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第19話:「死に物狂いで、魔法を放て」と暁の大魔法使いは杖を掲げた。






 転移は一瞬。

 映画のシーンがぶつりと切り替わったみたいだった。


 ぴぉぉぉぉ。ひぉぉぉぉ。


 はじめ、僕は鳥が鳴いてるのかと思った。

 空を見て、驚く。

 暗くたれこめた雲の下、それを引き裂くように、いくつもの炎の塊が飛んでいく。世紀末っぽい光景だ。炎の塊はゆるやかな放物線を描いて、遠くに落ちた。

 ずん。めり。

 炎の柱が立ち上がる。

 しかも数十発。それぞれの根本で、人の形をした影がいくつもいくつも紙切れのように吹きとばされる。


「押されておるな」


 ゲルフの声は淡々としている。


 ……え? 押されてるの?

 今の炎はこっちの攻撃でしょ?

 炎の柱が消えて――――僕はゲルフの言葉の意味を知った。


 地平線を埋め尽くすほどの人、人、人――――


 鎧で武装し、槍を構えた敵がゆっくりとこちらに迫ってきている。これほどの人の集団を僕は見たことがない。千の単位は超えているだろう。数万人だ。なんでもそうだが、集まりすぎると不気味に見える。不気味すぎて、膝がガクガクする。


「相手にとって不足はないね」とリリムさん。


 赤のミステリーサークルで転移した僕たちの他に、味方の数は少ない。全部合わせたって200人はいないというのに。


『――――暁』


 声が聞こえた。低い、男の声だった。

 誰もいないところからの声。

 魔法だ。


 ゲルフは何もない空間に向かって、うやうやしく頭をさげる。


「久しぶりです、騎士総長」


 僕は顔をしかめる。

 ゲルフに声をかけてきたのは騎士を束ねるボスらしい。


『敵の戦力は予想の数倍上だった。直接の戦闘では勝てない。平原を沈める大魔法が完成するまで、そこを死守せよ』

「時間は?」

『2時節でいい』

「……難しいでしょう」

『なせ』

「もちろん死力を尽くします」

『それでいい』


 魔法の通信は途切れた。


 ……えっと。

 確認してもいいでしょうか?

 つまり、捨て駒ってこと?


 1時節は15分くらいだから……30分間、持ちこたえろって?

 数万人相手に、200人で?

 滅茶苦茶だ。騎士はやっぱり頭おかしい。


「ゲルフ様……」


 うろたえた様子で他の魔法使いたちがゲルフを見る。

 もともと戦っていた魔法使いたちも、全員がゲルフを見た。


「なすことは変わらぬ」


 ゲルフは黒いローブを翻す。その言葉を、全員が聞く。


「少々厳しい戦いとなりそうじゃが、みなで帰ろう。なに、たったの2時節じゃ」


 僕は唾を飲み込んだ。


「風属性の使い手は手を挙げてほしい。……うむ、では、そこの10人。『風の2番ヘビィウインド』で風の防御障壁を生み出してくれ。矢を1本たりとも通してはならぬ。残りは――」


 暁の大魔法使いの言葉を、全員が聞く。


「残りは、小手先のことなど何もない。死に物狂いで、得意の魔法を放て」


 おおおおおおおおお――――ッ!!


 魔法使いたちの怒声が応える。

 すごい。みんなの目が一瞬でマジになった。


 そして、僕たちの戦いの幕が切って落とされた。


「”火―3の法―――”」


 ゲルフが呪文を唱えるのと同時に周囲のマナが14個一気に消えた。

 さっき見た火球よりも倍近く大きいものが1つ、ゲルフの正面に出現する。『火の3番マグナスフィア』。その放つ熱が僕の頬をあぶる――のも一瞬、炎球は敵陣へ飛んでいった。


 着弾。


 遠いせいで音は聞こえなかったけど、着弾点から火山の噴火のような炎が湧き上がる。僕の網膜にだいだいのまぶしさが焼き付く。


「”風―6の法―――”」


 続くソフィばあちゃんの詠唱の素早かった。それが終わるのと同時に、16個のマナが一気に消え、ばあちゃんの手元には巨大な電撃の塊が出現した。

 大木を縦に引き裂いたような轟音とともに、電撃が敵陣に向けて疾走する。それは雷神が無慈悲に振るった鞭だ。人が雑草のようにバタバタと薙ぎ払われる。


「”土―6の法――――”」

「”水―12の法――――”」

「”空―7の法――――”」


 巨大な岩石の槍が、水の塊が、ブラックホールのような未知の塊が、次々と放たれる。魔法使いたちの呪文の詠唱は全部似てて、まるで羽虫の大群の中にいるみたいだ。


 ゲルフもソフィばあちゃんも、ガーツさんもリリムさんも、マジメに魔法をぶっ放している。連射している。ベルトコンベアみたいだ。その中で、ゲルフはそもそも詠唱が早い。炎系のド派手な魔法を絶え間なく撃ちまくってる。ソフィばあちゃんも雷系を連射。インターバルが短すぎて、後光が差してるように見える。『暁の大魔法使い』に『瞬光の繰り手』。夜明けのような炎魔法と、閃光のような雷魔法の使い手。仰々しい2つ名に僕は納得する。そういう類の光景だった。


 敵集団との距離はじわじわと近づいていて、300メートルくらいになっただろうか。仲間が次々と弾き飛ばされながらも、彼らは足を止めない。

 当然、じわじわ距離を詰めるだけじゃなくて、空を埋め尽くすくらいの弓矢でめちゃくちゃに反撃してきてるけど、数人の魔法使いが作り出す風の壁みたいなののせいで、こっちには届かない。

 こっちには2秒に1発のスピードで魔法を連射できる魔法使いたちが200人弱居る。

 敵が数万人の規模だとしても、前進の速度は徐々に鈍っていた。


 僕の最初の動揺はだいぶ消えていた。


 鉄器の国……なんか怖い。

 鉄器の国にも騎士がいて、兵士たちは支配されているのだろうか。精神をコントロールする技術があるとか? そうでなければ、雨あられと降り注ぐ魔法の中を進むことなんて出来ないだろう。


 そのとき、僕は気付いた。僕だって攻撃するべきだ。

 だって僕はもう魔法使いなんだから。


 …………やろう。


 僕は『対訳』のスイッチを火属性のモードに切り替える。


「”火―3の法―巨大なる1つ―今―眼前に“」


 選んだのは、ゲルフと同じ詠唱。

 単位魔法は『火の3番マグナスフィア』、6マナ。

 巨大化に4マナ。

 時間と場所の指定に2マナずつ。

 6+4+2+2。


「“――ゆえに対価は14”」


 次の瞬間――熱が、僕の顔をあぶった。

 光が、僕の目を焼いた。


 僕の身体の真正面には大きな火の玉が出現している。僕の身長よりもずっと大きい。大人の身長よりももっと大きい火の玉だ。まるで忠実な執事のようにその魔法は僕の前に控えている。待っているのだ。僕の命令を。僕のイメージを。


「行けっ!」と思わず叫んでいた。


 僕の言葉に応えるように、大きな火の玉は急激に加速した。斜め上方向に走り、あとは放物線。イメージする。落下点は黒い鎧の戦列の中ほど。盾を構えた最前列の兵士たちのその後ろに、この膨大な熱量を投げ込む――!


 僕は見た。僕の放った大火球マグナスフィアが橙の炎の柱を立ち上げる。その衝撃が鎧の兵士を吹き飛ばし、飛び散った熱の余波が兵士を焼き尽くす。


 すごい。

 魔法、すごい。

 僕はたった6節の呪文を唱えただけだ。それだけで、こんなにすさまじい威力の魔法を放てる。


「持ちこたえられるやもしれぬ……」


 ゲルフが額の汗を拭いながら、言った。


 すでにほとんど予定時間は経過している。敵との距離は200メートル。押しこまれていない。敵にこれ以上の攻め手はないように見える。


 こういう気が緩む瞬間にこそ危険は潜んでいるのだ。

 ……たぶんね。

 やることがなかった僕はきょろきょろと周囲を見回した。

 正面には焼け野原になった平原。横には魔法使いの仲間たちがいて、後方はピータ村を取り囲んでるみたいな森――――


 て。

 おいおいおい。

 マジ――ッ!?


「後ろだッ!!」


 森の中、数えきれないほどの金属の光沢が、ぎらりと光ったのを、僕は偶然――本当に偶然、目撃した。

 その意味を理解するよりも早く、僕は転がるような早口で呪文を詠唱していた。


「"土―11の法―堅牢なる1つ―今―眼前に”」


 数百名の奇襲兵たちはもう姿を隠していない。

 鈍い光沢をちらつかせる矢をつがえた弓は、満月のように引き絞られている。


 急げ。

 急がないと。

 あの矢がみんなを――ッ!


「”ゆえに対価は――……"」


 そこで、僕は息を飲み込む。


 この呪文の対価は――いくつだっけ?


 ぐるぐる、と数字が回る。

 『土の11番ランドウォール』は土属性の壁を起こす防御魔法、その大きさは――違う、大きさじゃない、対価。対価は3だ。

 考えているうちに、僕は追加した修飾節モディファイを忘れる。

 思い出せ。早く思い出せよ……!

 ”今”、”眼前に”、それから、”堅牢なる”。

 その対価は、2、2、4。


 3+2+2+4。


 全部で――――


「”11”」


 僕が詠唱を終える。


 ――――その少し前に、敵の攻撃が始まった。


 矢羽が空を切る無数の音が響き渡る。


「伏せよ――ッ!!」とゲルフが叫んだ。


 僕は見る。


 僕の目玉の20センチ先をかすめた矢羽根の形を。

 黒っぽい金属の矢に串刺しにされ続ける200人の魔法使いたちを。


「か、……っ」


 ――――胸のど真ん中を巨大な矢で貫かれた、リリムさんを。



 僕の眼前に土の壁ランドウォールが立ち上がる。ずだだだ……っ、と理性を削り取るような音が土の壁の向こうから響く。


「――――リリムさんッ!!」


 僕は仰向けに倒れたリリムさんに駆け寄る。


「タカハッ! いけないッ!!」


 何がダメなんだ。

 すぐに理解できる。


 とっさに僕が張った壁の外にはみ出してしまえば、死の雨に身体をさらすことになる。僕は腕を必死に引いて、リリムさんの体をこちらに引きずりこんだ。そのわずかな時間にリリムさんの胴体と足に数本の矢が突き刺さる。びくりびくりとリリムさんの身体が震える。


「リリムさん! リリムさんッ!」


 イケメン中年は土気色の顔で弱々しく微笑むと、親指を立てた。『大丈夫』と口が動く。が、声は出ない。耳はくたりと垂れている。代わりにロゼの花びらを煮詰めたような赤い鮮血が口からあふれだす。かひゅうかひゅうと胸の真ん中に突き刺さった矢の根本から音がする。


「処置をするぞ! タカハ!」


 ガーツさんが僕のすぐそばにかがんだ。


 リリムさんは胸のポケットから白いものを取り出して、強引に僕の手に握らせた。卵だ。マルムの茹でた卵。わけも分からず僕はリリムさんの目を見つめ返す。茶色の瞳が、その目元が――微笑んでいる。


「ソフィ、『焦熱の揺らぎ』じゃ。あわせてくれ」

「はいよ」


 ゲルフとソフィばあちゃんの詠唱が重なる。


「”土―9の法――……”」

「”火―1の法――……”」


 2人が何をしたのか、意識を向けていなかった僕は知らない。つうん、と灯油のような臭いがして、風が吹いた。次の瞬間、その風が爆発的に燃え広がった。範囲も凄まじく広い。奇襲した兵が隠れる森を焼きつくすほどだ。


 矢の雨が止む。

 すでに2人は追撃の詠唱に入っている。


「ぬんっ」


 ガーツさんが、リリムさんの胸に突き刺さった鉄の矢を引き抜いた。リリムさんは本当に苦しそうな表情をして身体を痙攣けいれんさせた。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”――ッ!」


 僕は『水の8番リリーフ』を唱えた。

 リリムさんの身体をぼんやりと青い光が包み、消える。


 わずかに出血の量がゆるやかになった以外、変化はない。


「くっ、打って出てきたか」


 ガーツさんが平原の側をにらみながら言う。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 僕はすべてを無視して、魔法を詠唱した。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 青い光。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 青い光。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”ッ」


 リリムさんが片手で僕を制する。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”ッ」


 ガーツさんがリリムさんから僕を引きはがそうとする。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”ッ」


 やめるもんか。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 リリムさんは、マルムの父親なんだ。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 あいつだって9歳なんだ。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 こんなとこで死んでいいわけない。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 音が溶けていく。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 自分の声が分からない。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 視界がにじむ。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 『うふふふっ』と女の人が笑う声がする。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 『――――そんなに私を呼んでくれるの?』


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 マナが僕の身体を貫通してどこかへ通り過ぎて行く。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 そのたびに、僕は僕であるための何かを失っていく。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 くれてやるよ精霊様。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 その代わり、この人を助けてよ。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 『んー』と女の人は言った。


「”水―8の法―今―眼前に ゆえに対価は10”」


 『残念だけど。それだとちょっと無理かなあ』


「――――――――――――――――」


「――――――――――――」


「――――――――」


「――――タカハッ!!」


 果てしない遠くから、ゲルフの声がした。


 僕の意識はそこでぶつりと途切れた。




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