第37話:「諸君の健闘を祈る」と騎士団長が言った。
隊舎の中の講堂のようなスペースに僕たちは連れて来られた。
全員で100人に届くか届かないか、くらいの人数だろう。少しだが、女の子もいる。
「タカハ、あの女の子の中だったら、誰が1番いい?」とリュクスが言った。
「……帽子を深くかぶった、地味な感じの人間」
「次は?」
「ま、当然、あのセクシーな感じの妖精種だよね」
リュクスはふざけて、額に『星の祈り』を刻んだ。
「ピッタリ。俺と完全に一致だ」
「あの人間の子とか、リュクスのタイプじゃないと思ったけど……」
「ああいうのが1番楽しいんだよ」
「遊んでるなあ」
「あははー」
「――お前らな」とプロパが低い声で言った。だが、その首筋はわずかに赤い。
「タカハも結構女の子と遊んでるみたいだからさ」
「い、いや、それは事実無根。頭のなかだけだよ。想像訓練……?」
22+13年分の想像訓練とはさすがに言えない。
「まあ、プロパのところは門限が厳しいからな」リュクスが言った。
プロパのおじさんもまた、有名な魔法使いだと僕は聞いていた。
「えっと……『瀑布の大魔法使い』様?」
「そうだ。水魔法といえばゼイエルおじさんだと言われている。オレはそこで4年間魔法を教わったんだ。水属性に関してはほとんど免許皆伝をもらっている。……」
そこで、プロパはリュクスに視線を投げた。「門限が厳しいというが、普通はそうなんだ。お前のところが異常なんだぞ、リュクス」
「そうやってちゃんと言葉にしてくれるのはプロパだけだよ、ありがと」
「……だから。なぜ感謝をする」
ちょっとよく分からない会話だった。
真意を問いただそうとしたとき――講堂の壇上に緑のコートを着た騎士があがった。
「静粛に!」と別の騎士が言った。
波のように、静寂が広がっていく。
僕は壇上を見る。
妖精種だ。額が少し後退しており、白すぎる肌の色と相まって、どこか不気味な印象を与える。だが、金色の瞳には理性的な光が宿り、コートの下にはしなやかな筋肉が隠されている。腰につるした剣はレイピア。緑色のコートにつける金色の徽章の数が、今までに見たどの騎士よりも多い。
脳裏にかすかな電流が走る。
まさに4年前、僕はこの人に会っている。
「覚えておいて、タカハ」
リュクスが囁いた。
「あの人がロイダート=ボウ緑色騎士団長。風魔法と刺剣術の相当な使い手だ」
「――――まずは足を運んでくれた苦労に礼を言おう」と、騎士団長が遠くまで通る声で言った。
「この挨拶をするのは、実は今日だけで5度目だ。この講堂だけでなく、別室にもたくさんの希望者たちがいる。それぞれで同じ言葉を繰り返し、これが5度目、というわけだ。
だが、入団を許可するのは緑色騎士団が発足してより変わらない17名のみとする。今日は存分に幼年期の研鑽をぶつけてほしい。
……諸君の健闘を祈り、今宵の入団式でふたたび会えることを楽しみにしている」
緑色騎士団長が緑色のコートを翻し、壇から下りた。
そのコートの背中に描かれた大きな金色の鷹が講堂の全員を睨みつけたかのように、しばらくは誰1人として言葉を発しなかった。
――
「おい、その服はなんていう服なんだ?」
会ったことすらない狼人族の大柄な少年が、廊下で僕に絡んできた。典型的なガキ大将って感じ。毛深いせいで、派手に着飾った服が致命的に似合っていない。
「ティーガっていうんだ。僕は魔法奴隷出身だから」
「すげえカッコいいな」
取り巻きの数人がどっと笑う。
……あー。うるさい。
「魔法はいくつ使えるんだ? 単位魔法3つくらいじゃ受からないぞ?」
「いくつくらいで合格するのかな?」
「知るかよ」
「あ、そ。使えないね」
狼人族の少年は反撃がくるなんて思いもしていなかったのだろう。目を丸くして絶句した。いい気味だ。
「――次。ピータ村出身、人間のタカハ」
僕は騎士に連れられて正面の広場に出る。
駐屯地の正面にある広い運動場は数十個のスペースに仕切られ、それぞれのスペースで希望者たちが魔法を使っている。騎士がそれをカウントしていた。見たことのない魔法もちらほら見かけて、少しテンションが上がる。
「タカハで間違いないな?」と木組みの椅子に座った騎士が言った。
「はい」
「属性は?」
「火属性です」
「できるだけ多くの単位魔法と修飾節を披露しろ」
「……あの、質問をいいでしょうか?」
「許可する」
「評価の基準を教えてもらえますか?」
「単純に使える魔法の数だな。単位魔法と修飾節を記録する」
「今までで1番多い記録はいくつですか?」
「ん? ええっと、確か、修飾節を17個以上使えた者がいたか……? まあまあ、気負うなよ。そんな化け物みたいな数を唱えなくても受かる」
なんだその程度か、と僕は思う。
ゲルフの言うとおりだった。
「では、よろしくお願いします」
とりあえず、火属性で知っている8個の単位魔法とそれにかかる22の個修飾節を組み合わせて、魔法を唱え続けた。良いトレーニングになった。
「このくらいでもいいですか?」
騎士は呆然として、僕を見ている。
「たぶん、魔法の重複はないはずですが……?」
「……試験を終了する。別室で待機しろ」
「ありがとうございます」
僕はおじきをして、スペースを去った。控え室がある隊舎のほうへ戻ろうとして、さっき僕に絡んできた狼人族の少年が向こうから歩いてくるのに気付く。騎士に連れられていた。これから試験のようだ。
「お前……何個唱えたんだよ? お前が出ていってからどれだけ経ってると思ってるんだ?」
「知らないよ。ま、頑張ってね」
「お、おい……」
大柄な狼が肩を小さくしていて、僕は少し笑った。




