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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第1部
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第43話:「いや、待てよ」と正騎士は唇を歪めた。




「……そのくらいでいい、従騎士プロパ」


 プロパの言葉を片手でさえぎった正騎士は、露骨なため息を吐き出しながら、言った。


「何を言いたいのか、さっぱり理解できないな」


 正騎士はまだ若い人間ヒューマンだった。

 緑色のコートの下に身につけているイエルは上品で、顔立ちも整っているし、物腰も柔らかい。だが――その青い瞳は、汚泥をくみ上げたバケツのように濁っていた。

 正騎士の執務机の向こうには窓が開いていて、北東域で最大のブリズ村の大通りが見える。


 騎士団の北東域駐屯地。

 北東域の徴税を管理するための拠点で、ブリズ村の大通りに面した一等地に建っている。


「……アーボイル卿はピータ村の奴隷の少女ラフィアに関して、何もご存じないのですね?」

「ピータ村……。暁の大魔法使いの出身地であり、徴税達成率が良好な村という印象しかないな。……その娘の名前にも聞き覚えはない」


 騎士は大げさな仕草で首をかしげてみせる。


 だが。

 僕はその仕草に見覚えがあった。


 間違いない。騎士アーボイルは、数年前まで、ピータ村の徴税を担当していた騎士だ。あの頃はまだ従騎士だったはず。徴税で不正を行い、それどころかラフィアを誘拐しようとした腐れ外道だ。

 騎士アーボイルはどうやら僕の顔を覚えていないようだ。よかった、覚えられていたら、いろいろと面倒なことになっていただろう。


 騎士アーボイルは騎士団の中でうまく立ち回ったらしい。この北東域一帯の徴税を取り仕切る正騎士にまで昇進していた。


 ほぼ、間違いないだろう。

 こいつがラフィアの情報を貴族に流したのだ。


「いや、待てよ。……ウェルム様がそういう名前の奴隷と誓約書を交わしていたとは聞いたな」


 騎士アーボイルはわざとらしく、大げさな仕草で肩をすくめた。


「その内容をお教えいただけないでしょうか」

「多少は知っている。ウェルム様が笑い話として語ってくださった。その奴隷は『他の村で狩猟術や採集術を指導し、飢える奴隷を減らす』ことが夢であるらしくてな――――」


 言うな。

 お前の薄汚れた口で、ラフィアの夢を汚すな。


 僕は、きつく手のひらを握りしめた。そうでもしていないと、今すぐにでも殴りかかってしまいそうになる。


「その夢に大きく心を動かされたウェルム様は、許可された・・・・・のだ。北東域には徴税の達成率が悪い村がいくつかある。そのうちの1つであるファロ村に出向き、その村の食糧事情を改善してみせよ、とな。

 奴隷は承知した。『失敗した場合には自らの身を差し出す覚悟で挑む』ということだ」

「食糧事情を改善、ですか……?」

「ああ。去年の倍の収穫をあげることが条件だ」


 ……めちゃくちゃだ。

 倍の収穫なんて逆立ちしたってできるはずがない。


「……ありがとうございます。執務中に失礼しました」


 不機嫌そうに言って従騎士のコートを翻したプロパに続いて、僕たち3人は騎士の執務室を辞した。


 騎士アーボイルの口が軽かったおかげで、真相にはあっさりとたどり着くことができた。ラフィアはやはり、妙な契約を貴族と結んでしまったらしい。

 でも、問題はこの先だ。

 他の村の食糧事情を期限付きで改善することができなければ、その貴族の持ち物となるという契約が正式なら、従騎士1人の権能ではどうすることもできない。

 食糧事情の改善なんて短期間では不可能。

 だが、誓約書の条項を破ることも不可能。


 ……くそっ、どうすればいい?


「落ち着け。タカハ。オレやお前が苛ついたところで、状況はなにも変わらない」

「……」


 プロパの言うとおりだ。

 やはりここは、ファロ村に行ってみるしかないだろう。


 僕たちは列になって廊下を進み、建物の出口へ向かう。


 その途中、だった。


 廊下に面した扉の1つが開き、豪奢な服装の男が出てきた。

 若い男だった。

 シャギーが入った黒の短髪と整えられたあごひげ、金属の耳飾りを身につけた妖精種エルフ。キツい香水の匂いに僕は顔をしかめそうになる。

 そいつの目元や顔立ちは――リュクスによく似ていた。

 男は僕たちの存在に気付き、緑のコートを見て1度完全に無視した後、少し驚いた様子でこちらを振り返った。


「あ? ……もしかしなくてもリュクス?」


 男のセリフより少し早く、1歩進み出たリュクス。

 その頬には、すでに鉄壁の微笑が浮かんでいる。


「お久しぶりです。――兄様」

「お前、騎士になったんだな。コートがよく似合ってるじゃないか」

「ありがとうございます。兄様も、太守の大任、ご苦労様です」

「ふーん、お前が従騎士ねえ……。ま、いいんじゃないか。半分そっちに居る・・・・・・・・お前なら、いろいろできることも多いだろ?」


 小馬鹿にするような笑みを浮かべた後、男はひらひらと腕を振って、リュクスに背を向けた。執務室から出てきた騎士アーボイルが僕たちを突き飛ばすようにしながら続く。「ウェルム様、本日のご予定ですが――――」


 僕たちはしばらく無言で立ち尽くしていた。

 犬人族ドグアの友人は肩を落としている。すぐにリュクスは視線に気付いて、僕を安心させるためだけの笑みを浮かべた。


「あの人が俺の兄、ライモン公爵の次男、ウェルム=ディード。長男のセラルドよりも次期公爵として有力視されてるんだ。切れ者って有名でね」

「……ウェルム様は、悪癖・・も、そこそこに有名だがな」


 プロパの顔には『気に食わん』とでかでかと書かれていた。

 ここへ来るまでの馬車で語られたウェルム=ディードの性質を思い出し、僕もまた暗い気持ちになった。


「……奴隷の蒐集しゅうしゅう、ね」


「別になんの慰めにもならないと思うけど、ウェルム兄さんは『蒐集』して『鑑賞』するのが好きなだけなんだ。触ることもほとんどない。ライモンのおっさんと同じで、奴隷の人たちのことは物だと思ってるから」

「性能がいい、形がいい――そういうモノ・・を集めるのが楽しいのだろう。さっぱり理解できないが」

「ライモンのおっさんは認めてないけど、秘密裏にやろうと思えばいくらでもできるからね……。集めた奴隷を養う金しかかからない。騎士団だって止めようとはしない」


 リュクスは珍しく感情を表に出して、吐き捨てるようにそう言った。

 リュクスのお母さんは城仕えのメイドだった。そんなリュクスが幼いころから兄たちにどういう風に扱われてきたかは想像するまでもない。

 『人と物の混じりもの』――――


「……出るぞ。マルムを待たせている」


 廊下を進み、僕たちは建物を退出する。

 北東域で1番大きなブリズ村の大通りと、そこを行き交う人々や馬車が、からりとした夏の太陽に照らされていた。


「あ。タカハ……」


 建物のそばで待っていたマルムが、もそもそとした足取りで近づいてくる。


「どうだったー?」

「……ラフィアはファロ村に居る」

「え……? ファロ村って」

「そうだね」


 これは単なる偶然だと思うけれど。

 ファロ村とラフィアには浅くない因縁がある。


「ラフィアの回路パスを奪った奴隷の出身地だ」


 4年前。

 僕、マルム、プロパが魔法使いになった『9歳の儀式』で、ラフィアは失敗し、魔法使いになることができなかった。

 詠唱の途中で邪魔されのだ。

 ファロ村から逃げ出してきた脱走奴隷によって。


 マルムはねこみみをそわそわと揺らした。


「ファロ村の狩猟団に手を貸し、去年の倍の収穫量を達成しなければ、ラフィアは貴族の屋敷へ連れて行かれる。そういう契約を結ばされたみたいだ」

「2倍……!? そんな――!」

「僕たちはとにかく行ってみよう、マルム」

「わ、分かったー」


 猫人族カティの少女とうなずき合い、僕はすぐ近くに居る2人に向き直った。


「それで、プロパ、リュクス。2人にも頼みがある」



――



 ファロ村は、2つの山の間に作られた小村だった。


 扇状の傾斜に沿うようにして、ピータ村と似た雰囲気の丸太組の家が密集している。人口はピータ村よりも少し多い120人程度。村の真ん中には山から流れてきた1本の川が流れていた。


「……あれ?」


 それは、僕のつぶやきでも、マルムのつぶやきでもなかった。

 ……てか、いきなり会えた。


「タカハ、どうしてここに?」

「それは僕の台詞……な、はずなんだけど――」


 大人の狩猟団員たちに混じっていたラフィアが村の門の下で首をかしげている。ラフィアのティーガは全身が泥まみれで、髪の毛にも木の枝や木の実の殻がくっついたりしている。

 でも、笑顔はいつも通り。

 むしろ、いつもの数割増しな感じだった。


 ……あれ?


「ラフィアちゃんの知り合いの騎士様?」

「この前のあの騎士様とは違うじゃねえか」

「また話をややこしくしようってんですかい?」


 ラフィアを護衛するように立つ狩猟団員たちは警戒心を隠そうともしていない。


「あ、みなさん違います。彼は弟なんです。騎士にもなりたてで……だから関係ないと思います」


 ざわざわと狩猟団員たちの間にどよめきが広がっていく。


「本当に大丈夫です。ちょっと話してきますね」

「……ああ。俺たちは狩猟団にいるぜ」


 屈強な狩猟団員たちを笑顔で見送ったラフィアが、とててっと軽い足取りで近づいてくる。


「あ」


 ラフィアの青い瞳が大きく見開かれた。


「タカハ、背が伸びたね?」

「そこ――!?」


 た、たしかに、この1年のうちで僕の目線の高さはラフィアのそれを上回っていた。


「ん、たった1年でこんなに……。すごいなあ、男の子って、にょきにょき伸びるんだね」

「……擬音に悪意があると思う」

「でも、わたしにはまだ耳がありますから」


 ふふん、と胸を張ったラフィアはうさみみを起こした。20センチくらい稼がれる。そうすると勝てない。ず、ずるい……。


「ラフィアー……、だ、大丈夫なのー?」


 マルムが僕の後ろから顔を出した。


「マルムもいるんだ。ええと……」


 兎人族ラビテの少女は人差し指をあごに当てて、空を見た。考えごとをするときのラフィアの癖だった。


「じゃあ、2人は知ってるってことだよね?」

「……ラフィアが貴族と変な契約を結ばされて、ここの狩猟団の収穫を2倍にしなければ、そいつの屋敷だかなんだかに連れて行かれる、ってところまでは知ってる」

「それで全部、かな。……なんだかよく分からないうちに、誓約書っていうの? それに名前を書いちゃって。精霊様の前での誓いだから絶対だって言われたんだけど……うん」


 大きく頷いた姉さまは、はっきりとのたまった。


「たぶん、なんとかなっちゃうと思う」


 僕とマルムは、きっかり3秒、動きを止めた。

 追い打ちをかけるように、ラフィアは言った。


「去年と比べて収穫を2倍にできちゃいそうなんだ」


「「ええええええっ!?」」


 ラフィアは僕たちの大声にこそ驚いた様子で肩を揺らして、微笑を浮かべた。


「タカハ、覚えてる? わたしの魔法を奪った脱走奴隷の人のこと」

「……忘れるはずないじゃないか」


 あのとき、ファロ村から逃げ出した奴隷は5人だったという。そのうちの1人がピータ村にやってきて、ラフィアの回路パスを奪った。


「わたし、よく分かったよ。……ここの村人たちがどうして脱走しなくちゃならなかったのか」

「……理由があるの?」


 頷いたラフィアはこの村にまつわる歴史を語り始めた。


「もともと、ここには2つの別の集落が・・・・・あった・・・んだよ――――」


 ――川のこちら側には人間ヒューマンの集落。

 ――向こう側には妖精種エルフの集落。


 それぞれが独立していたころは、お互いに干渉をしないという約束事が守られていた。狩場の線引きもしっかりしていていたし、いざというときは互いに助け合いもしていて――そう、何事も問題はなかった。

 けれど、十数年前。

 当時の騎士団の唐突な命令で、2つの集落は1つの村に統合された。

 悲劇は、そこから始まった。


「…………そっか。招集と徴税は『村』っていう単位にかけられるから」

「うん。もともと別の集落だったから、『どっちがどれだけ負担するのか』で押し付け合いにあったの。だから、川を挟んだ両側で、人間ヒューマン妖精種エルフの人たちの仲が悪くなっていった」

「……」


 持ち回りの順番、狩猟地の割合――そういう部分で徐々にお互いの主張にすれ違いが始まって、あとは早かった。無理やり作り出された『村』はたったの数年で内部分裂を引き起こした。

 それでも、徴税と招集は『村』という単位にかけられ続ける。自分の集落の人口や収穫量を少なく申告したり、狩猟の邪魔をしたり、外部から騎士がめちゃくちゃな介入を繰り返したりしているうちに――数年前、ついに人間ヒューマンの側の集落で、狩猟団が村人たちの食糧をまかなえなくなるという事態が発生した。


「そのとき逃げ出した奴隷のうちの1人が、ピータ村に来て、それで……」

「……」


 悪い部分は、たぶん、当事者全員にある。


 でも、1番は間違いなく――騎士団だろう。

 騎士の行動は愚かだ。集落を合併させることはまだ認めてもいいけれど、その後の管理がひどすぎる。苗だけ植えて、草刈りも水まきもしないで、『なんで実がならないんだ』と茎を殴りつけているかような、滑稽な話に聞こえる。


「それで、ラフィアはー……どうやったのー? 収穫、2倍にー、増えたんだよねー?」


 話を聞くかぎり状況は最悪だ。

 たしかにラフィアは同い年の狩猟団員とは比較にならないほど、狩猟術や武術をがんばってきた。けれど、兎人族ラビテの少女1人がどうにかできるような状況とはとても思えない。


「あ。ほら、私は人間ヒューマンでも妖精種エルフでもないでしょ?」


 ラフィアが人差し指を立てて言った。


「だから、仲良くしてもらうことにしたの」


「……」

「……」

「ちょっと待って。今、話がものすごーく飛んだ気がする」

「うんー。……私もそう思った」


 当のラフィアは「あれ?」と首をかしげている。


「じゃあ、簡単にもう1回言うね。……川のこっち側に人間ヒューマンの村人が住んでるでしょう?」

「うん」

「あっち側には妖精種エルフの人が住んでて」

「はいはい」

「で、もともとは別の集落だったのを、無理矢理一緒にされちゃったから、徴税や招集のもめ事で、仲が悪くて、狩猟団の状況もよくなかった」

「オッケー」


「だから、――仲良くしてもらうことにしたの」


 ラフィアは満面の笑みを浮かべる。

 きらーん、とその口元で白い歯が輝いた。


「……うーん」


 僕は腕を組んで、首をひねった。


「つまり、もう、その2つの集落の人たちは、仲が良くなってる?」

「なってるよ! ほら見て!」


 ラフィアの指さす先に僕は目をこらした。


「……あ」


 川の両側から、橋がかけられようとしていた。


 一方の川岸では人間ヒューマンの男たちが作業をし、もう一方では妖精種エルフの男たちが作業をしている。

 橋の作りも少し違っていて、人間ヒューマンが作っている側は丸太の素材感をそのまま活かした豪快な雰囲気だが、妖精種エルフの作っている側は削り出した木目が美しいほっそりとした橋だった。


「そんな細い橋じゃ折れちまうだろーが!」

「……あなた方は声がでかい。……そして、その橋は見るに堪えない」

「んだと! 先に真ん中についた方が勝ちだからな」

「――――」

「黙って加速すんなよ!」


 互いにののしり合っているのに――両者の口元には、かすかな笑みがあった。


「うちには喧嘩ばっかりしてる人たちがいるから、慣れてるんだ、わたし」


 ラフィアは肩をすくめて、僕を見た。

 ……いやいや。


「なに言ってるのさ。僕はけんかなんかしてないよ。ゲルフが一方的につっかかってくるの」

「わたし、何も言ってないけど?」

「…………」


 そう言って、ラフィアは屈託なく笑う。

 我が家では姉さんがいつも正義だ。

 それはたぶん、これから先もずっとそうなのだろう。


「だから、わたし、知ってるんだ。本当に仲が悪い人は、けんかだってしないの。ファロ村の人もそうだったんだよ、きっと……」

「ラフィア」


 僕は兎人族ラビテの少女の肩に手を置いた。

 訊かなくちゃいけないことがある。

 これを確かめなくては――僕が納得できない。


「ラフィアは、この村の人のことを恨んでないの?」

「……」

「自分たちの都合で勝手に争って、脱走奴隷を出して、その奴隷が、君から魔法を奪った。僕が君の立場だったら――絶対に許せない。今の僕は騎士だ。今はまだ見習いだけど、いつかきっと正騎士になれる。僕なら、この国のルールに従ってこの村に制裁を加えることもできる」


 大きな青い瞳で僕を見上げたラフィアは。

 ――ふるふると首を横に振った。


 呑み込むってことか。

 あの瞬間の絶望を。痛みを。

 砕かれた未来の可能性さえも。

 納得、できない。


 僕はそれを言葉にしようとして――先を越された。


「わたし、言わないつもりだったんだけど、言っちゃったんだ。

 あなたたちの村のせいで、わたしは回路パスを無くしました、って」


 ラフィアは、僕の寝坊を叱るときのあの表情で、言う。


「それから、話し合いが始まったの。何日もかけて話し合いをして、その間、何度も殴り合いの喧嘩になって……騎士様にも仲裁してもらったりして……それで、最後はちゃんと約束をして終わったよ」


 妖精種エルフたちは魔法が得意だから、招集を少し多めに参加して。

 人間ヒューマンたちは狩猟術が自慢だから、徴税の負担を多めにして。


「昨日、もともと2つだった狩猟団が統合されて、その記念に橋をかけようっていう話が進んで、それで今、あの橋を作ってるの」


 ラフィアはいくつか言葉を重ねた。

 もともと、このままではいけないという雰囲気が2つの集落の間にはあったこと。

 以前の体制に固執していたのは一部の人だけだったこと。


 その話を聞きながら、でも、僕は思う。

 最後につなぎ合わせたのは――僕の目の前で屈託なく笑う兎人族ラビテの少女だ。


「だから、今のわたしは、ファロ村の人たちを恨んでない」


 きっぱりとラフィアは言い切った。

 星空を敷き詰めたように輝く青い瞳が、まっすぐに僕に向けられている。

 その表情には怒りも、嘆きも、絶望も、含まれていなかった。

 引き裂かれていた村が1つにまとまって、狩猟団の実力が向上して、飢える人たちが減ることへの純粋な喜びがあるだけだった。


 終わってみれば、なんのことはない。

 世界の理不尽に襲われた少女は、たった1人で、その理不尽を1つ、解消してしまったのだ。


「てことは、収穫量は大丈夫?」

「うん。他の木の実も去年の倍以上にとれてるよ。……というより、去年がひどすぎたんだけどね。獣は狩りすぎるわけにはいかないけど、あの誓約書のことは大丈夫だと思う」


 ……まいったな。

 あと、僕にできることは――――


「そういえば、ここはファムの実の特産地なんだっけ?」


 ファムの実はピータ村の標高ではあまり収穫することができない比較的貴重な木の実だ。しゅわしゅわする不思議な食感から、嗜好品と考えられている。


「ねーねー、タカハ。……ファムの実、だよねー?」


 マルムに袖を引かれて、僕は振り返る。

 その眠そうな目に宿ったいたずらっぽい光を見た瞬間に、どうやら同じことを考えているのだと気付いた。


「じゃあ、僕たちはそれを3倍にしにいこう」


 マルムは眠そうな目のまま、にへらと笑った。




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