第35話:「ボク、オマエのこと、かなり好きだな」と少女が言った。
「ほのふろっふぁのひっへふはいな」
「飲みこんでから喋りなさい行儀が悪い」
エクレアはものすごいスピードで顎を動かして、口の中のものを飲み下した。
「このクロッカの実って美味いな!」
「とーぜん!」
僕の料理は、ラフィア仕込みなのだから……!
僕とエクレアは領都の壁の外にいた。
郊外にある北西森林の結構深いところで、僕たちは野宿をしている。テントを2つ、たき火は1つ。夜も深い。僕はゲルフの生存術の訓練で慣れているけれど、エクレアは森の中でキャンプをすることに大はしゃぎだった。ただでさえよく喋るエクレアは壊れた蓄音機のようになっていて、正直、うるさい……。
「クロッカなんて、ありふれた木の実だと思うけれど……」
「採りたてをお湯で戻すとこんなに美味いなんて知らなかったんだよ。ふわふわしてとろとろしてて、食べたことのない感じだ。さっきも言ったけど、2日ぶりの食事でさ。そこへきてこれだろ? もう感動だよ。すげー興奮だよ」
「う、うん。それはよかった」
「あー悪いな。ボク、ついついしゃべりすぎちゃうんだよな」
「クラフトマンって何? 肉体奴隷の仕事なの?」
「いや、別だな。趣味みたいなものかな。ほら、ボク、もともと魔法が使えないだろ? 目や髪も変な色だし、かなりオトナたちに気味悪がられてさ、でもまあ、ボクみたいなのがいいっていう変なオトナが――いや」
ぶつりと録音が途切れたみたいに、エクレアは強引に言葉を切った。
そして、首を横に振る。
「とにかく。ボクは魔法が使えない。でも、魔法奴隷に戦う力で負けたくなかった。それで、魔法で動かすいろいろな道具を作ってたんだよ。それがボクのアート。クラフトマンの作品。ハッタリじゃないぜ? ほんとうのことさ」
胡椒の爆弾に、煙幕のビンか。
……なるほど。
「エクレアの回路でも使える道具ってことだよね?」
「そうそう。ボクは5マナまでの呪文しか唱えられないから、その条件の中で使える呪文っていうとほとんど無いんだよな。位置を指定する”眼前に”の修飾節は外せないしな」
17秒あたり5マナの回路しかなければ、ほとんどの呪文は使えない。
「どんな道具が使えるのか、全然想像できない……」
はっはーん、とエクレアは笑った。
「そこがボクとタカハのスペックの違いだな。いくらでもひねり出せるね。例えば、『土の11番』」
「土の壁を出すだけの呪文でしょ?」
「土の壁が起き上がる呪文だ。その通り道に、弓の弦を仕掛けておけば、どんなに重い弓でも引けるだろ?」
「…………確かに」
「ボクみたいな非力なやつでも、『鉄器の国』の『重弓部隊』が使う鋼鉄の弓を引けるってわけさ。そうしたら、フツーの魔法奴隷に負けないくらいの戦闘力にはなると思うんだ」
エクレアは肩をすくめる。
「ま、こういう閃きが止まらないから。ボクは工房で道具を作ってる。もっとも、ほんとうに強い道具は売ったりしないけどね」
「どうして?」
「……怪しまれるんだよな。『ほんとうに使えるのか、コレ?』ってなわけ。騎士サマにも言ったんだ。『そこんじょそこいらの魔法奴隷よりも活躍してみせます』ってさ。でも、聞き入れてもらえなかった。ま、トーゼンだよね」
あとは、とエクレアは言葉を切った。
「マジで護身用に使いたいっていうのも、ある」
笑い飛ばすことは出来ない。
肉体奴隷が生活するのは、決して真っ当な環境ではないのだから。
「お? ビビった? ビビった?」
エクレアは無邪気に笑った。
「――――それで、あんな危ないことを?」
少女のその笑みが、強張った。
「……だってさー。あーでもしないと、アートの材料費を稼げないんだよなー。しかもアブナイことじゃない。ボクは普通の魔法奴隷が相手ならほとんどの場合勝てるし」
「え。負けたじゃん」
「タカハはフツーじゃないのッ。自覚しろって。あー! 思い出したら気になる! なんでタカハは2つの属性を使えるんだよ!? それこそ、あの有名人のゲルフサマだって、成人したのと同時にやっと2重属性だったんだぜ? それでもかなりすごいらしいけどさ」
「……」
こんなところでゲルフの名前を聞くとは思いもしなかった。
「さっきのあれは特殊な風属性の魔法だってば」
「ウソだね。だったら魔法番号はいくつなんだよ」
「秘密。師匠の秘伝だから」
「くっそー! 気になるなー!」
「そんなことより、僕が悪いやつだったら、エクレアはケガをしてたかもしれないだろ? 決闘なんて言ったら命が危ないんじゃないかって思うし……。ええと、だからとにかく、もうあんなことはやめなよ」
「……」
青い瞳がまん丸になった。
「くっ……あはははッ!
そして、エクレアは腹を抱えて笑い始めた。
「エクレア……?」
「いやっ……ははッ。カクシンしたよ。タカハ」
「なにを?」
「ボク、オマエのこと、かなり好きだな」
…………え?
たき火の明かりが、エクレアの薄青の髪を幻想的に照らしている。悪ガキみたいな表情をいつもしているせいで気付かないけれど、小柄なエクレアはかなり整った顔立ちをしていた。
エクレア。
女の子であることを隠す、青髪の少女。
魔法使いに戦いを挑むことで存在を証明する、肉体奴隷――――
「タカハはさ」エクレアが僕に顔を近づけて言った。「……アタマに『バカ』をつけてもまだまだ足りないくらい、底抜けに突き抜けた、イイヤツなんだよ」
「…………へ?」
「タカハは言ったよな? 『僕とエクレアは赤の他人だ』って。それはこっちから見たってトーゼン同じだ。フツー赤の他人にそこまで言わないよ。アブナイから稼ぐのをやめろ、なんてさ。ましてボクは肉体奴隷で、タカハは魔法奴隷。ほんとにオマエはイイヤツなんだって」
ふふふっ、とエクレアは笑って。
「……あ? ナニ見てんだよ?」
そう言ったエクレアは、やっぱり悪ガキの表情に戻っていた。
――
「む……」
次の日の朝は、いつもどおりの時間に目が覚めた。
どうやら、僕のテントにエクレアが忍びこんで、物を盗んだということもなかったようだ。その気配は感じなかったし、荷物の状況も問題なさそうだ。
テントから這い出る。
もう1つのテントの中に、エクレアは居なかった。
「あ」
テントの中に羊皮紙が置いてあった。
『ボクはココロを盗まれたんだ。
そう、タカハ、キミにね。 ――エクレア』
僕は吹き出した。
唐突にポエム。
なにを伝えたかったのか全く理解できない。
……結局、あの後、会話は終始エクレアのペースに呑まれて、肉体奴隷の生活のことは聞けなかった。また機会はあるだろう。それこそ、騎士になれば嫌っていうほど知ることができるはずだ。
それよりも――
「いつか、エクレアのアートを見に行こう」
僕はそう決めた。
じわじわと目が冴えてくる。
今日は、従騎士試験の日だ。




