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第24話:「地獄だ。おそらくな」と騎士団長は言った。




 ほんの数日前に来たばかりのムーンホーク領都にたどり着いたときには、ほとんど夕方だった。

 丘を越えると、領都の全貌が見渡せる。

 水堀と石造りの城壁を備えたムーンホーク領都は、夕日に照らされて美しく輝いている。


 だが――――

 城の前の平原は多くの人で埋めつくされていた。


「……っ」


 城門の近くにはミステリーサークルのように見える転移座が5つ描かれている。巨大な白、大きい青、中くらいの緑に、小さめの黄色、ごく小さい赤――まさに今、緑の転移座が輝き、魔法奴隷たちが帰って・・・きた。


 目をそらすことはできなかった。


 数十人の魔法使いたちのほとんどがひどい傷を負っていた。金属の巨大な矢が身体に突き刺さったままの人もいる。あの矢は……この前見た。『鉄器の国』の兵士たちの使う矢だ。

 ダラダラと血を流し続けている人や、僕が見ている間にその場に倒れてしまう人もいる。転移座の近くで待ち構えていた回復要員の魔法使いたちが群がり、重症度の順番に天幕に運び込んでいく。


 僕は治療用の天幕がある一帯を大きく迂回し、緑色のコートを着た騎士たちが集まっている別の天幕へ馬を進めた。


 時間がない。

 僕は馬を下りると、騎士たちの天幕に侵入した。


「なんだ貴様!」

「子ども……ッ?」


 天幕の中には木組みのテーブルが置かれ、燭台の明かりが灯されている。

 テーブルの上には大きな羊皮紙の地図と、木を着色して作ったマーカーがいくつも置かれていた。数人の騎士がマーカーを動かしながら渋い顔をしているところに、魔法奴隷の僕が乱入したということになる。


「負傷者用の天幕は西だ! ここは貴様の入っていいところではない!」


 ずんずん、と近づいてくる騎士に僕は頭を下げて、叫んだ。


「僕は『暁の大魔法使い』の弟子です! 騎士様にお願いがあり、無礼をはたらいています!」


 騎士が動きを止める。

 僕は安堵した。『暁』の名前を騎士たちは知っているのだ。

 胸元からソフィばあちゃんにもらった要請書を取り出すと、テーブルの隅のほうに置く。


「僕の師匠は魔法を失っています! 助けが必要です! どうか僕を、転移座で師匠の元へ向かわせてください! 他の魔法奴隷たちを多く救い、必ず生還してご覧にいれます!」


 沈黙が僕の両肩を押しつぶす。


 僕の荒い息だけが、天幕の中に反響していた。


「くっ」と騎士は言った。


 僕は顔をあげて――――唇を噛んだ。


「ははははははッ!」と騎士たちは笑う。

「ふはははッ! 『暁』が魔法を失う? なんの冗談だ!」

「いや、こいつは傑作だぞ! どこからがつくり話なのだ? 小僧」


「全て真実です!」


 同情するように肩をすくめた1人の騎士が言った。


「『暁』の回路パスの太さを知らないのか? 多少『焼きつく』くらいならば、なんの問題もない。それこそ、1日中魔法を連続で唱えでもしないかぎりはな」

「『召され』てしまったのです」

「そんな大魔法を使う用事が、いつあるというのだ?」

「……それは……」


 僕を救うためでした、なんて、言えなかった。


 騎士たちはふたたびゲラゲラと笑い始める。


「その話を信じてもらえなくても構いません。どうか、転移座を使わせてください。師匠のところにどうしても行かなければならないんだ!」


「――――なんの騒ぎだ?」


 声が聞こえた。


 その瞬間、騎士たちは嘘のように真顔に戻り、テーブルの周囲に直立した。


 声の主は、僕の後ろ側にいる。


「なぜ、こんなところに魔法奴隷がいる?」


 僕は振り返った。


 妖精種エルフだ。額が少し後退しており、白すぎる肌の色と相まって、どこか不気味な印象を与える。だが、金色の瞳には理性的な光が宿り、コートの下にはしなやかな筋肉が隠されている。腰につるした剣はレイピア。緑色のコートにつける金色の徽章きしょうの数が、今までに見たどの騎士よりも多い。


 金色の瞳が探るように僕を見下ろしている。


「騎士団長。この者が『暁』の弟子を名乗り、妄言を述べたのです」


 騎士団長……だって?

 この人が……?


「ほう……」と騎士団長は言った。


 金色の瞳が素早く動き、テーブルに置かれたソフィばあちゃんの書類を見つける。騎士団長はあっさりと封を破ると、それを読んだ。


「…………この奴隷は、なんと言ったのだ?」


「はっ。……『暁』は魔法を失っている。自分は『暁』の弟子である。よって、助けにいく必要があり、自分を転移座に乗せてほしい。そうしたならば、危機に陥った多くの魔法奴隷を救い、帰還してみせる。――――と申しました」


 騎士たちの間に失笑が広がる。

 僕は肩を落とした。当然かもしれない。ときどき忘れそうになるけれど、僕は9歳になりたての魔法奴隷なのだから。


「…………」


 騎士団長は手紙をテーブルに放り出すと、僕を再び見た。


 ――――その視点が、ある場所で釘付けになる。


「タカハ、と言うのか。少年」

「は、はい。ピータ村から参りました」


 僕は動揺しつつもなんとか答える。

 だが、動揺は騎士たちのほうが大きかったようだ。


「団長……?」「なにを……」

「その杖を、見せてほしい」

「あ……」


 騎士団長はずっと、僕が腰に吊るした『白の短杖』を見ていたのだ。

 僕は冷たい手触りのそれを引き抜くと、騎士団長に手渡す。

 騎士団長は金色の瞳で見つめながら、白い杖をくるくる回すと、言った。


「本物だな。これは」

「……だ、団長?」

「これは『瞬光の繰り手』ソフィが持つ世界で唯一の杖だ。『白の短杖』」


 騎士たちが絶句する。


 僕に『白の短杖』を返した騎士団長はソフィばあちゃんの手紙を手にとった。


「そして、この手紙は『瞬光』のソフィの名で書かれている」


 騎士団長はテーブルに羊皮紙を投げた。


「――――転移座にマナを込めろ。私がこの少年から話を聞く」


「「「はっ!」」」


 騎士たちが蜘蛛の子を散らすように天幕から出ていった。僕は騎士団長を見上げた。疲れた表情をした騎士団長は僕に椅子を勧めた。


「座りなさい」

「騎士団長様、僕は……」

「転移座の用意にはどのみち時間がかかる。私の知らないところで、事態が大きく動いているようだ。……そして、私にはそれを知る必要がある」


 すでに騎士団長は椅子についていて、断ることはできそうになかった。


 僕はおおよそ全てを伝えた。

 前回の招集に僕も従者として参加したこと。奇襲を僕が防げなかったこと。その後、僕が魔法をオーバーロードさせて『召され』そうになったけれど、ゲルフが救ってくれたこと。その結果としてゲルフが『召されて』しまったこと。


「つまり、『暁』は回路パスを失った状態で、この戦闘に加わっているということか?」

「はい」

「それをなぜ、隠した?」

「騎士団長様。ゲルフはそのことを再三、騎士様に申し上げていました。騎士様がその話を聞き入れて下さらなかったのです」

「…………」


 騎士団長は、腕を組んだ。


「お前に何ができる? 魔法奴隷」


 僕は騎士団長の黄金の瞳を、見つめ返す。


「ゲルフの回路パスの代わりができます」


「ほう」

「そして、この杖があれば、ゲルフのもとにたどり着くことも簡単です」

「なぜ?」

「そういう性質を持っている、と聞きました。ソフィばあちゃんに」

「そんな可愛らしい付加効果もあったのか」


 騎士団長は腹の深いところで少しだけ笑って、すぐに真顔に戻した。


「騎士団からの増援は送れない。『暁』の持つ価値と他の戦域の緊急度を比べたとき、これ以上の人員は割けない。お前1人で行ってもらうことになる」

「もとより、覚悟の上です」

「残念、という他ないが……この戦は完敗だ。戦線を完全に立て直す必要がある」


 心臓が凍えるような感覚がした。


「我らの実力不足もあるが、ミッドクロウの黒色騎士団が愚策を犯した。……いや、愚痴を言っても仕方ないな」

「僕の行く戦場は」

「地獄だ。おそらくな」

「切り捨てたのですか? そこの魔法奴隷たちを」


 騎士団長は乾いた笑いを吐き出した。


「切り捨てたが。それがどうした?」

「ッ」

「大局の前に選択しなければならないこともある。臆したか?」

「――いいえ」


 僕の瞳の底には、炎が揺れているだろう。


「約束は違えません。『暁』と再開し、そこにいる魔法使いたちを、救います」


「いいだろう。転移座を使うことを許可する」


 来い、と騎士団長は言った。

 僕はその背中を追いかけて天幕を出る。負傷した魔法奴隷たちの間を僕は進む。たどり着いた黄色の転移座にはマナが満たされた淡い光が踊っていた。


「……死ぬなよ」


 騎士団長は僕の右肩に手を置いた。その部分を無数の毛虫が這い回ったかのような、不快な感覚がした。

 だって――――

 彼のその手のひらの下には奴隷印がある。


 奴隷の僕は、騎士団長の言葉を無視した。

 言われなくても、というやつだったからだ。


「ふっ」と、騎士団長が笑いともため息ともつかない空気を吐き出す。


 すぐに、妖精種エルフの指揮官は表情を引き締めて、命令を下した。


「転移座を開け!」


 僕の体をまばゆい燐光が包む。


 ぐるん、と世界が反転した。


 僕の表が裏になって、外が中になる。

 もう一度、反転した。




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