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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第1部
35/164

第34話:「大マジ」と僕は真顔で答える。




「――――だって、僕は魔法奴隷でエクレアは肉体奴隷だから。不意打ちなんてダサくてできないでしょ」


 コロッセオの空気が、別の意味で凍りついた。

 その沈黙が怒りの爆発に変わる前に――僕は決闘の開始を告げるべく、杖の先端をとんっ、と地面に触れさせた。


 決闘の開幕。

 その瞬間、呪文はお互いが確実に唱える。

 1つ目の呪文同士の相性で勝敗が決定しまうこともあるくらいに重要な呪文だ。


「”風―2の法―――”」


 僕が選んだのは『風の2番ヘビィウインド』。

 強力な突風を出現させる、風属性の軽量魔法。攻撃力という意味ではほとんどないが、火や水の軽量魔法への防御力は十分だ。


「”――今―眼前に ゆえに対価は7つ”」


 対するエクレアは詠唱をしない。

 代わりに、腰のあたりからなにかをこちらに投げた。


「そらよッ」


 僕の後方からエクレアへ向けて、突き進む突風ヘビィウインドが出現したのは、エクレアが放ったなにかが空中ではじけたのと同時だった。

 袋のようなそれから、灰色の小さな粒がまき散らされる。


 僕は呆然とそれを見上げた。


 これは、まさか…………コショウ?


「おっと。風属性の使い手は久しぶりだな……!」


 ぶわりと吹き広がった灰色の微粒子は『風の2番ヘビィウインド』に押し返され、エクレアを襲う。

 ――寸前、身軽な動きでエクレアはそれを回避した。奥の建物で見ている肉体奴隷たちに灰色の雲が直撃し、涙とくしゃみの地獄が広がる。


 静止する時間の中で思考を走らせる。

 もし、別の属性の魔法を選んでいたら――あの胡椒爆弾の範囲内につかまって、次の詠唱をすることすらできずに、負けていたに違いない。エクレアは自らのことをクラフトマンと言った。道具を作る、ということ――――?


 いや、それは後回し。

 今はこの状況をどう打開するか、だ。


 風属性だけで倒せるだろうか。


 ……負けて身ぐるみをはがされても困る。

 とくに領都の通行書は奪われるとマズい。


 仕方ない。


 僕は火属性の魔法詠唱を開始した。


「”火―1の法―2つ―待機―眼前に ゆえに対価は16”」


 時間指定節に3マナの修飾節モディファイ、『待機』を編みこむ。エクレアが回避に専念した隙に、僕はこの空間に2つの『火の1番フレイムボール』を伏せることに成功した。


「――――そんな呪文でいいのか? タカハ」


 僕の視線の先で、エクレアは小さな右手を空に掲げていた。

 その手の中には――ビンのような物が握られている。

 エクレアはそれを僕との中間地点に叩きつけ、それは炸裂した。


「――ッ」


 煙幕のような大量の煙がビンの落ちたあたりから広がっていく。すぐに視界はもうもうとした煙幕で塗りつぶされた。伸ばした手のひらすらよく見えないほどの密度だ。

 ……やっぱり、エクレアは戦い慣れている。

 胡椒爆弾は魔法使いの言葉を封じるため、この煙幕は魔法使いの目を封じるため。どちらも魔法使いに1手を消費させる。エクレアは道具を使うことで、魔法使いに対して簡単にアドバンテージをとれるのだ。


「覚えとけよ! 風魔法の弱点は……ッ!」


 煙幕の中から声が聞こえた。同時に、タタタっ、と小走りで近づいてくる足音を僕の耳は敏感に聞きつけている。


「至近距離なんだぜ……!」


 返答は。

 もちろん決まっている。


「”待機解除”」


 僕の右手と左手の先に、『待機』していた2つの『火の1番フレイムボール』が出現。その橙色の光が、暗い煙幕の中で、少女のシルエットを照らし上げる。


「火属性!? なんで――!?」


 2つの小火球フレイムボールは僕がイメージした方向に撃ちだされる。つんのめるように2つの火球を回避したエクレア。手に持っていた金属製の武器が地面をカランカランと転がっていく。その無駄な動作は、僕が距離をつめるのには十分な時間だった。


 僕は少女の細い首筋に『黒の長杖』を突きつけていた。


「降参?」


 青髪の少女は僕の目を見て、「…………参った」と言った。


「素直でよろしい。”風――”」


 僕の魔法によって煙幕が吹き散らかされ、かたずを飲んで見守っていた肉体奴隷たちが状況を知る。

 ――と、コロッセオはふたたび怒号に包まれた。

 大抵は勝つエクレアに賭けた者の呪いの声。残りは、僕に賭けて大きく稼いだ者の歓喜の声。


 エクレアは肩をすくめて立ち上がる。


「くっそー! このコンボを潰されたのははじめてだー! ……なータカハ! もう1回! もう1回ショーブしようぜ!」

「やだよ。もっと変な道具使うつもりなんだろ?」

「バレたか……」


 小さな舌を一瞬だけ見せるエクレア。あの胡椒爆弾も煙幕のビンも、そこそこ以上の凶器だ。これ以上の道具って、どんなのなんだ……?


 肉体奴隷たちのお祭り騒ぎは周囲で続いている。そんなのは全く耳に入っていない様子で、僕を観察しているエクレア。13歳の僕も小さいけれど、エクレアはもっと小さい。薄青の瞳には『興味津々』の四字熟語が踊っていた。


「あ! そうだ! さっきの『火の1番フレイムボール』、どういうことなんだ? まさかオマエ、その歳で2重属性使いだっていうんじゃないよな?」

「ん? なんのこと?」

「使っただろ? 火属性の魔法」

「いや、あれは風属性の魔法の1つだよ」

「じゃあ魔法番号はいくつなんだよ?」

「……秘密」

「あー! 誤魔化してる! その黒い杖か? なんかすごそうな杖だな! どういうシクミなんだよ~? 気になる気になる気になる~! なあタカハ~! 教えてくれよ~!」

「エクレアがどうしてこんなことをしてるのか教えてくれたら、僕も答える」

「んー……それは、まあ、長い話になるんだよな」


 たはは、とエクレアは肩をすくめて、先ほどまでのテンションの高さが嘘のように、僕から視線を外した。


「じゃあ、行こうか。エクレア」


 僕は扉のほうへ足を向けた。


「え? 行くってドコにだよ?」

「約束でしょ? 晩メシ・・・、ご馳走するよ」


「…………マジ?」


「大マジ」と僕は答える。「ちょっと聞きたいこともあるしね」




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