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算数で読み解く異世界魔法!  作者: 扇屋悠
騎士団編・第1部
34/164

第33話:「そういうわけだぜ、魔法奴隷さん」と肉体奴隷が言う。




 青髪の少女の案内は続く。


 大ざっぱに、領都の正門に近い北区は奴隷たちが多く、ムーンホーク城に近い南寄りには市民が多いようだ。

 領都の西の端には、騎士団の本部がある。

 そのため、北東のほうに奴隷たちの領域が作られるのは必然だった。


「ボクたちの仕事場を紹介するぜ」と連れてこられたのは、だだっ広い空き地だった。


 夕日に照らされて、どこか寂しさが漂っている。

 石造りの建物の間に出来た空白。

 同じ大きさに揃えられた木材や、馬車が出入りするような順路がある。なにかを加工して、どこかに運び出すのだろう。肉体奴隷たちの仕事は魔法奴隷とは違う。


「ここは……?」

「言っただろ? ボクたちの仕事場。材木を加工して王城で使うための薪にしたり、外から石材を運びこんで家を建てたり……領都内の肉体奴隷の拠点なんだ。タテモノでは肉体奴隷たちが休んでる。今は交代の時間だからさ。こうしてサビれてるってわけだ」


 じわり、と澄んだ水に墨汁を垂らしたように。

 僕の心に暗い影が広がった。


 周りの建物で、肉体奴隷たちが休んでいる。

 なのに、僕はその気配を感じることができない。

 まるで――息を殺して肉体奴隷たちが僕を見ているかのような。


「そういうわけだぜ、魔法奴隷さん・・・・・・


 がぁん! と大きな音を立てて、空き地の入り口にあった柵が閉じられる。


 ……迂闊。

 エクレアに悪意が無いとなぜか僕は信じていて。

 いや。そもそも、肉体奴隷が魔法奴隷を攻撃する道理は無いと思い込んでいたのだ。


 反省は後だ。呪文を――――


「おっと。魔法はナシだぜ。理由も説明するから、とりあえず落ち着いてくれよ」

「……」

「周りのタテモノから弓を使える肉体奴隷が5人、タカハのことを狙ってるからさ、魔法は、マジで、なしな?」

「……どう落ち着けっていうんだよ」

「まあまあ。とって食おうっていうワケじゃないんだよ。だってタカハを襲ってボクが得るモノを考えてみたらわかるだろ? あははっ。着てるモノくらいしかないじゃん。しかも、魔法奴隷を倒すなんて、肉体奴隷のボクからすれば相当なリスクを伴う戦いだ。もちろん、タカハにケガをさせれば、ボクは騎士団から処分を受けることになる。『奴隷が奴隷を襲うのは重罪』ってワケだ。な? ココまでついてきてる?」


 ついてきている、どころか、何度も繰り返した考察だ。

 肉体奴隷が魔法奴隷を傷つけることに、得なんてない。

 だからこそ、僕はエクレアの言葉が、同じ『奴隷』への優しさだと思っていたのに。


 エクレアが深いフードを外した。

 青の珍しい髪がふわりと広がる。

 幼い顔立ちと輝く瞳。

 小さな手。


 にぃっという満面の笑みは、瞳の輝きがギラついているせいで、肉食獣のそれに見えた。


「…………ッ」


 小柄な少女に僕は気圧されている。


「さあさあさあ。ここでモンダイだぜ、タカハ。ほんとうはこんな質問をしないけど、タカハは頭がよさそうだから、今回はトクベツだ。『ボクはどうしてタカハをこんな状況に引きずりこんだのでしょーか?』」


 …………くそっ。

 見つけた答えは馬鹿げていて。

 でも、どうやらそれしかなさそうだった。


「……僕とエクレアは赤の他人だ」

「ふんふん」

「……つまり、狙いは僕個人じゃなくて、魔法奴隷なら誰でもよかった」

「おーおー」

「……エクレアは肉体奴隷が魔法奴隷を傷つけることの無意味さを認めていた」

「うんうん」


「なら、決まってる。エクレアが魔法奴隷を攻撃するのは、君の個人的な愉しみ・・・のためだ」


「――――ご名答」


 エクレアはもう1度、にぃっと笑った。

 青髪の少女は腰から杖を・・取り出した。

 打ち捨てられた材木で作ったみたいな、ぼろい杖だった。

 エクレアはそれを自らの胸の前に掲げた。


「――――タカハ、ボクと決闘してくれ」


「…………は?」


 決闘。ケットウ。①魔法使い同士が自らの技量をぶつけあい、相手を降伏させるまで戦うこと。

 魔法使い同士の決闘は、『魔法の国』に伝わるいくつか童話のフィナーレを飾る、華々しい儀式だ。大抵の場合それは一方の死を伴うため、現代では魔法使い同士の決闘は禁止されている。


「ボクと、魔法で、決闘してくれ」


 間の抜けた返答を2度もするつもりはなかった。

 肉体奴隷は魔法が使えない、はずだ。


「エクレアにはわずかな回路パスが残ってる……?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないぜ」


 はぐらかしてくる。

 本当に戦うつもりなのか。

 どのみち、脅されている状況で、僕に選択肢はない。


「…………受けるよ」と、言った。


 瞬間だった。


 ――――周囲で音が爆発した。


 僕は思わず首をすくめる。

 見れば、先ほどまで気配すら感じさせなかった周囲の建物から、たくさんの肉体奴隷たちが大声を出していたのだった。


「エクレアぁッ!」「今日もオマエにかけるぜ!」

「調子乗ってる魔法奴隷をぶちのめしてやれ!」

「ぶちのめせっ!」

「エクレアッ!」「エクレアッ!」「エクレアッ!」


 歓喜と興奮の声。

 これは完全にあれだ、コロッセオ。

 青髪の少女は、その声援に手を振って答えると、ローブを完全に脱ぎ去った。奴隷が着るティーガとも領都の襟付きの服とも違う、メカニックを連想させるようなツナギっぽい服をエクレアは着ていた。いくつもあるポケットは、動きを邪魔しない配置で並べられ、どれも少しずつ膨らんでいた。


 たぶん、魔法は使えないんだろう。


 となると、ポケットのあれが武器か。

 一見して刃物系はなさそうだ。

 だが、エクレアの力では鈍器を扱うのは効率的じゃない。

 やっぱり刃物……?


「さっき、タカハはボクの『個人的な愉しみ』って言ったけど……それは正確じゃないな」


 エクレアは歓喜の怒号をシャワーのように浴びながら、言う。


「これは肉体奴隷にとっての娯楽・・で、ボクにとってはビジネス・・・・なんだよ」


 周囲の建物をよく見ると、掛けごとのようなことも行われている。

 その利益をエクレアが得る、というわけか。

 哀れな魔法奴隷を言葉巧みにコロッセオに誘い込み、娯楽の少ない肉体奴隷たちに最高のショーを提供する。確かにビジネス。予想のはるか上を行く発想だった。

 エクレアの獰猛どうもうな笑みに納得する。


 ……それよりも。

 マズいのは、エクレアが魔法奴隷を倒し慣れているだろう、ということだ。

 このイベントは複数回繰り返されているに違いない。

 そして――少なくともエクレアが負けっぱなしということもあり得ない。


 僕は荷物を下ろした。そこに括りつけた、『黒の長杖』を――師匠の愛杖を取り外す。木ではないのに木目のような模様が浮かんだ杖はじっとりと重く、僕の手に馴染む。


「何歩がいい?」とエクレア。

「10歩だ」


 相手の手が見えない以上、遠いほうがいい。


「タカハのタイミングでいいぜ?」

「もらうよ」


 僕とエクレアは近づいて、杖をこつんと触れさせた。

 そのまま、互いに背を向けて10歩。合計20歩の距離になる。


 エクレアは木の杖をすでに地面に付けていた。僕がタイミングのタイミングで始まることになる。僕が『黒の長杖』を地面に触れさせた瞬間から、この勝負は始まる。


 周囲の建物にいる肉体奴隷たちのどよめきが、波のように引いていった。


 その静寂と緊張感で、僕の思考はいつもより加速する。


 一瞬だけ目を閉じる。リクセン通りで声をかけられたあのときからのエクレアの身振りや歩き方、喋り方を振り返る。敏捷、力、体力、知性……エクレアを構成するいくつかの数字がまぶたの裏側に見える。


 決して、持久力も、腕力も、大きくはないだろう。

 多少の敏捷性はあるだろうけど、僕の方が優れているはずだ。

 そして、エクレアにおそらく魔法はない。


 どう考えても、この戦いは僕のほうが有利。

 それは誰の目にも明らかなこと。


 なら――この有利をくつがえす何かをエクレアは隠し持っている、ってことだ。


 初手は様子見をする。

 防御系の詠唱にしよう。

 まっさきに思いつくのは『土の11番ランドウォール』だけれど、あれは自分の視界もふさぐことになってしまう。それではエクレアの攻撃手段を確かめることはできない。


 ……決めた。


「行くよ」

「そんなこと言ってくれなくてもいいんだぜ? これは決闘なんだ」

「ふっ」


 僕は鼻で笑った。

 余裕がある。……そういう演技。


「だって、僕は魔法奴隷でエクレアは肉体奴隷だから。不意打ちなんてダサくてできないでしょ」


 コロッセオの空気が、別の意味で凍りついた。

 その沈黙が怒りの爆発に変わる前に――――僕は決闘の開始を告げるべく、杖の先端をとんっ、と地面に触れさせた。




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