第23話:「……やってられないね」とばあちゃんはため息をついた。
「行ってどうするつもりだい?」
僕は、絶句した。
ソフィばあちゃんはこれっぽっちも笑っていなかったのだ。
「タカハを連れて行かなかった。それがそのまま、ゲルフの言いたいことじゃないのかい?」
「ばあちゃん、僕は――――」
「足手まといってことだよ」
ぞぶり、と言葉が胸に突き刺さる。
「騎士団長のご指名なら、厳しい戦いなんだろうさ。戦いの経験のないタカハを連れて戦えないと思ったんだろうね。だから、イーリの花で眠らせた。間違ってるかい?」
「……だって、ゲルフには魔法がないんだ!」
「ゲルフはその二つ名で大人数を動かせる。騎士団長も、魔法使いとしての実力より、魔法使いたちの指導者として呼んだんだよ」
「……だったら」
ぴくり、とばあちゃんの耳が揺れた。
「どうして、ゲルフは魔法使いとして連れて行かれたの?」
「……」
「騎士たちはゲルフが魔法を使えると思ってた。ゲルフは使えないって正直に打ち明けたのに、ゲルフが行きたくないから嘘を言っているって断定した」
「それは……」
「――――僕は!」
思わず、大声が出た。
この時間がもどかしい。この言葉がもどかしい。
もどかしすぎて、僕は怒っている。
「僕はピータ村の魔法使いで、暁の大魔法使いの1番弟子で、そして……そんなことより、ゲルフは僕の家族なんだ」
「……」
「……今行かなかったら、僕は何年も後、きっと後悔する。そう思う。だからお願いだよソフィばあちゃん。僕に、領都までの地図を、ください」
僕は深く頭を下げた。
ややあって。
ソフィばあちゃんはため息を吐き出した。
「……やってられないね」
「…………え?」
顔を上げる。
ばあちゃんは諦めたみたいにため息をついた。
「ものの頼み方があの人とおんなじじゃないか」
ばあちゃんはそれだけ言うと、あっさりと家の中に引っ込んだ。
…………オッケーってこと?
たぶん。そうだろう。僕は大きく息を吐きだす。
「……タカハ!!」
僕を呼ぶ声と同時に、走る足音が聞こえた。ラフィアだった。
姉さんは僕の前で急停止し、荒い息を整える。
「おとーさんは!?」
僕は事の顛末を話した。ラフィアの顔が青ざめていく。
「そんな……1人で招集なんて……だからあんな置き手紙が……」
「僕が行く」
「タカハ……行くの?」
僕は今にも泣き出しそうなラフィアを見ていられなかった。顔を逸らしたまま、「ゲルフを、連れて帰るから」と答える。
温かい感触が僕の体を包んだ。
「……だめ」と言って、ラフィアが僕の身体を抱きしめている。
発熱する小さな体が、震えている。
声の方がもっと震えていた。
「お願い。行かないで……っ。待っていれば、きっと、おとーさんは帰ってくるから……っ」
「ラフィア」
兎人族の少女がびくりと肩を震わせた。僕は小さなその肩を掴んで、体を離す。真っ赤に泣きはらした青い瞳を僕は見つめる。
「ゲルフはものすごく厳しい戦場に連れていかれたんだと思う。遺言みたいなことを言っていた。ゲルフは強い魔法使いだった。ゲルフは、大切な魔法を犠牲にして、僕を助けてくれた。――僕には」
どうして、もっと早く気付かなかったのだろう。
「僕には――ゲルフに訊かなくちゃいけないことがある。僕を拾ったときどう思ったのか、僕が初めて名前を呼んだときどう思ったのか、僕と喧嘩をしたときどう思ったのか。僕は知りたい。だって僕はゲルフのことを何も知らないんだ。知らなくていいって、思ってたんだ」
「でも……だって……」
「ゲルフが危険な状況に居るなら、それを助けられるのは僕しかいない。行ってきても、いいかな?」
ラフィアはティーガの裾で目元をぐしぐしと拭った。
「…………ぜったい、2人で帰ってきて」
青い瞳が強い光で僕を見ている。
「約束して。約束しないと、行かせないから」
そんなの……当たり前だ。
僕には力がある。
『対訳』。
カミサマに渡された『10点満点の数字』。
7系統の魔法言語を例外なく操る、絶対の反則。
ここで使わなくて、いつ使う?
おっさん1人連れ帰ることなんて簡単だ。
そうだろ?
「約束するよ、ラフィア」
「……ッ」
「ゲルフを連れて、2人で帰ってくる」
ラフィアはゆっくりと頷いた。
僕は振り返る。ソフィばあちゃんが3つの物を持って、僕を見ていた。
「これが領都までの地図だよ。街道の分かれ道を間違えなければ、難しくはない」
地図が描かれた羊皮紙を受け取り、ティーガの腰紐にくくりつける。
「こっちは私の名前で書いた要請書だ。ゲルフの増援に向かいたい若者がいる、と記してある。騎士様に見せれば、恐らく転移をさせてくれるはずだよ」
封のされた羊皮紙を僕はティーガの胸元にしまいこんだ。
「最後に……これを持っていきな」
ソフィばあちゃんの手には、杖があった。
ゲルフをはじめとする多くの魔法使いが好む長杖ではない。長杖は人の身長くらいの長さだけれど、これは約30センチの短杖だった。新雪を固めた純白の色の杖には、木目のような模様が浮かんでいる。決して軽くはない。
「これは……」
「名前はない。『白の短杖』ってところかね」
そこで、僕はぴんときた。
ゲルフ愛用の杖は、黒い長杖だ。
「……そうさ。貰い物なんだよ。対になっているのさ」ばあちゃんは少し早口になる。「ゲルフの『黒の長杖』と互いに引きあう性質があるから、すぐにたどり着けるはずさ。私の杖には風属性と水属性の魔法を高める性質がある」
僕は馬に飛び乗った。
「しくじるんじゃないよ!」と言ったばあちゃんが馬の尻を打った。「私たちもすぐに後を追うからね! なんとか騎士団を説得しておいておくれ!」
「……気をつけて! タカハ!」とラフィアが言う。
僕は、振り返らない。
景色が一気に後ろに流れ始める。
ピータ村の門をくぐり、僕は街道を疾走した。




