかに震える。

 それは――腹の底をくすぐられているような、笑いだった。


「あー! すっきりしたぁ!」


 いつもの明るい口調で、リュクスはそう言った。




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