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第18話:「後宮でフィオナちゃんも待ってるしさ」と公爵閣下は笑う。




「四大公爵ライモン=ディード閣下――ッ!」


 かっちりと制服を着た衛兵が叫んだ。


 ムーンホーク城下町をとり囲む城壁の外に僕はいる。周りにはピータ村の面々。

 そして、ムーンホーク領の各地から招集された魔法使いたちがいる。

 人間ヒューマンが多い。次いで妖精種エルフ。人族は一番少なくて、兎人族ラビテはかなり少数派のようだ。

 僕らのパーティは5人中2人が兎人族ラビテだから、少し目立っているかもしれない。他の人族は犬人族ドグアが多く、次いで猫人族カティも多い。みんな、ピータ村の人とそんなに変わらないみすぼらしい格好だ。


 ……あ。あのエルフかわいい。

 みすぼらしいエルフかわいい。


「……ッ」


 ごちん、と頭が響いた。

 すでにゲルフは前を向いている。きょろきょろするなということらしい。痛くはなかったけど、金髪エルフの姿を見失った。この損失はデカいよ……ゲルフ……。


 僕は防壁を見上げるのを再開する。

 楽器が勇壮なファンファーレを奏でた。


 次の瞬間、僕は絶句した。


 緑の布で飾られた城壁の上に姿を見せたのは、驚くほどに太った若い男だった。


 顎の下に肉の段々畑が形成され、肌のつやは驚くほどにいい。つるんとしている。卵みたいだ。体積が大きいから、宝石が埋め込まれた王冠が小さく見える。ローブも上等で、表情は自信にみなぎっている。


「うおっほん。皆の衆――――」


 僕の所有者にして、

 このムーンホーク領の絶対君主、

 四大公爵、ライモン=ディード閣下はそこで言葉を切った。


「……じい。おれはなんて言えばいいの?」

「閣下っ!」


 無能な閣下殿と臣下のやりとりが耳元で・・・聞こえた。『風の12番シルフウィスパー』と呼ばれる、音声を伝令する魔法が発動しているせいだ。

 魔法使いたちの間にざわめきが広がっていく。


「静まれぇ――っ!」と、門の下から衛兵が叫ぶ。


 閣下はつぶらな瞳でこちらをご覧になった。


「あ、うん……。みんな、気をつけて頑張ってきてね」

「閣下っ。どうかもう少しお言葉をっ」

「いやだよ~。おれがなにを言ったって変わらないでしょ。後宮でフィオナちゃんも待ってるしさ。むふふふ」


 全部きこえてるんだけど。爆笑。

 僕の完全な無反応なんていいほうで、明らかに城壁のこちらでは殺気が広がった。


 だれか魔法をぶっ放せばいい。

 ……むしろ、なんでそうしない?

 公爵のおっさんはこちらに背を向け、城壁の向こうへ戻って行った。


「なにしにきたんだろう?」

「いいぞタカハ。そういう素朴そぼくな疑問は忘れちゃいけない」とリリムさんが囁いてくる。

「リリムさん、あの人はすごい魔法使いなの?」


 んー、とリリムさんはしばらく言葉を選んだ。


「閣下は普通の魔法使いだよ。彼に忠誠を誓う騎士たちが強いだけでね」

「じゃあ、僕でも公爵様に勝てる?」

「タカハはどうか分からないけどさ」


 リリムさんは両手を広げた。


「ここに集まった魔法使いの全員を束ねたら、閣下1人に負けっこないさ。なぜそうしないか、それができないか……想像してご覧」


 僕が思い出したのは、ラフィアの回路パスを奪った脱走奴隷の存在だった。


「奴隷たちが住む場所は定められている」とリリムさんは言った。


束になられては困る・・・・・・・・・からですか?」

「そうだと思うよ。そして、村という単位は足枷あしかせなんだ」

「足枷……」

「ここでタカハが閣下に魔法を放ったら、罰を受けるのは誰だい?」

「もちろん、僕」

「と?」

「……ピータ村の村人たちもですか?」

「そうだ。税や招集が増やされる。これは、騎士さまに聞けば詳しく教えてくれる。公開されている情報だね」


 小さな村という単位でまとめておくことで、魔法奴隷たち全体の力を弱め、管理する。けれど、同時に、村という単位は足枷にもなっている。税や招集は村単位だから、自分1人の理由でうかつに抵抗することもできない……。

 僕は納得した。

 これは、奴隷よりも少ない貴族や騎士たちがこの領を管理するための仕組みなのだ。


 パパにしてあの娘だ。僕はマルムの理屈っぽい口調を思い浮かべた。将来は大物になるかも。やっぱりマルムとは仲良くしておこう、と決める。


「……あ、ごめん。自分でもよく分かんないんだけど、タカハくんをコキッってしたくなった」

「『よく分かんない』を理由に死にたくありません!」

「はっはっは」

「笑いながら接近しないでください!」


 娘に対する邪念をキャッチするセンサーも搭載しているようだ。

 ただの完璧なパパ。


「ゲルフ、タカハやラフィアとの生活は楽しいじゃろう?」と、ソフィばあちゃんが言った。


 老魔法使いはふん、と鼻を鳴らす。「楽しいわけがない」


 あーそれ言っちゃいます? 本人の前で。

 ソフィばあちゃんは苦笑した。


「まったく。それはなによりだね」


 …………ん?


 9年間も一緒に居てすごく今さらだけど、僕のセンサーも反応したかもしれない。


「点呼をとる――ッ! 村ごとに集い、列をつくれ――ッ!」


 城壁のほうから声がした。ぼんやりと魔法使いたちの列が形成される。


「……ゲルフ様にソフィ様」

「……おお。ポーンではないか。息災か?」


 ゲルフとソフィばあちゃんは話しかけてきた妖精種エルフの男と会話を続けている。

 僕はガーツさんに近づいた。


「ねえねえ、ガーツさん」

「どうした? タカハ」

「……ゲルフとソフィばあちゃんって」

「ああ」と、ガーツさんは相好を崩した。「お前さん、なかなか鋭いな。ゲルフは言わないだろ? あの2人は夫婦だったんだよ。今は違うけどな」


 大当たりだった。


 ガーツさんいわく『いつの間にか別れていた』らしい。

 元夫婦の間に子は生まれなかった。ソフィばあちゃんは兎人族ラビテ、ゲルフは人間ヒューマンだ。ふつう人種が違っても子どもは問題なくできるはずだが、2人の間にはなかった、と。

 確かに、僕が2歳くらいまではソフィばあちゃんが何度も家に来てくれてた。


 子どもが欲しかったのかな……?

 僕は想像する。ゲルフはどういうつもりで僕を拾ったんだろう。

 単純に見つけてしまったから? 捨てておくことは罪悪感があったから?

 それ以上はない気がする。


 列はだいぶ進んで、もうすぐ僕たちの番、というところまで来ていた。

 そのときだった。


「――――なにぃ?」


 ねちっこい、なめるような、声がした。

 大声で魔法使いたちを仕切っていた騎士の1人だ。


「貴様らの村は5人招集だったはずだろうが!」

「も、申し訳ありません」


 犬人族ドグアの中年がぺこぺこと頭を下げている。軽鎧と緑のコートで武装した人間ヒューマンの騎士は若い。犬人族ドグアの人ほうがよっぽど年上だ。


「何人足りぬのだ!?」

「1人だけです。騎士様。4人はそろってお――――」

「1人足りねば次回の招集を1人増やす!」

「む、無理ですッ。この前の招集で、強い魔法を使えるものが命を落としてしまって――」

「反論は許さぬ!」


 ソフィばあちゃんが身体で僕の視界を塞いだ。

 そのまま薬草の匂いのする白いティーガに抱きとめられる。


「……タカハ。見なくていい。忘れるんだよ」


 え?


「騎士は強い。野蛮で獰猛だが、実際は狼なんだ。俊敏で、頭もいい。守るべき者を抱えたわしらが勝つことはできない。……狩猟団がしっかりご飯を確保して、必要なときは招集に応えて、そこで活躍していれば、村は安泰さ」


 間違っても、とばあちゃんは無表情の声で言う。


「――――騎士様を倒そうなんて思っちゃあいけないよ」


 ソフィばあちゃんの身体が離れる。

 騎士たちと魔法奴隷たちの口論はいつの間にか終わっていた。


「ピータ村――!」


 別の騎士が言った。

 緑のコートが揺れ、羊皮紙と羽ペンが音を立てる。

 ゲルフが人数を報告する。足りている。それどころか僕を加えれば余っている。


「従者か?」


 顔を上げると、騎士が僕を見ている。新種の生き物を見つけたような、きょとんとした表情だ。


「わしのです。使えはせぬが、迷惑もかけぬ。置物です」


 騎士はゲルフに視線を戻した。僕への興味は終わったようだ。よかった。あと少しでにらみ返しているところだった。


「『暁』。今回も期待している。……ピータ村の全員は赤の転移座へ!」


 ……転移座?

 転送魔法みたいな?


 そこで僕はようやく、城の前の平原にミステリーサークルのようなものが描かれていたことに気付く。ほとんどの魔法使いが進んだ緑や青は大きい。黄色は少し小さくて、赤にはまだ数人の魔法使いしかいない。


 そうか。

 転送魔法で戦場に送り込まれるんだ。

 少し、緊張してきた……。


「ゲルフ様!」「暁の!」「おお、これはソフィ殿まで!」「勝てますな!」「ゲルフ殿!」


 赤の上に居る数人の魔法使いたちのほとんどとゲルフは知り合いのようだ。

 ――ってか、ゲルフとソフィばあちゃん、そんなにすごいの?


 その疑問をふたたび、頼れる人格者のガーツさんに。


「ああ、2人とも自分では言わないよな。性格的に」


 ガーツさんは喉の深いところでくつくつと笑った。


「招集の戦場で活躍した魔法奴隷には、公爵から称号が与えられるんだよ。ゲルフの二つ名は『あかつきの大魔法使い』、ソフィばあさんの二つ名は『瞬光のり手』だ。2人は戦場でコンビを組んでたこともある」


 ……。

 ……。


 か、かっこよすぎて……。

 若干僕には辛い……。


「昔、活躍したの?」

「活躍なんてもんじゃないぞ。ピータ村のゲルフといえば、『魔法の国』ではちょいとした有名人だぜ?」

「……え?」

「がはは、その顔は信じてないな。……でも本当のことだ。ほら、ゲルフはしょっちゅう領都に行ってるだろ? 騎士団にもいろいろと口を出してるんだよ」

「そのくらいすごい称号が……『大魔法使い』」

「そういうことだ」


 僕は少しだけゲルフを見直すことにした。

 少しだけ。


「ああ……。久しぶりだっていうのに、赤だよ……」


 悲痛な表情で肩を落とすリリムさんの肩をゲルフが叩いた。


「それほど変わらぬよ。わしやソフィを盾として、お主は落ち着いて詠唱するといい」

「い、いえっ。自分は――」

「わしよりも詠唱が下手。そうじゃな?」

「……はい」

「ならば年功など気にするでない。わしとソフィの後ろから、じゃ」

「……ありがとうございます」

「タカハ」


 名を呼ばれて、僕はゲルフを見る。

 『暁の大魔法使い』という称号をフィルターにして見ると、とんがり帽子も黒いローブも、あまり変わらない表情も、黒い小さな瞳にも――どこかすごみがあった。


「魔法を使うタイミングは任せる。落ち着いて、よく見て唱えよ」

「……はい」


「久々に赤か。腕がなるな」とガーツさんが肩をごきりごきりと鳴らした。頬の傷もあいまって、すさまじいラスボス臭がする。


「赤ってどういう意味?」


 僕の率直な疑問に、ソフィばあちゃんが答えてくれた。


「戦いの一番激しいところに直接転移して、そこの戦況をひっくり返す、まあ、すご腕たちってことだね。私たちの国ならではの戦法なんだよ。少人数の精鋭を敵が予想もできない角度から放り込んで混乱を狙うのさ」


 作戦の立体感に僕は少しだけ驚く。

 他の国は魔法を使えない。そう考えると、転送魔法って常識破りなくらい強いよね。軍師がいて、その人がタイミングを決めて転送魔法を使うんだろうか。


「……あ」


 僕の見ている先で、一番多くの魔法使いを乗せた青のミステリーサークルが光り始めた。ミステリーサークルから粉雪のような光が巻き上がり、魔法使いたちを包む。眩しくて中が見えない。光が終わって――――魔法使いたちは忽然こつぜんとかき消えていた。

 少し遅れて緑が、やや遅れて黄色が転送されていく。

 僕はどきどきしながら身構えた。


 ……が、衝撃はいつまで経ってもこない。


「わしらはもっと先じゃよ」


 そうか。奇襲する精鋭部隊だもんね。

 すぐには行かないってことか。

 ソフィばあちゃんが微笑む。


「ファムの実でも食べるかい?」

「食べる!」


 僕の声は元気いっぱいだった。魔法使いたちが笑う。恥ずかしい……。


 ファムの実は甘くてしゅわしゅわする食感が売りの不思議な木の実だ。ビムの実と並んで子どもたちに人気がある。森の奥の方に行かなければ採れないし、採ってもいい数が暗黙のルールとして決められていた。


 僕はソフィばあちゃんが差し出してくれた木の実を受け取った。


 ――――足元のミステリーサークルが赤い光を放ったのは、そのときだった。


「早いな」


 ゲルフが言う。

 その表情は固く、視線は鋭い。


「皆の者、身構えよ。よくない風じゃ。防御の詠唱の用意を」


 さ、と全員の間に緊張が広がる。

 僕はファムの実を受け取ったままの姿勢で呆然としている。


「行くぞ」


 ぐるん、と世界が反転した。


 僕の表が裏になって、外が中になる。

 もう一度、反転した。


 ――――僕が目を開けたそこは、戦場だった。




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