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第25話:「逃げられるとでも思ったか?」と、ミシアの使徒が言った。




 目を開ける。

 僕は薄暗闇の森の中にいた。目で見る限り、周囲に人影はない。


 だが、耳から得られる情報は違う。

 人々の怒号、なにかが燃える音、魔法が発動する音、矢が空を切り裂く音。

 戦場の音がくぐもって遠くから聞こえる。


 そして、『白の短杖』は確かに反応していた。

 純白の杖はぼんやりと光を放ち、杖先がある方向に向けられたときにだけ、わずかにその光を増した。この方向をたどっていけば、ゲルフの持つ『黒の長杖』のもとにたどり着けるのだろう。


 僕は森の中を進んだ。


 数分間進んでもまだ戦場の音は近くなくて、当然として、数分後も・・・・僕は森の中を進んでいるはずだった。


 だが――――


「なんだよ……、これ……?」


 唐突に、世界が終わったみたいに、国境深林が途切れていた。


 燃えるような夕日が、そのいびつな光景を照らしている。


 定規で仕切った一方にだけ深林が残っていて、もう一方は冗談のようにすべての植物が切り倒されていた。並んでいる切り株の断面はまだみずみずしい。切り取られたことを信じていないかのように。


 魔法……?

 それとも、『鉄器の国』の仕業なのか……?


 尋常ではない破壊力だと思う。膨大な面積の深林を切り倒すなんて。


 そのせいで、戦場の音がすぐ近くに聞こえた。


 さえぎる木々のない視界。

 僕の目もようやく、その姿をとらえることができた。


 ほんの数日前にも見た『鉄器の国』の兵士たちはものすごい人数で、そして、逃げ惑う魔法奴隷たちの数は少ない。


 対照的な2つの集団だった。

 黒鉄の鎧と布の服、

 多勢と無勢、

 兵士と魔法奴隷、

 追うものと追われるもの。


 魔法奴隷たちは数百人の規模だ。それでも、矢を跳ね返す風の魔法の防御が足りていない。防御をくぐり抜けた矢が魔法奴隷を貫き、さらに人が減っていく。ジリ貧だ。


 魔法奴隷たちは1つの方向に逃げている。


「……そういうことか」


 状況を理解して、僕は走った。

 魔法奴隷たちが逃げる先には、青色の転移座がある。

 そして『白の短杖』の示す先も、そこだった。


 転移座にはすでにたどり着いた魔法奴隷たちが集結していて、逃げこむ仲間を援護する魔法が次々と放たれる。当然、敵もそこを狙っていて、雨あられと矢が降り注ぐ。


「……負け戦、ね」


 僕は呟く。

 文字通りそうだ。これは撤退戦だ。


 そして僕は見つけた。


 マナの光を失っている転移座。

 その中央に。


 ボロボロになった黒いローブ。

 穴あきチーズのようになった黒のとんがり帽子。

 青の転移座の中央に毅然と立ち、黒い杖を掲げて、魔法奴隷たちに指示を飛ばす老魔法使いを、僕は見つけた。


「…………ッ!」


 走る。

 ひゅた、と僕の足元の地面に矢が突き刺さった。どこか麻痺しているみたいだ。1歩進んでいただけでそこにあった死を、僕は素通りする。

 腰のベルトから『白の短杖』を抜いた。


「”風―1の法―今―眼前に ゆえに対価は7”」


 そうして出現した突き進む突風ヘビィウインドを僕は空へ放った。風の魔法への明確なイメージは、ばあちゃんの杖のおかげだろう。いつもより強力な風の障壁が流れ矢を弾き飛ばしてくれる。だが、これの持続時間は10秒程度。連続で唱える。


「”風―1の法―今―眼前に ゆえに対価は7”」


 そうしながらも、僕は血眼で周囲を探っていた。


 切り倒された森。残っている森。

 青の転移座。赤い夕日。

 黒鉄の兵士たちと、彼らに追われる魔法奴隷たち。


 僕は残っている森を観察した。

 この前は、森の中から奇襲をされた。

 僕の目は薄暗い森の木々の動きを分析して、直感する。


 こっちじゃない。


 …………なら。


「”風―1の法―今―眼前に ゆえに対価は7”」


 敵は森を切り倒してできた平地から来る。

 魔法使いたちの意識を正面に集めて、迂回させた別働隊で叩く。

 僕ならそうする。


 果たして。


 ――――そうなった。


 戦場を照らしている燃えるような夕日の中から、別働隊はやってきた。巨大な果実の底に、黒い小さな虫がこびりついているように見える。


 数十人程度の別働隊は全員が騎乗していた。


 その手には、馬の体に一点を固定して使う、巨大な弓が握られている。そして、多くの魔法奴隷たちの命を奪った巨大な金属の矢も。魔法と互角の威力を誇る鉄の矢を扱える彼らは、おそらく、『鉄器の国』が誇る精鋭だ。


 魔法使いが仲間を守るために魔法を放つ方向を正面とすれば、斜め後ろくらいからの角度の奇襲だ。


 魔法使いたちは気付かない。

 ゲルフも気付かない。


 理由があった。


 別働隊からは音がしなかった・・・・・・・


 ひずめの音も、兵士たちの雄叫おたけびも、鎧の金具の音も、ぴくりとも伝わってこない。昔の映画みたいだ。音声だけ切り離された映画。そんな不気味な光景に、僕は戦慄せんりつする。


「”風―1の法―今―眼前に ゆえに対価は7”」


 僕は目を凝らした。

 白いベールのようなものが別働隊を包んでいる。

 魔法ではない。マナを消費して・・・・・・・できるものじゃない・・・・・・・・・。あれが、音を――――


 いや、それを考えている暇はない。


 別働隊は巨大な弓をきりきりと引き絞り始めた。整然とした動きで数十名が横並びになり、その矢の先端がずらりと揃う。


 僕はようやく、転移座の集団に合流した。


 追いついたのだ。


 黒い背中に。


「――――父さん!!」


 ゲルフが驚いたようにこちらを見る。

 その視線に応えるのも後だ。


「“土―11の法―巨大にして堅牢なる1つ―今―眼前に”」


 単位魔法は地面から土の壁を起こす『土の11番ランドウォール』、3マナ。

 ”巨大なる”、”堅牢なる”がそれぞれ4マナ。

 発動時間指定”今”が2マナ。

 発動位置指定”眼前に”が2マナ。


「“ゆえに対価は 15”!」


 マナが僕の心臓のすぐ横をくぐり、精霊様の元に送り届けられる。この世界の隣にいる7柱のうちの1柱、土の精霊様のもとに送り届けられたマナは、こちら側に干渉する現実の力に変換され、直ちに発現した。


 ばぐり、と転移座の近くの地面が盛り上がる。


 それは防御壁だ。数十人の魔法奴隷たちをかばうほどに巨大で、鉄矢を通さないくらいに堅牢な、土の壁。


 一瞬遅れて。

 ずどどどど……と理性を削り取る音が響く。


「間に、合った……」


 僕は溜めていた息を吐き出した。

 今度は大丈夫だ。

 転移座の横幅以上の土の壁が、魔法使いたち全員を守った。


 …………ん?

 僕は顔をあげる。


 魔法使いのほとんどが僕を見ていた。

 もちろん、魔法を連射しながら、だけど。


「ば……」とゲルフが言った。

「……ば?」

「馬鹿者ッ!!」


 ゲルフが肩をわなわなと震わせて、僕に近づいてくる。


「なぜ来た!? どうして来た!? どこに来た!? だれが来た!?」

「お、落ち着いて……」

「落ち着いてなどいられるか! タカハ、お前――――」


「ゲルフ様ッ! 指示を!」


「ええい!」とゲルフは振り返る。「次は土の壁の上から撃ち込まれる! 5秒だけ別働隊に魔法を! その5秒で、1人たりとも逃すな!」


 おうッ!! と魔法使いたちが答える。土の壁の向こうにいる別働隊に向けて、ものすごい密度のさまざまな魔法が疾走していく。


「ゲルフ」

「む……」


 僕の語気の強さに、ゲルフがたじろぐ。


「ラフィアも、ソフィばあちゃんも、ピータ村のみんなが待ってるんだ。どんな状況だって連れて帰るからな」

「…………生意気を言うな」

「強がったって無駄だよ。今、僕がいなかったらゲルフはピンチだった」

「ふん」

「僕は、ゲルフの回路パスの代わりができる」


 ゲルフは目を見開いた。

 ややあって、老魔法使いは言った。


「…………そこまで言うなら、こき使うぞ」


 その後、ゲルフは少しだけ笑った。

 少年のような、上手じゃない笑い方だった。

 笑顔が珍しかったのか、魔法使いたちが驚いた様子でゲルフを見ていた。詠唱の手が止まってしまっている。


「なにをしておるッ!!!」


 とゲルフが一喝した。


「全員、直ちに転移座にマナを込めるのじゃ!」


 びくり、と雷に打たれたように魔法使いたちは動き出す。多くの魔法使いたちが回路パスを開き、掴まえたマナを転移座に送り込む。


「タカハも転移座にマナを込めよ」

「了解……!」


 自分の周囲にあるマナに触れるようにして、意識を集中させる。


 大丈夫だ。奇襲をかけるはずだった別働隊は沈黙。正面の本隊もまた、こちらの土属性の使い手たちが生み出した無数の塹壕ざんごうや土壁に阻まれ、すぐには接近することができない。


 敵の飛び道具は矢だけ。その対策も万全だ。


 逃げ切れる。

 転移座にマナを注入するのに十分な時間がある。


 青い転移座が徐々に光り始め、輝きを増していく。


「もう少しじゃ。もう少しで、開く」

「これで、僕たちは」



「――――逃げられるとでも、思ったか?」



 僕の言葉を継いだのは、別の声だった。


 きぃん、という甲高い音とともに、敵の本隊の動きを封じていた土の壁の一部から純白の光があふれる。

 また、だ。

 この光もマナを消費して・・・・・・・できるものじゃない・・・・・・・・・と僕は直感する。

 

 純白の光を浴びた土の壁の一箇所が爆発した。


 もうもうと立ち込める土埃の中から飛び出してきたのは、男だった。

 金髪、青い瞳――背は高く、その身体に神官のような白い法衣を纏っている。古代ギリシャの彫刻のように完璧な体つきと顔立ち。だが、その目にはなんの感情も宿っていない。


「なぜ……なぜじゃ……!」


 ゲルフが呆然と言った。


「なぜ『ミシアの使徒』が、こんな戦域に……!」




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